堕落した中央銀行

投稿者 曽我純, 6月19日 午後4:07, 2016年

6月15日、金融政策の現状維持と「運用姿勢は引き続き緩和的」という内容のFOMC声明を発表した翌日の16日、日銀も現状維持を打ち出した。日銀の金融政策発表後、円ドル相場は1ドル=106円台から103円台に円は急騰した。同時に日経平均株価は急落した。発表を待ち伏せしていた投機筋が仕掛け、それに数多の投機業者が追随したのだろう。2012年秋以降の円安ドル高は2015年7月まで3年弱続いた。が、今や完全に、基調は円高ドル安である。まだ、円高ドル安は1年ほどしか続いていない。過去約3年の円売りドル買いによるドルの持ち高は膨れており、ドル売り円買いの弾は十分にある。しかも、フローの日本の経常黒字は拡大しており、実需のドル売り円買いが増加している。投機的にも実需の側面からも円買いドル売りは発生しやすくなっているといえる。

どこまで円高ドル安が進行するのだろうか。まったく予想することはできないけれども、FRBや日銀の金融政策の行方や円、ドルの実需、物価動向などからみるならば、円高ドル安方向に進む余地は依然大きいのではないか。1ドル=100円を突破することになれば、90円台での攻防となるだろう。

今回、FRBは2016年のFFレート予測を0.6%~0.9%(3月予想0.9%~1.4%)へと引き下げた。この予測さえも高目であり、年内、利上げは行なわれないかもしれない。たとえば、5月の小売売上高は前月比では0.5%だが、前年比は1.9%と大幅に減速し、鉱工業生産は前年比-1.4%と9ヵ月連続のマイナス、設備稼働率は2014年11月をピークに低下し続けている。景気後退も視野に入ってくる経済状況である。

2016年のGDP予測も1.9%~2.0(3月2.1%~2.3%、昨年12月2.3%~2.5%)と2回連続で下方修正した。1-3月期の米実質GDPは前年比2.0%だから、実体経済はほぼ横ばいで推移するとみているのだ。だが、物価指数のPCEは1.3%~1.7%(3月1.0%~1.6%)、コアも1.6%~1.8%(3月1.4%~1.7%)にそれぞれ上方修正している。実体経済を弱く予想していながら、物価はやや上昇率が高くなるというなんとも矛盾した予測である。普通に考えれば、実体経済が冴えなくなるのであれば、物価は弱含むことになるのだが。2017年の物価は1.7%~2.0%と目標に到達すると予測しているが、実質GDPは1.9%~2.2%と今年とさほど変えていない。

物価2%上昇を目標に掲げているので、物価予測は高めに設定していると勘繰られても仕方がない。FRBは経済金融を専門にしている集団だが、世の中の常識が通用しない金融村に閉じこもっているのだろう。5月の米国の消費者物価指数は前年比1.0%と安定している。食品・エネルギーを除くコア指数は前年比2.2%であり、コアは物価目標を超えていることになる。FRBが注視している物価はPCEであり、このコア指数は4月、前年比1.6%であり、2.0%に届いていない。FRBはこのような物価の現状のなにに不満なのだろうか。いまのままで物価が推移することが米国民にとってなにか不都合なことが生じるのだろうか。

消費者物価指数のコア年平均上昇率は1996年以降の20年間、一度も3%に達したことはない。そのうち8回は1%台の低い伸びである。もっと言えば、第2次オイルショックの1980年の12.4%をピークにコア指数の伸びは低下しており、すでに20年以上前から物価は経済の問題ではなくなっているのだ。物価安定は、米国だけでなく主要国では達成されており、解決しなければならない問題ではない。つまりFRBの政策目標は間違っており、問題ではないことを問題にするという捏造行為なのである。問題は成長を阻害している分配が現在の最大の問題なのである。FRBをはじめ日銀やECB、BOE等分配が最大の経済問題であるにもかかわらず、数十年も問題になっていない物価を問題にし、狼少年といわれてもおかしくないほど2%の物価目標を連呼している。相も変わらず実体経済から外れてしまった目標に固執している世界の中央銀行のなんと愚かなことかと思わずにはいられない。まさに中央銀行は堕落し、国民から乖離してしまったとしか言いようがない。

黄金の60年代と言われていた米国経済を振り返っても、1960年から1965年までのコア物価指数は1%台の低い伸びであった。だが、1965年までの6年間の実質GDPは年率4.7%もの高成長であった。成長を押し上げた最大の要因は1960年末から始まったベトナム戦争だが、1960年代前半の米国経済は高成長と物価安定が両立していたのである。

2015年までの過去10年の米実質GDP平均成長率は1.4%、過去5年でも2.0%と低い。ITバブルの影響などで2005年までの10年間の平均成長率は3.4%と1995年までの10年間の成長率を0.4ポイント上回った。このような例外はあるけれども、長い期間を取れば、米国経済は鈍化しており、今後、長期成長率が3%に達するようなことはないだろう。2%前後の成長が続けば、需給が逼迫して物価が大幅に上昇することなどあり得ない。低成長下では、物価上昇の引き金となる資源価格の高騰は起こらないだろう。

現状のコア指数は2%を超えているのだから、物価については目標を達成していることになる。過去に実施したことがない金融政策を長期間実行しても、実体経済や物価上昇率はこの程度なのである。この7年間も続けられている超金融緩和と実体経済の関係をみるだけで、FRBの金融政策では、実体経済をより力強くすることができないことを認めざるを得ないのではないか。

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