商品バブル崩壊

投稿者 曽我純, 10月6日 午後5:22, 2015年

世界経済を端的に表しているのは商品市況だ。代表的指標のCRBは200を割り込み、月末値では、9月は2002年2月以来13年7ヵ月ぶりの低い水準を示している。1980年代以降ではほぼ最低のところにあるといってよい。原油などのエネルギーを始め、銅やアルミの金属、農産物等ほぼすべてが急落し、底値を摸索している状態である。なぜ下落しているのかといえば、需給が緩み、買い手優位になっているからである。どこまで下がるかといえば、生産費用がまかなえるかどうかのぎりぎりのところが相場の下限になるはずだ。コスト割れになれば、減産や生産から撤退する企業もあらわれ、供給は需要と釣りあう所まで減少するだろう。 

相場上昇のときは、いけいけどんどんで資源開発に巨額の資金を投入していたが、相場の暴落によって事業撤退を余儀なくされた企業も多いはずだ。なにしろCRB指数は2008年の金融危機直前には462まで急騰していたが、2009年2月には211まで急落し、主要国のゼロ金利政策により、そこから反発、2011年3月には359まで戻った。ただ、この回復は実需ではなく、金融政策により持ち上げられただけであり、危ういバブルであった。そのため、米国の利上げが視界にはいってくると、釣瓶落としとなり、現在に至っている。

 商品相場は2001年以降の、金融危機による中断はあったけれども、歴史的な大相場は終わったということである。このようなことは、日本の1980年代の土地や株式バブルのように、2度と起こらないような相場といえるだろう。

商品相場底入れの起点は2001年であり、その年の12月、中国のWTO加盟が発効した。中国のWTO加盟により、中国の資源輸入は拡大し、商品相場は勢いづいた。CRBは2005年8月には327と1980年10月を超え、約25年ぶりに過去最高を更新した。そしてその後も上昇を続け、バブルとなり、いまは弾けつつあるのだ。

中国経済が拡大したのはWTOに加盟したことから、生産拠点を作るために先進国から巨額の資金が流入したからだ。低賃金・低価格が功を奏し、輸出は拡大し、原材料の輸入も急増していった。人口も以前のような増加率ではなかったが、今に比べれば伸び率は高かった。

だが、消費需要を決める人口増加率は長期的に低下しつつあり、1989年から2002年までの13年間の中国総人口は13.1%増加したが、2002年から2015年までは7.2%、さらに2015年からピークと見られている2028年までの13年間では2.9%へと大幅に鈍化する見通しである。

15歳から64歳までの生産年齢人口はすでにピークに達している。2005年の生産年齢人口は2000年と比較すると9.0%増加しているが、2010年までの5年間では5.4%に鈍化し、2015年の2010年比では1.1%、さらに2020年までの5年間は-1.4%とマイナスになると予想されている(United Nations;World Population Prospects,the 2015 Revision)。

人口動向からみると、中国の経済成長は大幅に鈍化していくことになる。そうなれば、資源のがぶ飲みのような事態の再現はなく、商品相場は長期的に低い水準で安定的に推移するとみられる。これまで原油や液化天然ガス、鉄鉱石等の資源関連事業で大儲けしていた産業や企業は塗炭の苦しみをなめることになろう。

日本の商社が大儲けできたのは過去にない商品相場の活況によるところ大である。建設機械や工作機械なども大いに資源価格急騰の恩恵を受けてきた。いまでは逆風に曝されているが。2日に公表された米製造業受注によると、非軍事資本財受注(航空機除く)は前年比-4.7%だが、掘削機関連は-52.4%と急減している。8月の米鉱工業生産でも、原油・ガス掘削は前年を-53.1%も下回っている。こうした資源関連部門の急激な収縮が、さまざまな部門に波及し、米国経済のみならず世界経済の足元を揺さぶっているのである。

資源産出国や資源関連企業は痛手を被るけれども、非資源国は安い価格で入手することができる。日本は資源輸入国であるから、今回の商品相場の崩落は巨額の富をもたらしたはずだ。原油を始め、大豆、小麦等の市況は急低下しており、それらを加工する企業には原料安による利益が積み上がっている。

4-6月期の企業業績は売上が1.1%の低い伸びでありながら、営業利益は20.5%も拡大したのは原材料が安くなったからである。原材料コストが低下し、収益環境は改善したが、賃金には回さず、内部に溜め込んでいる。

 CRB指数が上昇すれば、資源の大半を輸入に頼っている日本の貿易収支は悪化し、消費者物価は上昇する。つまり、CRBの上昇は日本経済を弱体化させ、円ドル相場は円安ドル高にむかうことになる。過去のCRBと円ドル相場の関係をながめるとCRBに遅れて円ドル相場は動く傾向にある。逆に、CRBの低下は日本経済にプラス効果をもたらし、円高ドル安が強まるはずだ。

 円ドル相場を決定付ける消費者物価にとってもCRBの影響は大きい。原材料の輸入価格下落は消費者物価に確実に波及する。8月の総合消費者物価指数は前年比0.2%とプラスだが、9月の東京都区部は-0.1%と2013年5月以来、2年4ヵ月ぶりのマイナスだ。総合消費者物価指数がマイナスになるのは時間の問題であり、そうなれば円高ドル安傾向がはっきりするだろう。

 日銀黒田総裁は消費者物価の伸び率低下を原油価格のせいにしているが、原油だけでなく主要な産品は激しく落ち込む商品バブル崩壊によるものであり、世界的に消費者物価はマイナスになるかもしれない。すでに米国の消費者物価は8月、前年比0.2%に低下し、9月のユーロ圏は-0.1%と前年割れとなった。

 金融危機を収束させるために講じたゼロ金利、大規模の国債買取などの金融政策が商品相場や株式のバブルを産み出すという皮肉な結果となった。住宅バブルは国の介入により、覆い隠すことができたが、別の投機市場に火をつけたのである。モーゲージの多くは公的機関で保有されており、清算されたわけではない。FRBもMBSを9月末、1.74兆ドル保有しているし、財務省証券を2.46兆ドル持っており、FRBの総資産は4.48兆ドルと高原状態維持している。FRBの異常な状態は続いているのである。だから、米国経済は以前のような成長経路の戻ることができないのである。

 日銀の国債買取拡大がいかにまやかしであるかは、当レポートでもしばしば取り上げたが、いまだに期待の声が上がるとは驚きである。国債買取は経済を徒に歪めるだけであり、日本経済になにの実りも与えない。

商品バブル崩壊に伴うデフレ下でも物価2%目標を維持する意固地さにはあきれる。安倍首相の名目GDP600兆円目標といい、なんとでたらめなことを平気で捲し立てることができるのだろうか。このようなことを躊躇なくいえることと安保法案の主張は似通っている。違憲か合憲かの議論よりも、でっち上げた目標を力ずくでもやり遂げることを矜持だと思っているからだ。

 FRBは利上げを引き延ばしているが、ぐずぐずせずに実行すべきだ。商品・株式バブルを崩壊させ、世界経済を正常な状態に戻す必要がある。金融当局が蒔いた種なのだから、自ら始末しなければならないのではないか。市場万能といいながら、市場機能を麻痺させる張本人はたいてい政府と金融当局なのである。

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