経済指標や米金融当局者の発言により為替、株式は揺れている。数日で利上げ観測ががらりと変わるという目まぐるしい状態にある。米利上げがいつ実施されるかということが、依然、市場参加者の関心事なのである。だが、FRBの経済予測と現実の数値を照らし合わせてみれば、そう簡単に、FRBが利上げに踏み切るとは考えにくい。FRBによれば、2016年の実質GDP目標値は1.9%~2.0%だが、4-6月期は前年比1.2%の伸びにとどまっている。8月の失業率は4.9%であり、ほぼ目標値に近く、物価のコアは目標に入っている。一番の問題は成長率が低いことなのだ。4-6月期の実質GDPは2015年1-3月期以降、5四半期連続で伸び率は低下し、2013年4-6月期以来3年ぶりの低成長であった。
4-6月期の米企業業績は前年比2.2%減少し、業績の低迷から資本財受注(非国防、航空機除く)は7月、前年を7.2%下回った。財輸入の前年割れは続き、小売売上高も不振である。8月の雇用統計によれば、時間当たり賃金は前年比2.4%の伸びにとどまっており、個人消費が盛り上がる状況ではない。雇用が拡大しても、賃金はなかなか伸びず、そのことが個人消費意欲低迷の原因になっている。
4-6月期の米名目GDPは2.4%と2010年1-3月期以来約6年ぶりの低成長である。実体経済の伸びは長期的にみても相当低いにもかかわらず、NYダウは過去最高値近辺にあり、8月末では前年比11.3%と2桁増だし、S&Pケース・シラー住宅価格指数(20都市)は6月、前年比5.1%上昇している。住宅価格は2006年4月にピークを付け、その後、金融危機によって急落したけれども、2012年には底入れし、今年6月時点ではピークを約10%下回る水準まで回復している。
実体経済と金融経済との明暗をはっきり見て取れるが、このような事態を招いたのはFRBの金融政策である。ゼロ金利に近いところに金利を釘づけしておくならば、現状のような経済状態が続いていくだろう。金利を引き上げることになれば、当然のことだが、金融経済は打撃を被ることになる。それによって、実体経済もなにがしかの影響をうけるだろうが、一時的のものにとどまり、特殊な経済から実体経済の成長率と長期金利との関係が正常な状態へ回復していくのではないだろうか。
さらに、FRBはバランスシートの縮小に着手しなければならない。9月7日時点の総資産は4.45兆ドルとピークからほとんど減少していない。資産の大半は財務省証券(2.46兆ドル)とモーゲージ証券(1.74兆ドル)である。償還を迎えてもこれを元手に買入れを行なうことをいつまで続けるつもりなのだろうか。日本ほどではないか、それでもFRBが債券相場を支えるという中央銀行管理の歪んだ債券市場であることに変わりはない。
日本の市場は米国よりも数段国家管理下にあるといってよい。東証1部の部門別売買動向によれば、2013年に14.6兆円も買い越した外人の買い意欲は急速に失せてしまい、2014年の買い越し額は1兆円弱まで細り、2015年は売り越しに転じた。今年に入ってからは、1月が約1兆円、2月と3月はそれぞれ2兆円弱を売り越している。今年は8月までの累積では4.96兆円の売超である。他方、今年8月までの最大の買い手は信託銀行であり、3.65兆円の買超である。信託銀行は外人の買いが薄れてきた2014年に2.76兆円買い越し、2015年も2兆円ほど買い越した。加えて、事業法人が2015年には3兆円弱を買い越し、2015年には買いの主役に躍り出た。事業法人は内部留保の拡大から自社株買いに注力しており、2011年以降連続して買い越しており、今年もすでに1.67兆円の買超である。
日銀は今年7月の金融政策決定会合でETF(上場投資信託)の買い入れ額を年3.3兆円から6兆円に拡大した。8月末のETF残高は9兆円、前年同月から3兆円増加している。公的年金(信託銀行)の買いに加えて、日銀が年6兆円のETF買いで相場を支えているのである。こうした公的介入塗れの市場を市場といえるだろうか。
日本の株式市場は社会主義国とまったく変わらない国家管理で運営されているのだ。昭和40年の証券不況で設立された株式買取機関やそれ以降の公的な株式買取を振り返ってみても、そうした公的機関の介入がうまくいったことはない。市場の本来の機能を歪め、麻痺させるだけである。
2015年度末の「株主分布状況調査」によると、最大の日本株保有は外人の154.4兆円、2番目は事業法人の117.3兆円、3番目は信託銀行の97.4兆円、その次は個人90.7兆円となっている。本来の市場とは掛け離れた国家管理の株式市場を外人がどのように捉えるかに、今後の日本株はかかっているように思う。
国債市場は日銀の買いとマイナス金利政策で異常な世界にある。8月末の日銀の国債保有額は約400兆円、前年同期比90兆円増だ。マネタリーベースで年80兆円拡大させるという方針で国債を買入れている。国債買入れを続けるならば、国債相場も大きな変化はないだろう。が、すでに3年以上、巨額の国債を買い取っているが、日本経済は代わり映えしない。日銀のバランスシートが膨れているだけであり、経済を動かすような変化はどこにもみえない。金融機関の資産は有価証券が減少し、当座預金の増加という変化だけである。だから、消費者物価指数は低下しつつあり、日銀の目標からどんどん離れつつある。
7月の失業率は3.0%と1995年5月以来、約21年ぶりの低い失業率だ。金融危機が発生した2008年9月(4.0%)に比べても1ポイントも低い。因みに、8月の米国は4.9%、7月のユーロ圏は10.1%、ドイツは4.2%である。日本の失業率は主要国を下回っており、ほぼ完全雇用の状態にある。7月の消費者物価指数は前年比-0.4%と完全雇用下でも物価は前年をやや下回る。雇用と物価は理想的な状態ではないか。課題は所得と富の偏在を正し、公平な分配を確保することである。そうすれば、個人消費も少しは改善するだろう。日銀はいまのくだらないマネタリスト政策を終わらせ、市場といえるような市場にする役割を演ずべきだ。今の政策を続行するならば満身創痍になることは間違いない。