利下げにこだわるトランプ大統領

投稿者 曽我純, 11月25日 午前8:37, 2019年

円ドル相場は膠着状態にある。昨年末比でも1円に満たない小幅な変化にとどまっている。ユーロの対ドル相場のじり安や米株高などが、円の上昇を抑えている。米長短金利の下落幅が大きく、さらに利下げ余地があることが円の下落を防いでいる。ユーロがじり安傾向を抜け出せないのは、EUがイギリスの離脱問題を抱えユーロ経済の弱体化が避けられないという懸念を抱えているからだ。

今年7-9月期の実質GDPの前期比伸び率は米国0.5%、ユーロ圏0.2%、日本0.1%と米国がユーロ圏、日本を上回っており、実体経済の強さからはドルが強くなるはずだ。18日のトランプ大統領とパウエルFRB議長の会談でトランプ大統領は「マイナス金利」についても協議したという。ゼロまででも1.5%の下げ余地があるが、トランプ大統領はそれでも満足できないようだ。利下げ期待を持たせることでドル安に誘導し、輸出増を狙っている。大統領選を有利に展開するために執拗に利下げを要求し続けている。

利下げしても経済全体がバランスよく成長していけば問題は生じないが、必要以上に利下げを行なえば、経済のバランスは崩れてしまう。利下げの恩恵をもっとも受ける金融部門などが、実体経済以上に成長し、全体のバランスが取れなくなるからだ。もっとも相応しいところ資金・資源を配分する機能は機能しなくなり、もっぱら先行きを過度に予測する投機が席捲することになる。社会の最適な経済的仕組みを作ることなど夢想の世界となる。

パソコンからスマートフォンにいたる成長産業が成長したのは、戯具としての特性を活かして若者たちを取り込み、テレビさえも遠ざける魅力商品に仕上げたからである。しかも、新機種を続々市場に投入し、買い替えを促し、マーケットを拡大させた。自動車などに比べて、電子通信機器の買い替えは頻繁に行われ、毎年膨大な台数が破棄・回収され、最後はごみとなる。買い替えによって業界は成り立っており、いわば自転車操業なのである。環境や資源のことが喧しくいわれているが、馬の耳に念仏だ。スマートフォンが10年も使用されると業界は干上がってしまうからだ。口先では資源とか環境などにも言及するが、実際の行動は真逆だ。資本主義生産は最適な経済構造を作り上げるのではなく、資本の強いところがのし上がり、そこにマネーが集中・集積し、分配格差、環境汚染など相当歪んだ経済に行き着く。

トランプ大統領は米国のラストベルトで支持を得ているが、彼が本当に信頼をおいているのは資本家であり、大衆ではない。特に、投機家のように自在に金を動かす人達、日本でいえば巨額の投資ファンドを操っている孫正義氏のような投機家とは相性が合うのだろう。

そうした投機家を支援するために利下げにこだわるのだ。企業や企業の一部の買収には巨額の金がいる。すべて自己資本で賄うことは難しく、金融機関からの買入れに頼る。企業の価値を正しく評価することは不可能だが、将来の利益を予想し、予想利益率で企業の現在価値を求める。だが、すべては予想であり、実に雑な数字なのだ。そうしてはじいて出した予測を基に投機家は判断する。金融機関も借手不足だから、海のものとも山のものともわからない企業を買収する投機家にかねを貸す。10年債の利回りでさえマイナスだから、投機家は超低金利で資金調達できる。金利が低くなるほど、企業売買はやり易く盛んになり、経済は華やいだようにみえる。が、企業買収はある企業がほかのだれかの所有物になるだけで、経済効果はゼロなのである。トランプ大統領は実業家であり、投機家だから、金利には敏感であり、彼にとって利下げは最重要政策なのだ。

10月の米景気先行指数は前月比-0.1%と3ヵ月連続のマイナスとなった。2009年6月の底から拡大してきた米国経済も曲がり角に近づいているようだ。2008年の戦後最大の不況によって大規模な解雇がなされ、非農業部門雇用者はピークから870万人も減少した。マイナス成長から抜け出すためにFRBは短期間に政策金利をゼロまで引き下げた。今年10月の非農業部門雇用者は1億5,194万人と2010年2月から2,223万人増加した。この期間の年率増加率は1.64%だが、10月は1.4%に低下してきている。3年前のトランプ氏が当選を決めたときからの増加数は452万人と今年10月までの増加数の2割にとどまり、8割の1,771万人はオバマ政権のときに雇用されたのである。これだけ雇用が改善していたにもかかわらず、民主党は敗北した。

雇用は引き続き拡大し、失業率も低く、物価も安定していることは現職が有利なのは間違いない。米一国主義を掲げ、貿易戦争を仕掛け、政治的にも国際協調を疎んじる政権であっても米国経済は懐が深いのか、ユーロや日本よりも高い成長を遂げている。米国経済がまだ伸びているから、ユーロや日本はこの程度の低迷で済んでいるとも言える。

もし米国経済が本格的な景気後退に陥れば、日本などは米国をはるかに上回る深刻な経済状態となるだろう。同様にユーロ経済も急速に悪化し、政治的にも揺れるかもしれない。いまのところ、EU28の失業率6.3%と2008年の前回の最低を下回っており、ドイツは3.1%とまだ低水準を維持している。失業率が低いことが政治の安定にも繋がっているけれども、欧州の景気低迷がさらに悪化することになれば、企業は雇用の削減に踏み出すだろう。そうなれば政治的不満は高まり、過激な動きが出てくることになる。

米国の対中貿易制裁により、米国のものの輸出も2018年の前年比7.8%から今年1-9月では-0.8%とマイナスに転じている。7-9月期のEUの輸出は前年比1.7%とプラスを保っているが、伸びは大幅に鈍化してきた。10月の日本の輸出は前年比-9.2%とマイナス幅は大きく、1月から10月までの貿易収支は赤字である。内需が慢性的に低迷している日本経済にとって、外需への依存は大きい。その外需が不振では、日本経済は八方塞がりだ。米国経済の減速がさらに強くなれば、世界的に需要不足は一層深刻になり、需要不足が日本経済を直撃するだろう。

対韓輸出規制などしている場合ではない。そのような攻撃の余波で早晩日本も苦しまなければならなくなる。子供のような拙い対応を恥ずかしいと思わないのだろうか。このような外交に税金を使ってもらいたくない。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数