円ドル相場は1年4カ月ぶりに1ドル=111円台を付けた。米国経済が日本経済よりも強く、FRBの金融政策も予想よりも早く引き上げられるだろうとの見方が共有されつつあるからだ。利上げ観測が強まっているにもかかわらず、米株式は過去最高値を更新、とどまるところを知らない。株式関係者は、利上げは行われるものの、時期については、FOMCの予測のように2023年と楽観視しているのだろう。すでに米株はバブル化しているのだが、そのようなことには囚われることなく、マネーゲームに没頭し、いけるところまでいこうとの戦法ではないか。70兆ドルの破裂など考えたくもないのだろう。
米株の過去最高値更新に牽引され、商品相場、なかでも原油価格は勢いづいている。過去の米株価とWTIとには、明らかに密接な関係があると読み取れる。米株が上がれば、WTIも同じ方向に進み、逆もまた然りなのである。しかもWTIの変動幅は株式よりもはるかに大きいのである。WTIの予想が当たれば、儲けは株式の何倍にもなるのである。だから、博徒にとっては、商品相場は止められないのかもしれない。
新型コロナショックでNYダウは2020年3月に19,173ドルまで急落、WTIはやや遅れて同4月、16.94ドルまで落ち込んだ。その後は急反発し、先週末値と比較すると、ダウは1.81倍、WTIは4.43倍と株式に比較にならないような高騰を示している。
先週末、そのWTIは1バレル=75ドルを突破した。2018年9月の高値を抜き、2014年11月以来6年7カ月ぶりの高い水準だ。その時はリーマンショック後の急落から反発し、100ドルを超える長期高値相場が崩れる過程であった。
日本では原油の高騰によって、貿易収支は悪化し、2011年から2015年まで5年間、赤字は続いた。2014年には赤字額は過去最大の12.8兆円を記録した。こうした貿易赤字の長期化によって、円ドル相場は2011年10月の1ドル=75円を高値に、途中で一休みしたものの2015年6月の125円の円安まで、円安ドル高が進行し、日本の製造業は息を吹き返した。
WTIが75ドルを突破したことで、原油輸入額は膨らみ、貿易収支を悪化させるだろう。原油などを含む鉱物性燃料の輸入額は4月の前年比22.3%から5月は70.5%に急増しており、5月の貿易収支は1,871億円の赤字となった。これから高い原油が入荷してくるため原油等の輸入額は増加し、貿易赤字は拡大するだろう。
2014年のような巨額赤字にはならないが、原油価格が高水準を続けるならば、貿易赤字は避けられず、円安ドル高も持続することになる。6月調査の『短観』によれば、大企業製造業の業況判断は14と3月から9ポイント上昇したが、これには今年1-3月期(平均円ドル相場105円6銭)に比較して4-6月期(109円50銭)は、4円44銭の円安ドル高だったことも影響しているはずだ。2021年度の企業の想定為替レートは106円71銭であり、現状は想定よりも4円33銭の円安ドル高であり、これから貿易赤字の拡大に伴い、円安ドル高が緩やかにでも進行すれば、製造業にとっては利益を上乗せすることができる。
『短観』によると。2021年度の大企業製造業経常利益は前年比4.0%増にとどまる見通しである。上期は30.9%だが、下期は-12.3%へと悪化するという。業況判断も6月調査は改善したが、先行きは1ポイントだが悪化する予測になっており、新型コロナをはじめさまざまな要因が楽観的予測を排しているようだ。
大企業製造業は全規模全産業のなかでは特異といえる。業況判断は14と最高であり、業況判断がプラスの規模業種は、中堅製造業5と大企業非製造業1にとどまり、中小製造業は-7であり、中堅と中小の非製造業もマイナスである。全規模全産業の業況判断は6月、-3と5ポイント改善したが、先行きは-5へと悪化する見込み。
6月の全規模全産業の業況判断は-3だが、製造業は2、非製造業は-7であり、これから判断すれば、ウエイトはほぼ同じである。日本経済の産業構造は、製造業の割合は約2割であり、『短観』のウエイトは実態を表していない。製造業の割合を全産業の約半分とすると製造業の改善がより強く現れるときには、全産業の改善も実態以上に良好な結果をもたらし、企業の全体像を正しくとらえることはできない。
米株は最高値を更新する半面、米10年債利回りは3月初め以来3カ月ぶりの低い水準に低下した。6月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数は前月比85万人増加し改善傾向を示したが、失業率は5.9%と0.1ポイント上昇、失業者数は前月比16.8万人増の948万人となり、雇用の改善に足踏みもみられる。
非農業部門雇用者のピークは2020年2月だが、今年6月はピークを100とするとその95.5%まで戻している。ピークに比べれば676.4万人少なく、内訳は民間部門が576.9万人、公的部門が99.5万人それぞれ下回っている。新型コロナなどで公的部門では雇用が増加しているように思うが、実際には昨年2月以降減少した状態が続いている。回復力がもっとも遅いのはレジャー・接待業であり、依然ピークの87.1%で217.9万人が職場に戻っていない。次が、不思議なことに情報産業の93.9%、第3位が教育・保険サービスの95.8%であり、これら上位3部門で民間部門576.9万人の58.7%を占める。製造業雇用はピークの96.2%に戻っており、平均を少し上回る。
6月の非農業部門雇用者数は1億4,575万人、2020年4月から1,559万人の増加である。月平均111万人の雇用の回復を実現してきたが、このペースで回復していけば6カ月ほどで過去の最大雇用に到達することになる。だが、昨年12月までは急回復していたが、今年に入り月平均54万人へと回復力は鈍化している。
新型コロナによる経済への打撃はこれまでにないものであり、先行き不安から企業はかつてない規模と速度で解雇した。民間部門では2020年4月までの2カ月で2,135万人が仕事を失った。産業別にみるとレジャー・接待業が最大で人員削減は822万人におよび、これだけで民間雇用減の38.5%を占めた。レジャー・接客業に小売りと教育・保険サービスを加えた3部門で62.9%を占めるという産業間の歪さが浮き上がる。産業間での雇用削減の強弱によって、雇用が回復する過程で希望の職種に付けないというミスマッチが生じやすくなっており、これからの雇用の回復速度は鈍るのではないだろうか。
米国には失業者が948万人もいるけれども、労働力の不足が発生するのは、働く意欲があっても、働きたい職がなかなか見つからないからなのだ。27週以上の長期失業者が6月、前月比で増加していることもそうした事情によると考えられる。こうした労働と雇用の問題を前提にすれば、各種機関の米国経済の相次ぐ上方修正は、正確に米国経済の実情を捉えていないように思う。楽観論の蔓延が気を緩める。常に経済は綱渡りの状態にあることを忘れてはならない。金融がバブル化している非常時の下では、些細なことで発火し、燎原の火のように燃え広がり、手の施しようがなくなる。同盟国、米国からの金融津波に翻弄されるリスクは非常に高まってきている。