円ドル相場は膠着状態にある。ドルユーロ相場は8月末、1ユーロ=1.1936ドルを付け、過去4カ月で約10%上昇しているが、円は1ドル=105円から110円の狭い範囲での小動きに終始している。政策金利は日米欧のすべてでゼロであり、しかも長期的にゼロ金利を維持すると表明している。日米の長期金利差(米国―日本)は昨年末の1.93%から現状0.64%、米国―ドイツは2.1%から1.14%にいずれも縮小しており、長期金利差からは対ドルで円やユーロを押し上げるはずだ。日米長期金利差の縮小幅は米独よりも大きく、円ドル相場がより円高に向かってもおかしくないのだが、現状はユーロの上昇が優っている。
ユーロドルの長期相場は2002年以降、ユーロ高ドル安に転じてから、この基調はリーマンショック直前の2008年7月まで続き、7年間のユーロの対ドル上昇率は50%を超えた。だが、2008年7月の1ユーロ=1.59ドルをピークにユーロ安ドル高に転じ、今もユーロ安ドル高のトレンドを保っているのかもしれない。
他方、長期の円ドル相場は2002年1月の1ドル=134円を境に、円は上昇傾向を強め、約10年後の2011年10月には1ドル=75円を付けた。その後、相場は反転、2015年6月の1ドル=125円まで円安ドル高は続いた。約1年後の2016年8月には1ドル=100円へと急速に円高ドル安が進行したが、そうした反動から円安ドル高に戻ったけれども、戻りの上値は重く、2015年6月以降の基調は円高ドル安であると言ってよいだろう。
日本の貿易収支は2010年まで黒字であったが、2011年から2015年までの5年間は赤字だった。そうした赤字を為替相場は調整する働きをしたのだ。2016年の貿易収支は6年ぶりの黒字を計上することができたが、かつてのような10兆円を超えるような巨額ではなく、3.9兆円にすぎなかった。翌2017年の黒字額は2.9兆円に縮小、2018年は再び1.2兆円の赤字となり、今年も7月までの貿易収支は2.2兆円の輸入超であり、3年連続の赤字は確実である。
日米長期金利差が縮小し、FRBがゼロ金利に舵取りしても、円高ドル安がさほど進行しなのは2017年以降、貿易収支が赤字を続けているからである。ただ、貿易赤字はさほど拡大することはなく、数兆円の規模にとどまるのではないだろうか。その理由は商品相場が低水準で安定しているからだ。原油価格はバレル40ドルを下回り、CRBも昨年末値から21.2%低下しているなど、商品市況の低位安定は日本の輸入減に大きく貢献し、赤字額を減らすことになる。今年上半期(1月~6月)の輸入は前年比11.6%減少したが、原油等の鉱物性燃料が26.3%減少し、輸入減少率への寄与率50%だった。輸出は-15.4%と輸入の減少率を上回っているが、原油価格などの下落によって赤字額が押さえられている。このように貿易赤字は大幅に拡大することはなく、貿易収支が円ドル相場の変動要因になる可能性は薄れてきている。
これから年末にかけて、円ドル相場を動かすのは米株の動向である。ナスダック総合が過去最高を更新するなど異常な株高を支えているのは、トランプ大統領とFRBなのだ。先週末値を2015年末値と比較すると、ナスダック総合は2.16倍、NYダウは1.58倍に急騰している。ナスダック総合の先週末値は昨年末値比でも21.0%伸びている。これほど景気が落ち込んでいるにもかかわらず、株価が高値を更新しているのはファンダメンタルズ以外の要因が影響しているからである。
名目GDPを2020年第2四半期と2015年第4四半期とで比較するとたったの5.6%増。新型コロナで今年第2四半期のGDPが激減し、2014年第4四半期以来5年半ぶりの低水準となったからだ。実体経済の急減により、株式との乖離は過去最大に拡大している。ロバート・シラーの株価収益率(S&P500)も30倍を超えている。100年以上前に遡っても30倍超は極めて稀なケースなのである。企業業績の落ち込みが、それが予測できないなかでの最高値更新に、いかなる理由付けができるのだろうか。いざというときには、トランプ大統領とFRBが何とかしてくれるとみなが想定していることしか考えられない。つまり、今米株式は期待だけで値上がりしているのである。
トランプ大統領は株高持続でウオール街を味方に付け、再選を狙っているのだ。ウオール街が崩れれば、トランプ政権も崩壊する。トランプ大統領は11月3日の大統領選までは株高を最優先とするだろう。市場関係者もそのような腹積もりで相場の行方を判断しているのではないか。だが、選挙まで2カ月を切っていることから、これからの一段の伸びは期待薄である。9月6日発表のCBSニュースの最新の世論調査では、バイデン氏の支持率が52%とトランプ大統領よりも10ポイント高い。バイデン氏優位の状態で推移すれば、選挙を待たず、米株式は深刻な状態に陥るかもしれない。いずれにしても実体経済と掛け離れた株式は一波乱も二波乱もあるだろう。
大企業(資本金10億円以上)の営業利益が今年4-6月期、前年比46.8%も減少しても日本株は底堅い。米株が好調なことや過去最高値に比べればまだ4割も下回っていることなどが、株式を下支えしている。さらに、世界でも例のない日銀の株買いと年金資金の株式運用も強気筋を後押ししている。税制面でも優遇し、ゼロ金利と相俟って株式流通市場は超活況であり、今年7月までの東証1部の売買代金は2.85兆円(一日当たり)と昨年よりも15.1%多い。売買回転率(代金)は年率122%と2015年以来5年ぶりの活況だ。
株式は沸いているが、米株が崩れれば、日本株は一溜まりもない。米株の10兆ドル単位の価値が消滅すれば、日本株だけでなく世界中の株式や商品も一斉に売りが殺到することになるだろう。間違いなく、経済は深刻な不況に陥ることになる。すでに、政策金利はゼロに引き下げられており、出来ることは国債等の購入を増やし、今般実施した国民に金をばら撒くことくらいだ。
新型コロナも油断できないが、米株も不気味である。日本経済は米国の影響を受けやすく、株式などは瞬時に伝わる。2008年の米発金融恐慌は日本経済を痛めつけた。株式暴落と円高に日本経済は翻弄されたが、これらの教訓は活かされることはなかった。
株式は実体経済に見合う水準近辺にあれば、それほどの急落は起こらないが、社会主義経済並みの国家介入によって価格形成は歪められてしまった。だから、何らかの外部からのショックを受けると、株式は異常に反応することになる。適正な価格付けが行なわれてこなかった付けが回ってくるのだ。新型コロナに株式崩落が加わることになれば、国民の暮らしは苦しさを増すことは間違いない。これまでの道理をわきまえない様々な安倍政権の政策の矛盾が噴き出してくるのである。