FOMC後の声明等により、利上げのペースが緩やかになることが示され、ドル安が進行した。週末、円は111円台で引け、週間で2円以上値上がりし、2014年10月以来の円高ドル安となった。ユーロに対してもドルは売られ、米政策金利の現状維持から、主要国の長短金利は低下した。超低金利政策の継続から米株式は上昇し、昨年末値を上回った。また、ドル安によって、商品市況は回復し、CRB指数も昨年末値を超えた。ただ、日本株は円高進行から2週連続安となった。
昨年12月のFOMCでは、メンバーの2016年のFFレートの予想中央値は1.4%だったが3ヵ月後の先週のFOMCでは0.9%に低下した。「経済活動は緩やかなペースで拡大し続けている…長期的なインフレ期待の指標はここ数ヵ月総じて変わっていない」(FOMC声明)と述べ、政策金利の据え置きと緩やかな引き上げを正当化している。世界経済のリスクが払拭できない状態が続くようであれば、また、そのことが経済指標で裏付けられることになれば、政策金利の引き上げは、かなりの期間控えられるのではないかと思う。
FOMCの2016年実質GDP予測は2.1%~2.3%(昨年12月予測2.3%~2.5%)へと下方修正され、失業率は同じだが、PCEは引き下げられた。2月の米小売売上高は前月比-0.1%と2ヵ月連続のマイナスだし、同鉱工業生産指数も-0.5%と2ヵ月ぶりに低下した。1月の在庫・売上比率は1.4と上昇を続けており、2009年5月以来6年8ヵ月ぶりの高水準である。足元、米国経済の需要は弱く、物価はFRBの目標にはとうてい近づくことはないだろう。雇用と物価の状況からは、しばらく利上げを正当化する理由を見出すことは難しい。
米景気の底(2009年6月)から今年2月まで米非農業部門雇用者数は1,254万人増加した。年率では1.38%の増加だ。1980年代以降の過去4回の景気拡大期の増加率と比較してみると、1982年11月を底とする拡大期(105ヵ月)は2.46%増加したが、次の1991年3月を底とした回復(120ヵ月)では2.03%、2001年11月を底とし、金融危機に至る拡大(73ヵ月)では0.88%増であった。今回の景気拡大期(2月までで80ヵ月)の雇用の伸びは前回を上回っており、特別低いわけではないのだ。
同様に、過去4回の景気拡大期の実質GDPの伸び(年率)をみてみよう。1980年代の拡大期は3.78%ともっとも高く、1990年代では3.61%、2000年代は2.75%、そして金融危機後の回復では2.06%という具合に次第に成長率は低下していることがわかる。長期的に米国経済の成長率は鈍化していることがはっきり読み取れる。今回、雇用の伸びは前回の拡大期を上回ったけれども、経済成長率では劣っているのである。
実質成長率から雇用増加率を引いた数値(P)をみると、1980年代の1.32%から1990年代の1.58%、2000年代の1.87%と上昇していたが、今回は0.68%へと大幅に低下している。Pを生産性の指標とすれば、2009年6月以降の景気回復過程では生産性は極端に低下していることになる。
なぜこれほど米国で生産性が低下したのだろうか。鉱工業生産の伸びは前回よりも今回の景気拡大期が高い伸びを示しているが、ハイテク関連の伸びは前回が今回よりも7割近く高い。ハイテク機器の普及が頭打ちとなり、生産性の鈍化をもたらした可能性も考えられる。
さらにいえば、GDPの伸びが鈍化すれば、費用逓増が作用し単位当たりの生産費が上昇、生産性を低下させる。GDPが伸び悩む最大の要因は、その7割弱を占める個人消費支出が低迷しているからだ。個人消費支出が伸びないことにはGDPは伸びないし、規模の拡大による生産性も高くならないのである。
2009年6月以降の景気拡大では実質個人消費支出は年率2.17%と実質GDPを0.11ポイント上回っている。が、前回の景気拡大期の実質個人消費支出に比べると0.67ポイントも低い。金融危機後、失業率が10%に上昇し、不動産の焦げ付きが多発し家計を痛めたことなどが、消費マインドを冷やした。
1980年代以降、米国の資産・所得格差は著しく拡大している。FFレートは1981年7月の19%をピークにゼロまで下がり続けたが、約35年におよぶ長期金融緩和が金融経済を繁栄させたのである。その結果、2014年の米国の上位10%所得層の総所得占有率は47.19%(出所:The World Wealth and Income Database)と大恐慌期よりも高くなった。資産格差もはなはだ拡大しており、こうした貧富の差が個人消費低迷の最大の原因になっているのではないだろうか。
米雇用は改善してきたが、雇用の改善だけでは米国経済を力強い成長軌道に乗せることはできない。FRBが超金融緩和を維持しても、金融経済を活発にし、ますますウォール街が栄えるばかりであり、所得・資産格差を助長するだけである。超金融緩和を継続するFRBは米国社会の歪を一層大きくしているといえる。
格差の根深い問題を扱うのは国しかできない。所得の累進課税を強め、株式取引にも税を課す必要がある。巨額の軍事費を削減し、福祉や教育に回すべきだ。こうした財政政策を駆使しなければ、米国社会は衰退するばかりで、そうなればさらに大きな問題が持ち上がってくることは間違いない。
戦後最大の格差社会に立ち向かうには、従来の政策ではまったく歯が立たないはずだ。FRBは雇用と物価に配慮しながら政策を遂行するというが、今はそのようなことは問題ではないのだ。日銀と同じでピントがずれてしまっている。現状の問題は金融政策ではどうすることもできないのである。いつまで金融市場のご機嫌取りをやっているのだろうか。いずこの金融当局もロマンチストのなんと多いことか。