円安ドル高も1ドル=120円を大きく超えるところまでは進まず、頭打ちとなっている。日本の消費者物価上昇率が低下しつつある半面、米国経済にも不安を示す指標がみられ、FRBの利上げも慎重に行われると予想されているからだ。今月に付けた121円程度が円安ドル高のピークとなり、新年度にはいれば円高ドル安に転換するのではないだろうか。円高ドル安に向かえば、投機筋は一斉にドルを手放し、円高ドル安は急激に進行するだろう。円安ドル高で買われていた日本株も売りに押され一気に値下がりすることになりそうだ。
米株式は経済や企業業績の伸び悩みにより、最高値更新が続くような状況ではない。70円台から120円台へと円安ドル高にふれ、対ユーロでもドルは2003年以来のドル高となり、為替が米国経済の歩みを一層緩慢にし、ひいては米国企業の業績に悪影響を及ぼしつつある。
昨年10-12月期の米企業利益(税引後)は前年比2.9%に低下した。2014年では3.8%と2013年の4.7%を下回り、2013年以降、米国企業の利益は株高を説明できるような伸びではない。今年に入ってからも小売売上高や鉱工業生産は不振であり、1-3月期の米企業利益は前期よりも悪化し、減益になるかもしれない。そのような業績見通しでは、すでに20倍に上昇している株価収益率(S&P500)さえ説明することは難しい。
日本の2月の消費者物価指数は前年比2.2%と前月の伸びを0.2ポイント下回り、昨年5月のピーク(3.7%)から大幅に鈍化している。食料・エネルギーを除くも2.0%と緩やかに低下しており、4月分は前年割れになるだろう。
消費者物価指数の10大費目をみると、前年割れになっているのは、交通・通信(-0.4%)だけであり、寄与度は-0.06%である。ガソリンの寄与度は-0.42%だが、電気代と都市ガス代は0.35%のプラスであり、エネルギーとしては総合指数を0.19%引き下げただけだ。消費者物価の伸び率鈍化の理由は原油価格の下落だと思われがちだが、消費者物価指数にそれほど大きな影響を与えているわけではない。
2月のWTIは前年比-51.5%の急落である。為替を考慮しても前年比43%の下落だが、2月のガソリン価格は15.4%減にとどまる。2月の貿易統計によれば、液化天然ガスはトン当たり、前年比7.9%下落しているが、2月の電気代や都市ガスは前年よりも7%超も高くなっている。プロパンガスも2.3%の上昇である。エネルギー関連はまだ値下がり余地があり、消費者物価指数を引き下げるだろう。
過去の消費者物価の前年比上昇率と円ドル相場は概ね相関関係にある。日本の消費者物価が上昇しているときには円安ドル高傾向にあり、消費者物価が低下しているときには円高ドル安傾向を示している。もの・サービスの値段が上がればお金の値打ちが下がり、下がればお金の価値が上がるという当然の結果と言えるだろう。
すでに消費者物価の上昇率は低下しつつあるため、円の値打ちが見直されてきている。4月に消費者物価がマイナスになれば、円は保有しているだけで、価値を増すことになり、円の保有意欲は高まるだろう。高くなったドルを手放し、安い円を買う動きが活発になり、円高ドル安に向かうはずだ。
日銀は巨額の国債を購入し、銀行に資金供給しているが、その金が日銀当座預金に還流している。そしてそれを国債購入資金に当てているのである。こうした日銀と銀行との遣り取りは、銀行保有の国債が日銀当座預金に置き換わっているだけで、資金は非金融部門に流れ出していない。
日銀券に日銀当座預金を加えたマネタリーベース(MB)は2月、前年比36.7%増の275.2兆円に拡大した。2年前に比べれば2.1倍、5年前とは2.8倍に急増している。だが、5年前に比べて消費者物価指数は総合で100.0から102.9へわずかな上昇にとどまり、食料・エネルギーを除くは100.3から100.3へと変化していない。
5年でMBを2.8倍に急増させても消費者物価はびくともしないのである。名目GDPが増加しているかといえば、5年で2.1%しか増えていない。MBを拡大したところで実体経済にはなにの影響もなかったのである。他方、日経平均株価は1.8倍、10年物国債利回りは1.3%から0.335%に低下し、金融経済だけが活況を呈しているのである。
実体経済は膠着しているが、株式・債券市場が活況なのは、それらは美人投票をするようなものであり、みんながどのように思っているかという期待の力が強く働くからだ。日銀が国債を買えば、国債価格は上昇するという市場参加者のコンセンサスが形成された。また、日銀が国債を購入し、お金をたくさん供給すれば、円の値打ちが下がり、多数の市場参加者が、円安ドル高になると思い込んだことが、今回のような株高・債券高に繋がったといえるだろう。
日銀がお金をたくさん供給するだけで株式・債券相場は反応するのである。銀行に供給されたお金が、どこになにのために使われるとか、実際に日銀の金融政策が実体経済にどのような経路で影響を及ぼすのかなどには関心がないのである。煎じ詰めれば、日銀が巨額の国債を購入する、それだけで、株式・債券相場は動意付くのである。だが、日銀のこうした金融政策がいつまでも効力を発揮しつづけることはできない。バブルといえる高値圏まで持ち上げられたことから、なにかをきっかけに総崩れするかもしれない。なかでも為替相場は期待を傷つける重要な因子であることは間違いない。
マネー(M)を増やせば、価格は上昇するという考えは、こうした基本的事実をみるだけで間違いであることがわかる。が、日銀はMを増やせば、物価は上昇すると信じきっているのである。5年でMを3倍弱に拡大しても、物価はなんともないのである。これから5年でさらに5倍に増やしたところで、物価は反応しないだろう。消費需要が新たに生まれない経済にMを供給しても無駄な行為でしかない。銀行の国債が単に日銀当座預金に置き換わっているだけでは、日銀の国債購入は屁の突っ張りにもならないのである。