市場も全体主義化

投稿者 曽我純, 12月6日 午後3:53, 2015年

9月下旬に日経平均株価は17,000円を割り込んだが、その後持ち直し、先週、20,000円台を回復した。円ドル相場が円安に向かったことが、外人の日本株買いに繋がり、日本株を持ち上げたのだろう。米株が9月の初旬以降上昇に転じたことも、日本株買いを促した。ただ、個人消費の伸びが緩やかななかで、利上げが実施されることになれば、堅調な耐久消費財需要に悪影響がおよび、米株の上昇期待は萎むのではないか。そうであれば、日本株の上値も当然、限られたものになるだろう。

日経平均株価は昨年末を2,000円ほど上回っている。財務省の「法人企業統計」によると、大企業(資本金10億円以上)の営業利益が今年7-9月期、前年比9.2%と3年連続の増益となっており、こうした増益基調が株価を底堅くしている。営業利益は前年比プラスだが、7-9月期の大企業売上高は前年を1.9%下回り、これで3四半期連続の減収だ。

大企業製造業の売上高は-4.1%とマイナス幅が大きいが、それでも6.7%の増益を確保している。売上高は前年比2.4兆円減少したが、売上原価を同額削減し、販管費も前年比マイナスに絞り、営業増益を達成した。商品市況の下落により原材料価格の低下や給与・福利厚生費の削減により、売上原価を前年比5.0%減もの大鉈を振るったからだ。だが、コストカットによる増益は長続きしない。個人消費に良くないばかりか、全産業の売上にもマイナスとなり、コストカットの鼬ごっこになりかねないからだ。

11月の米雇用統計によれば、非農業部門雇用者は前月比21.1万人増加した。非農業部門雇用者は2010年2月を底に拡大を続け、2015年11月までに1,325万人の雇用を創出した。だが、製造業は、ほぼ同じ期間に86.5万人の増加にとどまり、最近では少し減少しつつある。鉱工業生産指数も10月まで2ヵ月連続の前月比マイナスとなり、米国経済全体が良くなっているわけではない。米10年債の利回りもそうした米国経済の足取りの弱さを映して2%台前半の低い水準で推移し、昨年末と比較しても僅かな上昇にとどまっている。主要国の10年債の利回りは軒並み昨年末値に近く、世界経済は1年前と比べて良くなっていないことを債券相場は示唆している。

むしろ世界経済はより沈滞してきているといったほうが適切だろう。そのことを象徴しているのは商品市況の値崩れである。商品バブルの崩壊といってもよい。代表的指標であるCRBは歴史的低水準に落ち込んでいる。月末値の比較では今年11月末(182.53)は1999年2月(182.95)を下回り、1979年以降では最低を更新した。主要な商品はことごとく下落しており、商品デフレによる物価下落が深刻になってくるだろう。

 商品市況が値崩れしていることは、とりもなおさず世界経済が低迷していることでもある。原油、銅、鉄鉱石等の資源価格は最終需要の強弱に敏感に反応する。最終需要が弱いから、資源の需要が減少し、価格に反映されているのだ。

円安がある程度商品デフレを抑制しているけれども、抑えきれるものではない。商品市況の崩壊は原材料の海外依存度が高い日本経済にはプラスとなり、いまの円安ドル高は近々円高ドル安に転換するだろう。そうなれば、商品市況の急落は日本の消費者物価の低下に拍車をかけることになる。

生鮮食品を除く日本の消費者物価指数は10月、前年比-0.1と3ヵ月連続のマイナスだ。エネルギーを除いては0.7%だが、10月の米食品・エネルギーを除く消費者物価指数は前年比1.9%であり、日本が1.2ポイント低い。物価上昇率の低い国の通貨は上昇率の高い通貨よりも価値が高く、より選好される傾向がある。すでに消費者物価の動向から円は買われる地位にあるのだ。

しかも資源輸入国という強みが加わり、日本円はいやがうえにも強くなる状況下にある。CRB指数と円ドル相場の関係をみると、円ドル相場はCRB指数に遅行して動いていることがわかる。2008年6月、CRB指数は462という過去最高値をつけたが、金融危機以降、急落、急騰に見舞われた。が、基本的には、2008年6月をピークに下落し続けている。CRB指数が下落基調にあるにもかかわらず、政府・日銀の円安政策が功を奏し、すでに3年以上、円安ドル高が続いている。CRB指数が下落してすでに長期間経過していながら、依然円安ドル高が持続していることは、為替相場には相当歪が溜まっているとみるべきだ。

市場も全体主義に覆われてしまったことが、かくも円ドル相場を円安ドル高にしてしまったのである。集団的自衛権から戦争法案への道筋も全体主義が蔓延したことの結果だ。ボリス・シリュルニクは全体主義の芽はどこに、との問いに「歴史を振り返ると、共通点があります。国力が弱くなっているとき、社会が混沌としているときは英雄が求められる。カオスか私かどちらかを選べと迫りながら、権力を掌握していきます。催眠術をかけるように、人々のなかに眠っている怒りを呼び覚まして操作する。同じフレーズを繰り返し聞かされることで思考が停止する」(朝日新聞、2015年12月1日、朝刊、p.17)。このようにして全体主義が社会を覆っていくのである。日本にも全体主義に絡めとられる下地が整っていたといえるのではないか。政治も経済もたやすく全体主義に染まってしまうことを安倍政権成立前後から、目の当たりにしたことを記録にとどめねばなるまい。

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