トランプ大統領の対中関税引き上げ発表により、株式は押しなべて下押した。5月10日の主要株価を1週間前と比較すると、最大はハンセンの-5.1%、次が上海総合-4.5%であり、以下日経平均-4.1%、DAX-2.8%、NYダウ-2.1となっている。貿易戦争を仕掛けた米国の株式の値下がり率が、主要国のなかではもっとも低いのである。米国が対中関税を10%から25%に引き上げても、米国経済に及ぼすその影響はそれほどでもないと読んでいるのだろう。完全雇用に近く、物価も安定している米国経済にとっては、300億ドルほどの関税の上乗せは米国経済の規模からすれば、ささいな事なのかもしれない。
米国の対中関税引き上げは、株価が示すように中国や香港、日本などの経済に及ぼす影響のほうがはるかに大きいのである。トランプ大統領は、今回の対中貿易戦争は勝てると判断しているのだと思う。高関税で追い詰めていけば、輸出依存型の中国経済は生産の縮小から生産設備が過剰になり、設備投資は大幅に減速、経済は混迷するだろう。さらに従業員も余剰になり、雇用環境も悪化するはずだ。中国政府はこうした事態を放置することはできず、米国に譲歩せざるを得なくなるのではないかと。トランプ大統領は、輸出型中国経済は意外に脆いとみているように思う。
日本とて他人事ではなく、中国経済がおかしくなれば、その影響は直ちに日本に降りかかってくる。昨年の7月、8月発動の米国の第1弾、第2弾の関税措置の影響を振り返るならば、第3弾のインパクトはより大きく、日本の対中輸出を減少させるのは必至だ。
日本の輸出(季節調整値)は昨年10月をピークに低迷しているが、それは対中国輸出が冴えないからである。延いては生産のネットワークを構築しているアジア向け輸出も不振であり、回復には至っていない。そうした状態下にあるときに第3弾が発動された。今後、中国の生産は一段の減速を余儀なくされるだろう。中国との取引が網の目のように張り巡らされたアジアの生産も減産を強いられることになる。
日本の輸出(数量)は昨年11月から5ヵ月連続の前年割れであり、米国の関税引き上げの影響が現れている。第3弾の発動は中国企業をより慎重にさせ、設備投資を控えたり、中止したりする動きが顕著になるだろう。日本の輸出企業、特に、資本設備関連の企業は受注のキャンセル、延期などの事態に直面するかもしれない。
景気に敏感な工作機械受注は大きく落ち込んでいるが、特に中国からの受注減が目立つ。前年割れは昨年第2四半期から今年第1四半期まで1年続いている。月次では昨年11月、前年比-67.0%まで減少し、今年3月は-44.0%とマイナス幅は縮小しつつあるが、今回の第3弾の発動によって、中国企業の設備投資マインドが再び冷え込むことが予想され、日本の工作機械メーカーの回復を見通すことは難しくなった。
米国経済は順調に拡大しているけれども、不安材料もある。鉱工業生産の伸びは緩やかになってきており、3月の前年比は2.8%、昨年9月の5.4%に比べれば鈍化が顕著だ。製造業に限れば、前年比1.0%である。3月の日本やドイツの鉱工業生産が4.6%、2.4%それぞれ前年を下回っていることに比べれば、米国は底堅い。
2018年の米国の中国からの輸入額(財)は5,402億ドル、輸出は1,210億ドルであり、赤字額は4,192億ドルだった。5年前の2013年比で赤字額は83.1%増に拡大している。赤字額の規模では中国が突出しており、2番目はメキシコ872億ドル、3番目は日本688億ドル、4番目はドイツ686億ドルとなっている。
GDPは消費、設備投資、政府支出、純輸出の合計額である。米国はこの純輸出がマイナスであり、GDPを引き下げている。他方、日本、ドイツ、中国は純輸出がプラスとなっており、GDPを引き上げている。米国が対中輸入に高関税を課し、中国からの輸入を抑制すれば、他が変わらないとすれば、マイナスの純輸出が改善し、GDPにプラスに寄与することになる。ところが、日本をはじめ純輸出額がプラスの国では、純輸出の減少はGDPを引き下げることになる。
日本(2018年)、ドイツ(2017年)、中国(2017年)の名目GDPに占める純輸出の比率は0.2%、7.5%、2.0%とそれぞれプラスだが、米国(2018年)はマイナス3.1%だ。昨年の日本の純輸出は1.2兆円にとどまり、GDPへの寄与度は低いが、ドイツや中国の純輸出の依存度は高く、純輸出の減少はGDPを押し下げることになる。
中国経済はGDPに占める個人消費の比率が39.1%と低く、総資本形成が44.4%と経済のエンジンとなっており、輸出減に伴う生産稼働率の低下は、設備投資にブレーキを掛け、GDPにダメージを与えることになる。設備投資主導型経済は、成長率は高いけれども、そこが盲点でもあるのだ。
トランプ大統領は高関税によって、中国経済の脆弱な部分を突いているのである。弱点があるならばそこを叩いておこうというわけだ。いつまでも中国をのさばらせてはいけないという感情がトランプ大統領を支配している。生産減と設備投資の低迷は限界消費性向を引き下げ、中国経済は急減速するかもしれない。中国はいかに強気に立ち振る舞っても、経済の瓦解と引き換えにはできまい。いかに米国と政治交渉をするか、難しい判断を習近平は突きつけられている。