トランプ大統領の脅しに怖じけたのか、FRBは利上げを封じ込めてしまった。パウエルFRB議長がすでに年初の討論会で披歴したことの繰り返しになるが、FOMCという会議での表明は、株式関係者にとってはより心強いものになった。株式が急落する場面ではFRBの援軍が期待できるからだ。日本では日銀が年6兆円もの株式購入で株式を支えているが、もし株式が異変を起こせば、日銀が買い増しするという期待を株式関係者に抱かせている。資本主義のエンジンともいわれている株式、それは公正公平で完全競争により近い価格形成が行なわれるところだが、世界の主要株式市場である日米では、中央銀行が全面的に株式を支えるという共産主義国家のような振る舞いを平然と取っている。株式は、まさに国家管理の博打場に堕落してしまった。
週末、1月の米雇用統計の発表があった。非農業部門雇用者は前月比30.4万人増と2016年7月以来2年6ヵ月ぶりの増加であった。賃金は前年比3.2%と前月よりも0.1ポイント低下したが、昨年10月以降4ヵ月連続の3.0%超である。これほど賃金の高い伸びが続くのは2009年以来であり、コストプッシュ・インフレの懸念もある。労働需給が逼迫し、さらに賃金が上昇することになれば、消費者物価もその影響をじわじわ受けるだろう。「落ち着いたインフレ圧力」が「本格的なインフレ圧力」に様変わりする可能性も否定できない。
日本では通常国会が28日、召集され、安倍首相は施政方針演説を行った。そこで「この6年間、3本の矢を放ち、経済は10%以上成長しました」と成果を強調、だが、実質GDPは2018年第3四半期と2012年第3四半期を比較すると7.2%しか増えていない(年率で表せば1.16%)。年率1%程度の低い成長しかできなかったのは、GDPの5割超を占める民間最終消費支出が10年間で5.6%しか増加しなかったからだ。
過去6年間でGDPへの寄与が最大だったのは18.3%も拡大した民間設備投資。円安ドル高による輸出企業の業績拡大にもかかわらず賃金を抑制したことによる余剰資金の増大が設備投資を押し上げた。が、民間最終消費支出が低迷している状態では国内設備投資の拡大には限界がある。
2012年第3四半期の実質民間企業設備・GDP比率は14.5%であったが、2018年第3四半期には16.1%に上昇する半面、民間最終消費支出・GDP比率は58.7%から56.3%へと低下した。実質民間企業設備・GDP比率が高く、民間最終消費支出・GDP比率が低い経済は景気変動の振幅が大きい経済だといえる。経済が後退局面に入れば、民間設備投資は急激に落ち込み、しかもGDPに対する割合が高いため、その影響が大きくなるからだ。民間最終消費支出は不況だからといって民間設備投資のように大幅な収縮はせず、民間消費支出の割合の高い経済は景気後退を緩やかにする。
GDPの5割超を占める民間最終消費支出が伸びなければ、GDP成長率は緩やかなものにとどまる。民間最終消費支出を強くするには給与を増やすしかないのだ。企業が業績の拡大に相応しい給与を払ってこなかったことが、日本経済の足取りをいつまでも弱い状態にしているのである。
同期間の実質雇用者報酬は5.7%と実質GDP(7.2%)の伸びを下回っている。勤労者世帯(二人以上の世帯)の実収入(『家計調査』)(2018年11月と2012年11月の6年間の比較)は5.3%と低く、世帯主(男)収入に限れば1.6%とほぼ横ばいである。消費支出は1.1%と世帯主収入にもとどいていない。収入がほとんど伸びていない状況では、消費の増加は期待できないことを裏付けている。消費を増やしたいけれども先のことを考えれば、財布の紐はきつく縛っておかなければならない。世帯主以外の収入はいざというときに備えて貯蓄に回しているのである。
