公的資金注入では欧州は日本の二の舞に

投稿者 曽我純, 10月23日 午後5:44, 2011年

10月21日、対ドルで円は一時、75円78銭と最高値を更新した。週末値でも記録を塗り替え、円ドル相場は3期連続のマイナス成長とはとても思えない方向へ進んでいる。総額12.1兆円の第3次補正予算案が閣議決定され、今年度の一般会予算の規模が106.3兆円に膨れ、これが景気を梃入れするからだろうか。4,470億ドルの雇用対策法案の一括審議が上院で否決され米国経済の行方が不透明になり、欧州もギリシャを始め南欧の国債価格下落によって、金融機関の不良債権は膨らんでいる。信用不安の鎮静化に奔走しているが、名案はなく、混迷は長期化するだろう。

米国や欧州の問題になっている国はいずれも巨額の国債を発行しており、その所有者が、日本のように国内に限定されずに、多くが海外勢によって所有されている。外人に保有されていれば、通貨の交換が行われる可能性が高く、為替が変動しやすい。例えば、米財務省証券の6月末残高は9.71兆ドルだが、海外勢が4.43兆ドルを保有している。国内で最大の保有者はFRBで1.61兆ドルである。これだけ海外で保有されていることは、通常では起こらないことが、信用不安等の緊急時には起こると想定しておくべきだ。米債売りという巨額のドル売りが発生するかもしれないのである。

ユーロについては同様のことがすでに起こっているのだ。ギリシャの10年物国債の利回りは週末、25.1%と前週末比、0.32%上昇し、価格は依然値下がりしており、額面の35%の価値しかない。元本削減率をいくらにするかについて揉めているが、ギリシャ国債については今の段階でも65%はカットしなければならないのである。ポルトガルの国債価格は約半分になっているし、アイルランドは2割強、イタリアは8%減価している。

国債が売られている国の特徴として低貯蓄率(GDP比)と経常収支の赤字を挙げることができる。ギリシャの貯蓄率は2.8%(2010年)とユーロ圏平均の18.7%を大きく下回り、経常収支(GDP比)も-11.8%とユーロ圏では最悪である。ポルトガル、アイルランド、イタリアの貯蓄率はいずれもユーロ圏を下回り、経常収支は赤字である。米国も経常収支はマイナスで、貯蓄率が低いという共通項がある。他方、日本は貯蓄率がユーロ圏を大幅に上回り、経常黒字国であることが国債価格を引き上げ、延いては円を強くしている要因になっているように思う。

 超過貯蓄によって、日本の国債は国内でほぼ消化されており、国債が急激に値崩れすることはないだろう。だが、株式に目を転じると状況は一変する。2011年3月末の日本株保有比率をみると、外人が26.7%と事業法人(21.2%)、個人(20.3%)を上回りトップである。東証1部の売買代金の約7割は外人が占め、流通市場では圧倒的な支配力を有している。欧州の信用不安が根深いことから、外人も安全性、流動性志向を強め、日本株の売買を減らしている。欧州の信用問題に世界的な景気低迷が加わり、外人の日本株売買はますます細ることになるだろう。

最近頻発しているスキャンダラスな経営者の行動は、今の仕組みでは企業統治は不可能なことを証明し、カダフィや金正日のごとき人物が経営者として君臨していることが改めて思い知らされた。米倉経団連会長の発言からも暴君の性格があらわれているが、そうした経営者の体質が企業を蝕み、株式価値を低落させているのだ。原発事故を起こし国家管理下に置かれながら東証1部に「東電」を上場させ続ける東証。このような出鱈目なことさえも止められない機能不全の証券界。だから、いまだにピーク(1989年末)の22%の水準をさ迷っているのだ。まさに内部要因による株式市場の崩壊が進行しているといっても言い過ぎではないであろう。

 

欧州の国債や金融機関の格下げが相次ぎ、金融市場は不安定な状態が続いている。景気が悪化しつつある国では財政赤字は拡大するが、これに対して格付け会社は格下げに動く。国債が格下げされれば、当該国債の価格は下落し、国債保有者の資産は目減りすることになる。保有者が金融機関であれば、不良債権となり、その規模次第では経営が揺らぐことになる。金融機関に不安が広がれば、信用機能が失われ、マネーの貸し借りに支障がでてくる。そうした信用不安を反映して短期資金の金利は上昇しつつある。高い金利でなければ借りられないようになってきている。金利が高くなれば、借り入れが難しくなったり、採算が合わなくなるなど、経済に悪影響を及ぼすことになる。

