問題のない物価を問題にする日銀

投稿者 曽我純, 2月28日 午後5:35, 2016年

日銀はホームページに相変わらず「2%の物価安定の目標」を掲げている。2%がなぜ「物価安定」なのだろうか。1月の消費者物価指数が公表されたが、総合指数と生鮮食品を除く指数は前年と同じであった。きわめて安定しているといえる。日銀は超安定している物価環境を崩したいのである。が、日銀が需要や供給をコントロールすることは不可能であるから、物価を引き上げたくても引き上げることはできないのである。需給を思いのまま操ることなど社会主義経済でもできないことだ。ましてや資本主義経済で需給を意図的に動かすなどと考えること自体、思い上がりというものだ。

FRBやECBなども物価目標を2%にしているから、その程度にしておこう。日銀の2%の根拠はそんなところか。物価が上がるということは、需要が供給を上回る状態が続かなければならない。だが、2015年の『国勢調査』から明らかなように、日本の人口は減少しており、しかも超高齢化しているために、需要は減少している。事実、総世帯消費支出は名目でも前年比2.6%減と2年連続のマイナスである。政府や日銀の政策は消費にはまったく効き目がないということを証明している。これだけ消費支出が減少しているときに、消費者物価が上がるだろうか。だれが考えてもそのようなことは起こり得ない。消費支出が減退しているときは、消費者物価は上がるのではなく下がるのである。2014年の消費者物価指数は消費税率の引き上げにより前年比2.7%に上昇したが、2015年の伸びは0.8%に低下した。黒田日銀総裁が正常な頭脳の持ち主であるならば、このような消費と物価の明瞭な関係がわからないはずはない。

2015年の総世帯消費支出(名目)を5年前の2010年と比較すると、3.4%減少している。特に減少しているのは教育と教養娯楽で10.0%と17.1%それぞれ落ち込んでいる。10年前との比較では総世帯消費支出は7.7%も減少している。金融危機や大震災、原発等の影響もあり、過去10年で総世帯消費支出が前年比プラスだったのは3回にとどまる。

これだけ消費支出が減少しているときに、消費者物価指数が2%の高い上昇を示すことは考えられない。過去20年間の消費者物価の伸びをみるといかに日本の物価が安定しているかがわかる。2015年と1995年を比較すると、総合指数は2.5%、生鮮食品を除くは2.1%、食料・エネルギーを除くでは-2.3%とマイナスだ。総合指数でも20年前と比較して2.5%しか上昇していないのである。それを黒田総裁は前年比で2%を目指すというのだ。

黒田日銀総裁は原油価格の急落を物価が目標からそれていることの言い分けにしているが、過去30年間の消費者物価指数とCRBの関係をみると、商品市況の影響は限定的だといえる。2度のオイルショックにより、原油価格の物価に及ぼす深刻な影響が脳裏に焼き付いているが、2008年までの原油価格急騰では物価は落ち着いていた。

2001年から2008年までCRBは2.5倍に急騰し、その後急落したが、消費者物価指数は2.3%(2008年7月)が最高だった。2008年の消費者物価は1.4%上昇し、1997年の消費税率引き上げによる1997年(1.8%)以来の高い伸びであった。が、2009年以降は3年連続のマイナスである。

人口減がこれからも持続し、高齢化も進行するという時世だというのに需要が拡大し、消費者物価指数が前年比2%も上がる。なんと現実離れした想定なのだろう。政府の僕となり宣伝に宣伝を重ねる黒田日銀総裁は「宣伝、宣伝だ。それが信仰となり、なにが想像でなにが現実かわからなくなるまで宣伝することだ」(アドルフ・ヒトラー、出所:大野裕之、チャップリンとヒトラー、岩波書店、2015年、p.ⅳ)という考えと同じではないか。

少しばかり理性を取り戻すことができれば、2%の物価目標やマイナス金利がいかに実体経済にそぐわないものであるかがわかるはずだ。株式や首都圏の不動産といった資産価格の上昇を促しても、実体経済を歪めるだけだ。資産価格の上昇は資産格差や所得格差の拡大にもつながり、消費支出の不振の原因を大きくするだけである。

日銀が物価を政策目標にすることは今の日本経済にとって重要課題ではない。第2次オイルショック以降、消費者物価指数は長期間安定している。日銀が物価を取り上げる必要などまったくないのだ。目を凝らさなければならないのは、株価や不動産価格である。たいてい経済を混乱させるのはそうした資産価格の暴騰、暴落だからである。目の付け所が間違っている。政府の言いなりになっているだけでは墓穴を掘ることになる。いまからでも「政府のための日銀」ではなく「国民のための日銀」だという姿勢をみせてもらいたいものである。

PDFファイル
160229).pdf (374.47 KB)
Author(s)