もともと上昇傾向にあった商品相場はロシアのウクライナへの軍事侵攻によって、相場は急騰している。ロシアが原油とガスの有力な輸出国であることから、先週末のWTIは23日比25.6%も値上がりし、バレル115ドルを超え、CRBも11.8%の上昇だ。ロシアの侵略が続く限り、原油を中心とした商品相場は高騰を続けるに違いない。
一方、ユーロ、ポンドの対ドル相場は同期間、3.5%、2.4%それぞれ下落、ユーロSTOXX600も7.1%のマイナスである。ユーロSTOXX600の52週高値は今年1月4日(495.46)であり、2カ月で14.9%の大幅な下落となっている。株式の動向は、EUはロシア制裁からの返り血を浴びることを暗示しているようだ。
地理的に離れている米国の主要株価は3月4日・2月23日比、いずれもプラスであり、10年債利回りは4日、1.73%へと26ベイシスポイント低下している。有事にはやはり米国債が買われ、それに連れて日本や欧州の国債も買われた。日本の日経平均株価とTOPIXは1.8%、1.9%いずれも下落しており、原油高騰による業績悪化や日本経済の脆さなどを危惧しているようだ。
戦場に近いEUはロシアに金融制裁などで圧力を掛けているが、SWIFTからロシア最大手行のズベルバンクやガスプロムバンクを排除せず、制裁は中途半端と言える。両行をSWIFTから切断すれば、EUへのガス供給は止まってしまい、EU経済が混乱に陥ることは必至。だから、EUはそこまで踏み込めないのだ。ロシアにとっても原油、ガスの輸出は、外貨を獲得できる唯一のルートであり、これが途絶えてしまえば、資金繰りに行き詰まってしまう。ロシアからEUへの原油、ガス輸出はEUとロシアの双方にとって利害が一致しているのである。当面、対外資産が凍結されているロシア中央銀行は、外貨準備高(約6,000億ドル)の21.7%を占める金で政策の遂行に当たるのだろう。
ルーブル・ドル相場は2月23日の1ドル=約73ルーブルから3月4日には121ルーブルへと急落している。資金やモノの対外取引がほとんど止まっている状態では為替相場が大きく変動しても、さほどロシア経済には影響しないだろう。ロシアではルーブルへの不信感は根強く、ドルやユーロでの預金が多いそうだ。そうであれば、一部のドル預金者はドル高の恩恵を大いに受けていることになる。逆に、ロシアの対外債務(4,671億ドル、2020年)は支払額が膨らみ、ロシアの銀行と繋がりが強いオーストリアなどの金融機関は厳しい状態に陥るかもしれない。
経済はグローバル化が著しく進んでいるため、一カ所でも流れに障害が生じたり、ものの供給が途絶えたりすると、たちまち右往左往しなければならなくなる。現代経済は網の目のような複雑な仕組みになっているのだ。だから、予め、もしものときを想定して策を練っていても、たいてい想定外のことがおこり、事態に上手く対応できないのだ。グローバル化とは経済を脆くすることだと言える。特に、日本は、食料自給率は低く、エネルギーは海外にほぼ全量依存という具合に、人為的か自然的かは問わず、物流やものの流入が途絶えれば、たちまち、日本経済は干上がってしまう。
こうした危うさは一国経済だけではなく、企業や家計にも言える。今は便利で金さえ払えば、自分の手を汚すことなく、たいていのことは叶えられる。迂回生産が極度に進んだ経済なのだ。直接生産ではなく迂回生産だから、最終商品になるまでには複雑な経路を辿らなければならない。生産が多段階になればなるほど、そのたびにコストやエネルギーが加わるだけでなく、リスクも高まる。
EUはロシアと昔から深い関係にあり、互いに持ちつ持たれつの間柄である。だが、ロシアの汎スラブ主義、南進政策、宗教(ロシア人にとってクリミアは聖地のひとつ(「オーランドー・ファイジズ『クリミア戦争』、2015年、p.55))などの行動原理は今もなお堅持されており、EUとは相容れないものだ。2014年、ロシアはクリミアを奪い取ったが、これは今回の侵略の布石だった。もともと、プーチンの狙いはウクライナ全土の併合なのだ。プーチンの野心はウクライナだけにとどまらないのかもしれない。
ロシアの侵略が始まってから11日経過するが、キエフまでの進軍にロシアは時間を掛けている。じわりじわりと締め付ける戦法で、ウクライナの人を精神的に追い詰め、ウクライナからポーランド等の国外へ追い出す方針ではないか。国連難民高等弁務官事務所は、ウクライナからの避難民は10日間で150万人を超えたと発表した。侵略が広がれば広がるほど、避難民も増加することは間違いない。
1日平均15万人の避難民が発生しており、このペースで増加していけば、1カ月で450万人となる。この状態が数カ月続くことになれば、避難民は1千万人単位にもなりかねない。プーチンはこのような大量避難民を作り出そうとしているのではないだろうか。1千万人を超えるような避難民でEUを追い詰めようとしているのだ。避難民でEUの首を絞めつけ、ロシアの立場を優位にし、プーチンはウクライナを奪い取りたいのだろう。かつての帝国戦争が現代に蘇ったといえる。
避難民の過去にない急増と長期化にどこまでEUは耐えられるだろうか。シリア難民360万人をトルコが受け入れているけれども、今回、大量の避難民を受け入れる国はどこだろうか。もし、そのような受入国が現れないのであれば、避難民対策は行き詰まってしまう。EUにも各国の避難民受け入れには温度差があり、EUでも対立が生じ、調整が難航することも予想される。しかし、ここで踏ん張り、EUの結束を強め、ロシアに毅然と立ち向かわなければ、ウクライナ併合というロシアの思い通りに事は運ぶだろう。そのような事態になれば、ロシアの拡張政策はさらに勢いづくかもしれない。
ロシアが強気になれるのは、G7などに比べると経済の自立性が高いからではないか。特に、食料とエネルギーが自国で賄えことが最大の強みだ。2020年のロシアの名目GDPは106.9兆ルーブル、1ドル=72ルーブル(2020年平均レート)でドルに直すと1兆4,856億ドルにしかならない。昨年の米名目GDP(23兆ドル)の6.5%に過ぎない。これだけの経済格差がありながら、米国に対抗できる核を保有できるとはなんと不思議なことか。
名目GDPのうち政府最終消費支出は22.1兆ルーブル(3,076億ドル)、GDP構成比は20.7%である。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によればロシアの軍事費は617億ドル(2020年)であり、世界第4位。米軍事費(7,780億ドル)のたったの7.9%である。ロシアの歳出によると国防費は3.3兆ルーブル(459億ドル)とSIPRIの軍事費を下回るが、全国家的課題(1.9兆ルーブル)や公安・法秩序(2.3兆ルーブル)などにも軍事費が含まれているのかもしれない。
ルーブルは過小評価されており、ルーブルの値打ちはこれよりも何割も高いはずだ。そうでなければ、広大な国土に張り巡らされている道路や通信などのインフラの整備維持は不可能だ。国防費も実質的には1,000億ドル超の規模ではないだろうか。