増え続ける非正規雇用

投稿者 曽我純, 2月7日 午後5:11, 2016年

2月3日のきさらぎ会の講演で、黒田日銀総裁は改めて「2%の「物価安定の目標」の実現のために、できることは何でもやる」と締めくくった。現状、ゼロ近辺にある物価ではなぜいけないのだろうか。まさに、理想的な物価状況下にありながら、理想をぶち壊そうとしている。が、日銀がいくら血眼になっても世界的な商品相場バブルの崩壊ではどうすることもできないのだが。しかも、国内需要は家計消費支出の減少により細くなり、輸出も世界経済の停滞からマイナス幅が大きくなってきている。需要が弱くなっているときに、金融政策を弄る程度では、屁の突っ張りにもならないのである。

円ドル相場はマイナス金利を発表した1月29日、121円台に円は急落したが、これが円安ドル高のピークとなり、2月5日の週末には116円台と2014年11月第2週以来の円高ドル安だ。10年物国債の利回りは低下し続け、週末、0.02%と翌日物コールレートを大幅に下回る逆イールドとなっている。国債利回りは0.2%程度であったが、1週間ほどで10分の1になったということだ。1億円の国債を購入してもクーポンは年2万円にしかならないのである。

企業は金利コストが低下したからといって、設備投資をするだろうか。需要が盛り上がらないなかで、設備投資に踏み出す経営者はいないだろう。ましてや、企業は十分なキャッシュを保有しているのだから、金融機関から金を借りる必要もないのである。

マイナス金利の導入は貨幣を貨幣ではないものにしてしまう。日銀は貨幣を否定したのだ。4日の衆議院予算委員会で、黒田総裁はマイナス金利をさらに拡大することもあり得るという。さらに預金金利にまでマイナスが波及することも否定しない。もし、そのような兆候が表れれば、預金の引き上げや取り付け騒ぎが起こるだろう。金融機関は国債を売却して、預金引き出しの支払いに充てることになる。国債価格は暴落し、利回りは急騰する。このようなことが起こらないように、政府は預金の引き出しに制限を加える措置を取るだろう。預金封鎖ということも考えられる。黒田総裁が預金金利のマイナスを否定しないことは重大である。家計は早期に預金対策を取るべきだと示唆しているようだ。

それにしても、10年物国債利回りがほぼゼロということは、日本経済の長期期待成長率や期待収益率がゼロだということでもある。過去の日本経済の経緯からすれば、ゼロやマイナス成長はなんら不思議なことではない。人口減、超高齢化、認知症の急増、原発、財政赤字どれを取り上げて、日本経済の下押し圧力であり、じわじわと効いてくるだろう。

マイナス金利導入を発表した1月第4週の東証1部の部門別売買動向によると、外人は1,999億円売り越しており、これで昨年12月第3週以降、7週連続の売り越しである。個人も売り越し、相場を吊り上げたのは2,644億円を買い越した信託銀行である。日銀と政府が手を携えている気配を感じる。

ここにきて、企業業績の悪化が取りざたされているが、景気先行指数は2014年1月をピークに低下し続けており、昨年12月は102.0と2013年1月以来約3年ぶりの低い水準である。輸出も昨年第4四半期は前年比4.6%減少し、これまで業績を支えていた輸出は、明らかにマイナス要因になってきた。

米国は昨年12月に利上げを実施したが、時期を間違ったようだ。昨年第4四半期の実質GDPは前年比1.8%と2014第1四半期以来7四半期ぶりの低成長であった。昨年第4四半期の鉱工業生産は前年比-0.8%、12月に限れば1.8%低下した。12月の資本財受注(非軍需、航空機除く)は前年比7.4%落ち込み、輸出は-10.0%と3ヵ月連続の2桁減だ。7年間もゼロ金利を続けても、実体経済はこの有様である。

金融政策だけを頼りにしていた米株式も企業業績の悪化には抗うことはできず、下落基調をたどっている。他方、政策金利が引き上げられたけれども、10年物国債利回りは低下傾向にあり今は1.8%台である。利回りは名目経済成長率を1%も下回っており、実体経済を反映していない。ドイツの同利回りは0.29%と買われすぎである。一方、ギリシャは9%を超えており、ユーロ圏の矛盾を曝け出している。

日本の失業率は昨年12月、3.3%と米国や欧州よりも低い。だが、経済は米国やドイツに比べれば見劣りする。日本は米国やドイツよりも内需が弱いからである。「家計調査」によれば、昨年の勤労者世帯の実収入(世帯主以外の収入も含む)は2012年比で僅か1.6%の増加だ。失業率は2012年の4.3%から2015年には3.4%、雇用者は136万人増加しているが、実収入は伸びていない。実収入が伸びなければ消費は振るわない。

雇用形態別の雇用者の推移(統計が利用できる2013年1月から2015年12月を比較)をみると、正規雇用は20万人減少している半面、非正規雇用は215万人増加している。男女別では、男は正規が25万人減少し、非正規が82万人増加、女の正規、非正規は6万人、133万人それぞれ増加した。

昨年12月の非正規雇用者は2,038万人、雇用者(役員除く)の38.1%を占め、2013年1月から2.8ポイントも上昇している。男を年齢別にみると、25~34歳、35~44歳、55~64歳では正規がいずれも減少しており、総雇用者も減少している。最大の増加グループは65歳以上で、59万人増えているが、そのうち49万人が非正規である。

黒田総裁が就任してからも、企業は正規を抑制し、もっぱら賃金の安い非正規を増やすことによって、人員は増やしたけれども、総賃金コストを抑えたのである。だが、総賃金を抑えれば、企業の生産したものが売れないことになり、企業は自分で自分の首を絞めることになる。日本経済の問題は金融政策で対処できるものではなく、非正規雇用を減らし、正規を拡大する政策や労働時間、有給の完全消化、残業代の割り増し率の上昇などを制度として早急に確立させることである。こうした制度整備が行われなければ、日本経済は豊かにはなれない。

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