 ギリシャを始め南欧各国の国債が今後、どのように推移するかはわからず、金融機関の不良資産も推し量ることができない。ECBがカバードボンドの買い入れを表明したり、EFSFの強化を画策しても、金融機関の不良資産額さえも、はっきりしないのでは不安は拭えない。さらに根っこにある南欧の経済がどうなるかについてはさらに不透明であることが、金融・信用不安を大きくしている。

 2008年のユーロ圏の財政赤字は0.6%(GDP比)であったが、金融危機によって経済が急激に悪化し、09年の財政赤字は6.3%に急増した。2010年は6.0%と高止まり、2011年には4.3%に低下する見通しだが、経済成長の鈍化によって達成は困難だ。

ユーロ圏の政府支出(GDP比)は09年には50.8%、前年比3.8ポイント上昇し、これで景気を支えたが、経済の急激な落ち込みから回復したものの、再び雲行きは怪しくなり、歳入の確保は厳しくなってきた。ユーロ圏ではGDPの約5割が政府部門で構成されているので、政府支出の経済への影響は大きく、緊縮財政を強化し、歳出の削減を図れば、経済は失速してしまうだろう。失速すれば、立て直すのは容易でなく、財政の負担はさらに重くなり、ユーロの定めた3%(財政赤字・GDP比)からは遠ざかることになってしまう。

財政規律は大事だが、かなりの幅を持たせるべきだ。経済は生き物であり、大きな波に襲われることもあり、財政赤字3%でがんじがらめにしてはならない。特に、好景気のときには民間設備投資は急増するが、後退期にはいれば激減し、その振幅はきわめて大きい。因みに、ギリシャの設備投資は昨年の前年比16.5%減(ユーロ圏は0.8%減)、今年はさらにマイナス幅が拡大する見通しであり、これで4年連続の前年割れである。そのようなとき政府支出を増やさなければ、経済は収縮することになる。萎縮した設備投資マインドを金融政策では回復させることはできない。貿易収支に変化がなく、設備投資が冷え込み、それを政府支出が補わなければ、GDPは間違いなく減少することになる。今、ユーロ経済はそのような局面にある。

 ユーロは財政赤字拡大、国債価格下落、信用不安、金利上昇、景気悪化、財政赤字拡大という悪循環に陥っている。08年の金融危機は不動産価格の下落が引き金となり欧州の金融機関を痛めつけたが、その傷が完治しないうちに、保有国債の価格下落で再び痛手を負った。いつも金融機関の信用不安が実体経済を揺さぶっている。金融部門が肥大化してしまい、実体経済を支える役割から攪乱要因へと変容してしまったからだ。日米がゼロ金利を長期間続けていることが、金融部門に直接的な利益をもたらし、肥大化に拍車をかけている。

 金融政策はインフレや景気を目標にするだけでは片手落ちだ。金融市場の資産価格の動向はとりわけ重要であり、異常な値上がりに対しては、政策金利の引き上げが必要である。 1980年代の日本の資産バブル以降、景気後退はほぼ資産価格の異常な上昇が契機になっている。しかも、タイミングのずれた必要以上の利下げが資産価格の高騰を煽ることになった。

 経済成長率が低く、実体経済で必要とされるマネーが少なくなっていけば、貸出は伸びず、資金はおのずと有価証券で運用しなければならなくなる。デリバティブのような複雑な金融商品が登場すると、全体を把握しにくくなり、統制が効かなくなる。デリバティブの最大の欠点は期間限定である点だ。ある特定のときがくれば手仕舞わなければならない。長期に保有しておくことができず、数ヵ月後には清算しなければならなくなる。デリバティブは超短期で鞘を抜くことに集中せざるを得ないというまさに博打の要素が非常に強い商品といえる。

 金融機関がそのような危ないマネーゲームに興じられるのもゼロ金利の成せる業なのだ。実体経済がこうしたデリバティブなどのマネーゲームの餌食となっている。由々しいことだ。巨大金融機関は資本主義の権化のように言われながら、破綻に直面すれば大きくて潰せないと公的資金を注入してもらい、回復すれば尊大に振舞う。儲けはすべて懐に入れ、損失は税金を当てにする。金融機関は自ら資本主義の掟を破っているのである。

同様に、欧州委員会も金融機関への資金注入一点張りではなく、不良債権で行き詰った銀行は潰すという方針を打ち出さなければならない。そうすれば、一時的には実体経済は落ち込むけれども、回復も早いはずだ。巨額の不良資産を抱えた銀行をほぼ存続させた日本のその後を一瞥するだけでも、痛んだ銀行を生かしたことの犠牲がいかに大きかったかがわかる。独仏首脳協議等で連日EFSFの機能拡充が議論されているが、資本注入などにより金融機関の自己資本を積み増し、表面を糊塗することに終始するのであれば、欧州経済は長期的な低迷から抜け出すことはできず、日本の二の舞になることを肝に銘じるべきである。 

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