実体経済から掛け離れた水準にある米金融債務

投稿者 曽我純, 1月23日 午後3:43, 2012年

NYダウは3週連続で上昇し、昨年4月第4週に付けたバブル崩壊後の高値に接近した。当時のユーロドル相場は1ユーロ=1.48ドルとユーロ高ドル安であり、米10年債の利回りは3.2%と現状よりも1%以上高い。長期期待収益率が低下しているにもかかわらず、株式は買われている。昨年5月,6月に増加ペースが鈍化した非農業部門雇用者数が盛り返し、12月には前月比20万人増に回復したことが、株価上昇要因に挙げられる。回復したとはいえ、非農業部門雇用者はピーク(08年1月)を600万人超下回っており、失業者数は約1,300万人いる。失業率も昨年9月までは9%超で高止まりしていたが、その後、改善傾向が強まり、10月以降の3ヵ月で0.5ポイント改善し、12月は8.5%と09年3月以来33ヵ月ぶりの低い水準に低下した。失業保険申請件数の大幅な減少などから判断すれば、米雇用はさらに改善するだろう。雇用が回復すれば、それにつれて消費も増加していくことになり、企業は売れ行きに自信を深め、設備投資に踏み切ることになる。そうなれば景気の本格的回復が期待できる。

 そのような回復シナリオが現実味を増してくると、株価はさらに力強く上昇することになるだろう。1月のミシガン大学消費者センチメント指数は5ヵ月連続の上昇となり、消費者心理は改善しているが、小売売上高は12月、前月比0.1%と伸び率は鈍化しており、住宅着工件数も最悪期は脱したものの、年率600万戸台で足踏みしている。

だが、ここまで米国経済が持ち直してきたのは、政府が巨額の財政出動をしてきたからだ。09年度の米連邦支出は前年比0.53兆ドル増の3.51兆ドルに拡大し、財政赤字は08年度の0.45兆ドルから09年度には1.41兆ドルに膨らんだ。09年度の歳出増加額は名目GDPの3.8%に相当し、この支出が実行されていなければ、経済の落ち込みはさらに深刻になっていた。

10年度は3.45 兆ドルの歳出で1.29兆ドルの赤字、11年度の歳出は 3.6兆ドルで 1.29兆ドルの赤字となり、12年度も1兆ドル超の赤字になる見通しだ。政府支出の対名目GDP比は09年、25.2%と2000年の18.0%を底に大幅に上昇し、市場主義とは掛け離れた「大きな政府」になった。2001年まで4年続いた財政黒字から2002年には財政赤字に転じ、対名目GDP比は09年、10.1%に悪化した。2011年も8.7%と高く、歳出の36%は国債等の借金に依存している状態だ。

09年以降毎年、巨額の財政赤字を計上することで、需要を作り出し、米国経済は維持されていることを忘れてはならない。財政が膨らんでいるだけでなく、FRBの資産も異常なほど膨らんでいる。民間部門の縮小が公的部門の拡大でなんとか釣り合いが取れているのである。1月18日時点のFRBの総資産は2.92兆ドルと過去最高水準だ。資産の大半は証券類であり、2.6兆ドル保有している。証券の内訳をみると、財務省証券1.65兆ドルとモーゲージ担保証券0.84兆ドルでほぼ占められている。銀行券(1.02兆ドル)と加盟銀行の準備預金(1.73兆ドル)の合計額であるマネタリーベースは2.63兆ドルにのぼり、FRBはこれを原資に国債等を購入しているのだ。住宅バブルが弾けて3年以上経つけれども、FRBの資産はますます膨れ、財政資金の供給と民間の不良資産の肩代わりを続けている。

このような犠牲の上に米国経済はかろうじて成り立っているのだ。雇用が多少改善したとか、消費者心理が上向いたということに株式は反応しているが、実態はなにも変わっていないのだ。株式市場は美人投票の側面が強く、そのため表面に現れるさざなみばかりを追う習性があるが、経済の底流にはまったく違う次元の問題が、依然横たわっていることを見落としている。

昨年9月末の米モーゲージ残高は13.64兆ドルと08年末14.61兆ドルから約1兆ドルしか減少していないことにも、不良資産処理が遅れていることが読み取れる。可処分所得に占めるモーゲージの比率も昨年9月末、117.6%と07年末に比べれば約20ポイント低下したものの、依然100%を超えており、家計がモーゲージを増やせる状況には至っていない。

昨年9月末の米金融債務残高は総額37.84兆ドルとバブル崩壊後も増加し続けている。過去5年間の債務残高の増加率は1.26倍とその前の5年間(1.55倍)を下回っているが、政府の借金の拡大によって減少しない。2000年以降顕著になった金融機関の債務急増によるバブル景気が破綻したと思えば、今度は政府が財政バブルを演じる始末だ。米金融債務残高・名目GDP比率は昨年9月末、252.3%と2010年末から約2ポイント低下しただけで高止まりしている。2000年までは180%台で安定していたが、その後急上昇し、金融債務は実体経済から掛け離れた水準に舞い上がってしまった。今も舞い上がったままであり、債務の肥大化をいかに正常な水準に戻すことができるかに、米国経済の行方は決定付けられている。 

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数