『労働力調査』によれば、昨年12月の失業率は2.4%、6年前の2012年12月は4.3%であった。この間、雇用者は5,494万人から5,938万人へと444万人増加した。男女別では男が136万人、女が308万人それぞれ増加した。女が圧倒的に多い。
雇用形態別ではどうか。この統計を利用できるのが2013年以降なので、2013年1月と2018年12月を比較するが、正規雇用の135万人増に対して、非正規雇用は329万人増と増加数の70.9%は非正規雇用なのである。非正規雇用の割合は2013年1月の35.3%から2018年12月には38.3%へと上昇し、正規は64.7%から61.7%に低下した。
同期に女の非正規は225万人増加し、非正規比率は56.8%に上昇し、男の非正規は105万人増と非正規比率は22.4%へと2.4ポイント上昇した。6年間で男の正規雇用は2305万人から2355万人へと50万人増加したにすぎない。
雇用が増え、失業率は完全雇用の水準まで低下したが、雇用の中身はまことに貧弱なのである。景気拡大は戦後最長などといってもまったくぴんとこない。それほど景気拡大が持続しているのであれば、世の中はもっと活況になっているはずだ。
企業は非正規雇用を増やし、人件費の削減に取り組んでいるが、結局は自分の首を絞めることになるのである。従業員は会社から得た給与でさまざまなものやサービスを購入するけれども、給与が増えなければ購入を増やすことはできない。一方、企業はより多くのものを作ったが、売れないことになる。好業績を上げた企業は従業員により多くの給与を出さなければ経済循環はうまく回っていかないのだ。
日銀の金融政策が円安ドル高をもたらし、企業業績を回復させたというけれども、円安ドル高に転換したのは、原油価格の高騰により、貿易収支が大幅な赤字になっていたからだ。2011年3月にはWTIは100ドルを超えており、貿易収支は赤字に転落し、その後、赤字額は急増していった。第2次安倍内閣が発足した2012年12月の貿易赤字は6,457億円、黒田日銀総裁就任後の2013年4月には8,773億円、その後も巨額赤字は続き、2014年1月には2.7兆円にも達し、2014年の貿易赤字額は12.8兆円を記録、赤字は4年連続となる。これだけの貿易赤字を計上すれば、円安ドル高になるのは至極当然のことである。それを国債の大規模な購入政策を派手に打ち出したことの結果などというのは間違いだ。
昨年12月のマネタリーベース(MB、平残)は497兆円、第2次安倍内閣発足時(131兆円)の3.8倍である。これだけMBを急増させても、物価は上昇しないし、実体経済、とくに民間最終消費支出にはなにの変化もないのだ。MBとGDPと関連性はほとんど認められないことが証明されたといえる。
日銀が金融機関から巨額の国債を購入し、金融機関は日銀からその代金を入手するが、日銀から得た資金の大半はそのまま日銀に預けられる。お金は金融機関から家計や企業といった非金融機関へは流れ出ていなのだ。非金融機関で資金需要が旺盛であれば、日銀に売却して得た代金は、家計や企業に向かうはずだ。企業は十分な内部留保を抱えており、新たな借り入れはさほど必要としていない。金融機関から企業へ貸し出され、それがまた他の金融機関に流れるといったような資金循環は活発に行なわれていず、信用創造の働きは弱まっている。
日銀が金融機関からいくら国債を購入しても、日銀と金融機関との取引にすぎず、その中での出来事でしかないのだ。日銀がさらに国債を購入しても同じことである。日銀のバランスシートが膨らむだけで、もし、国債価格が急落することになれば、日銀当座預金(家計や企業が金融機関に預けた預金)は焦げ付くことになる。国債保有を増やすほど日銀のリスクは大きくなるということだ。安全神話で運転していた原発がメルトダウンしたことを想起する必要がある。市場は暴走する可能性が常にある。なにかのきっかけで国債が暴落することもあり得る。政府と日銀が一体となったばかげた金融政策を止めなければならない。