報酬だけでは回復しない家計消費

投稿者 曽我純, 5月20日 午後8:23, 2018年

米国経済が底堅く推移していることから米10年債の利回りは週末値でも3.0%を突破した。週末値での3.0%超えは2011年5月以来7年ぶりである。米国経済はほぼ完全雇用であり、しかも物価の安定が保たれているという好ましい経済状態にある。FRBの金融緩和政策により、米債利回りの上昇は抑えられていたが、そのタガは外れつつある。FRBは慎重に利上げをしているが、実体経済からかけ離れた低水準にいつまでも据え置くことはできない。市場参加者が実体経済に照らし合わせて適切な判断を下せば、3%という水準は低すぎるという見方が支配的になるのではないか。

4月の米小売売上高は前月比0.3%だったが、鉱工業生産指数はエネルギー部門の高い伸びによって、前月比0.7%伸びた。住宅着工件数は前月比3.7%減少したが、前年比10.5%も増加し、許可件数も順調に伸びている。こうした経済の拡大に加えて、イタリアの政治不安(イタリア10年債利回りは週末、2.22%と前週比36ベイシスポイント上昇)やドイツの景況感の落ち込み(4月、5月のZEW景況指数、いずれも-8.2と2012年11月以来のマイナス幅)などが、ユーロ売りを加速させている。対ドルでユーロ安の進行が円売りにも波及しており、円ドル相場は1ヵ月で3円50銭もの円安ドル高に振れた。

円安ドル高や米株の上昇により、日経平均株価は8週連続の値上がりだ。日本の10年債利回りはゼロ近辺に釘付けされているため、資金運用者は株式に資金配分するしか取るべき手段はない。日銀が上場投信を毎月5、6千億円買い続けていることも心強い。

今、日米10年債利回りの格差(米国―日本)は3%ある。2001年1月の4.9%をピークに格差は長期的に縮小、2012年7月には0.75%に縮小した。その後、格差は足踏みの時期を経て、2016年8月以降、拡大傾向を強めており、2007年8月以来の3%超に拡大した。

利回り格差の拡大は円安ドル高要因のひとつである。2012年7月以降の1.5%を超える急激な格差拡大は円安ドル高に作用したと考えられる。日銀の金融政策や政府の経済政策が円安ドル高に効果を発揮したと言われているが、債券利回りの格差拡大という要因がすでに為替相場に影響していたのであり、それに日銀と政府は便乗しただけなのだ。

1-3月期のGDPデフレーターが前期比マイナスとなり、これで2四半期連続の前期比減である。前年比では0.5%だが、再びマイナスに陥る可能性は高い。日銀は引き続き、国債購入とオーバーナイトのマイナス金利を継続するだろう。そうであれば、10年債利回りもいまのようなゼロの水準を持続するはずだ。10年債利回りがゼロから抜け出せなければ、日本株に運用資金は向かい続伸することになるだろう。

2017年度のGDPデフレーターは前年比0.1%と2016年度の-0.2%からかろうじてプラスに転じた。2014年度と2015年度のデフレーターはプラスだったが、これは消費税率引き上げによるものであり、実質的にデフレーターは低調だったのだ。黒田日銀総裁就任以降、日銀は国債を300兆円超買い増し、ゼロ金利を続けても、日本の物価はびくともしない。わずかでも物価が上がれば、需要はたちどころに減退してしまう。だから、売り手は値段を上げようにも上げられないのだ。値上げして需要を失ってしまうよりも、物価の現状維持を貫き、薄利でも需要を繋ぎ止めることが大事なのだと考えているのである。

名目GDPの家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)はリーマンショック後の2009年度、前年比2.0%減の231.9兆円に落ち込んだが、東日本大震災による消費マインドの悪化などから、2012年度でも234.3兆円と3年で1.0%しか増えていない(民主党政権は不幸にも「リーマンショック」と「東日本大震災」に遭遇)。2013年度の家計最終消費支出は3.7%も増大したが、消費税率の引き上げによる駆け込み需要であり、その後も回復までには至らず、2013年度と2017年度を比較すると1.2%の微増にとどまっている。

安倍政権の声高に叫んだ政策と日銀の金融政策は消費にはまったく効かなかったことが、これを見るだけで明らかである。だからこそ消費者物価が上昇しないのだ。賃金だけでなく、労働時間、男女格差、有給休暇、保育、介護等さまざまな問題が生活に入り込んできており、そのような問題に企業は積極的に取り組み、労働しやすい職場に改善していかなければならない。単に、利益のみを追求し、株価を上げればよいという社会状況ではないのだ。社会全体をよりよくするための企業であらねばならない。そうでなければ、安心して働き、家庭生活を送ることもできないように思う。

家計最終消費支出が名目GDPの伸びを下回ったため、家計最終消費支出の名目GDP占める割合は2017年度、44.8%と2007年度以降で最低となった。他方、民間企業設備の比率は15.8%に上昇しており、ぶれの大きい民間企業設備への依存度が高くなってきている。2010年度以降、民間企業設備は8年連続のプラスであり、設備投資の拡大は長期化している。GDP・民間企業設備比率が高いだけに、一旦、不況に陥ると、設備投資の極度の不振から日本経済は急激に悪化することになるだろう。そのためにも家計最終消費支出の比率を引き上げておく必要がある。

2017年度の名目雇用者報酬は2013年度比、8.4%増加しているにもかかわらず、家計最終消費支出は1.2%と雇用者報酬の伸びを大きく下回っている。家計はあまりにも多くの問題に直面していることから、消費にまで気を配ることができなくなっているように思う。雇用者報酬が8.4%増加したとはいえ、年率2.0%であり、実質では、消費税率の引き上げにより、同期間、4.6%、年率では1.1%にすぎず、消費マインドを明るくするような上昇ではない。

賃金の引き上げにとどまらず、企業が従業員にさまざまな生活支援をどこまでできるかに、消費の行方は掛かっている。

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