21日発表の日銀の総括的検証によれば、「経済・物価の好転をもたらし、物価の持続的下落という意味でのデフレではなくなった」と量的・質的金融緩和を評価している。年度ベースで消費者物価指数(総合)をみると、2012年度まで4年連続のマイナスから2013年度は前年比0.9%と5年ぶりに上昇した。円安ドル高の進行と原油高、さらに2014年4月に消費税率が8%に引き上げられたことによる前倒し需要などによる物価上昇であり、「量的・質的金融緩和」の物価上昇への影響はないといってよいだろう。「量的・質的金融緩和」が実現されたからではなく、単なる表明により円ドル相場は大いに反応し、円安ドル高の進行をみた。それによって、株式も大幅に反発したのである。実際に、金融緩和が実現できなくても、フォワード・ルッキングを最大の原動力としている為替や株式はこれに乗り、実体経済とは無関係に動いていったのだ。
2013年度の実質GDPは前年比2.0%伸びたが、2014年度は0.9%減少した。民需は2.9%も落ち込み、2015年度も民需は0.2%減少しており、実体経済が良くなったとはいえない。名目ベースでも民需は、駆け込み需要によって、2013年度は2.7%増加したが、2014年度、2015年度の伸びは0.1%、0.6%と低迷している。2015年度の名目民需を18年前の1997年度と比較すると3.6%少ない。当然、名目GDPでも2015年度は18年前を下回っている。実体経済でも特に、民需の低迷は需要の弱さを裏付けており、長期的に有効需要が右肩下がりの状態では、物価は下落していくのが自然なのだ。
民需が弱いから物価が下落していくというあたりまえのことが、日銀にはわからないのだ。民需が冴えないのは2013年からではなく、バブル後はずっと弱く、それだから物価も1989年の消費税導入、その後の2度の引き上げを経ても、年度平均では1998年度の消費者物価指数(総合)が一番高く、いまだにその水準を上回ることができないのである。消費税率を除けば、物価が過去約30年間、年2%も上昇したことがないほど安定していることなどおかまいなく、2%上昇を「物価安定の目標」だと言い、いまだにそれに固執している。日銀は経済学の需要もわからないという嘆かわしい集団だ。国民がわからないようなカタカナを多用し、説明責任をうやむやにする。「総括的検証」はまさに姑息な弁明である。
国民は、人口減、超高齢化、要介護・要支援者の急増、不平等な分配、低所得者層の増大、資産の偏り等を見聞きしており、最終消費が拡大することなど、あり得ないと思っているのである。日銀は国民の目線まで降りてきて、経済実態を直視する必要がある。良識に欠ける日銀だから、バブル後、延々と続けてきている「金融緩和」にまだしがみつき屋上屋を架すことに励んでいる。
原油価格の急落、消費税率引き上げによる需要減、世界経済の減速を物価2%上昇の阻害要因としているが、世界経済が好調であり、資源価格が高騰し、そのピークに達した2008年度でも日本の消費者物価指数は前年比1.1%増にとどまった。つまり、世界経済が最高の状態に登りつめている過程でも、日本の物価上昇率はたかが知れているのである。
日本よりも高い成長をしている米国でさえ、金融危機後の2009年以降、消費者物価指数(食品・エネルギーを除く、暦年)の前年比伸び率は、2012年の2.1%を除けば2%未満に収まっている。世界経済の成長率は向こう数年3%台の伸びにとどまり、2003年から2007年の年平均5.1%のような高成長に戻ることはあるまい。世界経済の動向から予測しても、日本の物価上昇率が現状よりも高くなるとは考えられない。
「日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、…「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定した」(日銀、21日)。7月の消費者物価は前年比0.4%低下しているが、ここから2.0%まで引き上げるという。これが「物価安定の目標」だという。日本経済の体質・体力から判断すれば、物価が2%も上がることは異常なことではないか。安定ではなくきわめて不安定な状態にすることになり、経済は間違いなく現状よりの悪くなるだろう。この「2%の「物価安定の目標」」を達成するために短期金利は低めに長期金利は高めに持っていきたいという。さらに長期国債を継続的に買い続ける姿勢を強調するのだと仰々しくおっしゃる。1月のマイナス金利の導入以降、長期金利もマイナスになり低くなりすぎたから少し引き上げたいと宣う。今は翌日物コールレートと10年債利回りは同じである。これをコントロールするというのだが、コントロールできたとしても、0.01%の変化であり、これでどのような変化が起こるというのだろう。長期金利引き上げに矛盾することだが、国債購入を強く主張する。だが、これまでも度々国債購入について言及してきており、それではなぜこれまでの国債購入で物価が上がらなかったのか、そうした検証はなされていない。日銀はすでに国債を400兆円弱購入しているが、それでも物価は下がる有様だから、今後、100兆円、200兆円追加購入しても物価にはなにの影響もないだろう。金融機関保有の国債が日銀に移っているだけであり、単に持ち主が変わるだけでは実体経済に影響を及ぼすことはできない。
金利の微々たる低下によって、にぎわっているのは不動産業界である。国土交通省の『都道府県地価調査』(7月1日時点)によると、都市部の商業地は前年比30%超のところがあり、住宅地でも一部2桁増を記録している。6月の銀行の総貸出額は前年比2.5%だが、不動産業は6.7%伸びており、貸出増加額の25%を占めている。製造業が0.8%の伸びにとどまっているのと対照的である。個人への貸出は前年比2.8%増であり、増加額の3割超を占めている。超低金利によって個人富裕層や不動産業が余資を不動産関係に注ぎ込んでいるのだろう。こうした分野には日銀は貢献しているのだ。だが、4-6月期の名目GDPが前年比1.5%しか伸びていないのに対して、地価が2割も3割も上昇するというのは異常であり、すでにバブル化しているといえる。1980年代の不動産バブルもそうだが、日銀の金融緩和策が今回の不動産バブルも産み出している。何回、バブルを繰り返せば、気が済むのだろう。