不動産の投機化を強めるマイナス金利

投稿者 曽我純, 3月27日 午後8:26, 2016年

2月の消費者物価指数(総合)は前年比0.3%上昇した。生鮮食品を除けば横ばいである。3月の東京都区部消費者物価指数(総合)は前年比0.1%、生鮮食品を除くは同0.3%それぞれ下落した。2015年度の東京都区部消費者物価指数(総合)は前年比0.1%と前年度の2.6%から大幅にダウンした。食品・エネルギーを除くでも2014年度の1.9%から2015年度には0.4%に低下した。総合指数は3年連続の増加となり、2008年度までの3年連続増以来である。

2008年6月末にはCRB指数が462のピーク付けるという商品バブル期だったが、2008年度の消費者物価は1.0%増にとどまった。CRBが激しく上昇していた2006年度、2007年度でも、消費者物価はそれぞれ0.3%、0.1%と極めて安定していた。食料・エネルギーを除くは、2008年度は0.1%上昇したが、2006年度、2007年度はいずれもマイナスであった。商品市況が異常な値上がりをしても東京都区部消費者物価は安定していたのである。

先週、2016年の地価公示が公表された。全用途平均全国平均は前年比0.1%の微増だが、2008年以来8年ぶりの上昇である。東京、大阪、名古屋の3大都市圏は3年連続の上昇となり、2008年までの2年連続を上回り、1991年まで続いたバブル期以来の長期上昇となった。ただ、地方平均では-0.7%と1993年以降のマイナスから抜け出せないでいる。3大都市圏と地方の地価の格差はますます大きくなってきている。

地方は人口減により不動産需要は冷えている一方、特に、東京圏への若年層流入と経済活動の集中現象により、不動産需要が拡大しており、地価格差を引き起こしている。例えば、国勢調査によれば、2015年の千代田区、港区、中央区の人口を2010年と比較すると、23.8%、18.7%、14.9%それぞれ増大している。

東京圏への人口集中や経済の集中・集積だけでなく、極端な金融緩和策が土地取引を投機的にしている。1986年以降の異常な暴騰(1988年の東京圏住宅地68.6%増)ではないけれども、場所によっては、2桁も住宅地が上昇することは、不動産にはやはり投機的要素が相当入り込んでいるとみるべきだろう。大阪の心斎橋筋商業地の45.1%、名古屋中村区の38.4%などは東京銀座の22.9%を上回っており、人口減や経済が沈滞している大阪からは考えられない地価騰貴が起こっている。

実体経済が極めて緩慢な歩みを辿っているなかで、このように地価が異常に値上がりすることは、不動産バブルが発生していることを示している。東京圏の商業地が値上がりしているとはいえ、1991年のピークに比べれば低いが、マンション価格はバブル期を超えた。不動産経済研究所によると、2015年の全国新築マンションの平均価格は4,618万円、前年比7.2%増と1991年の4,488万円を上回り過去最高を更新。上物の値段が大幅に上昇したと推測されるが、それでも、過去最高を更新するとは異常事態である。

「家計調査」によれば、地価がピークを付けた1991年の勤労者世帯の世帯主収入(年平均1ヵ月間)は44.8万円であったが、2015年は41.3万円に減少した。地価ピークの10年前の1981年の世帯主収入は30.7万円、10年で45.9%も増加している。こうした世帯主収入の拡大が不動産の購入意欲を高めたと考えられる。

世帯主収入の拡大は1997年(48.7万円)まで続くが、1998年からは減少に転じ、2011年には41.0万円まで落ち込んだ。世帯主収入の定期収入だけを取り上げれば、1997年の38.8万円を最高に2015年は34.7万円へと低下し続けており、地価ピークの1991年以来24年ぶりの低定期収入だ。

このように世帯主収入が右肩下がりになっているときに、不動産価格が上昇し、それを購入することは、なにかの支出を犠牲にして成り立つのだと思う。食料、被服、娯楽などの支出減が目につくが、こうした支出を抑え、住宅購入費に回す。当然、支出削減のモノやサービスの値段は下落することになる。

3年連続の3大都市圏の地価上昇は、2013年3月に就任した黒田日銀総裁の大規模国債購入政策の影響が大きい。2013年2月末の10年物国債利回りは0.665%であったが、低下し続け、現在ではマイナスになってしまった。10年物国債を購入しても売ったほうに利息を払わなければならないのだ。国債の運用では収入はマイナスとなり、すこしでも値上がり期待のできる投資物件へとマネーは向かっている。いまのところ上昇期待の強い東京圏の不動産などは、もっとも注目を浴びている投資対象なのだ。国債利回りのマイナスが長期化することになれば、値上がりしそうな不動産にますます投機資金がなだれ込むかもしれない。

日銀の金融政策は株式や土地といった資産価格を引き上げたけれども、消費者物価を引き上げることはできなかった。株式や土地は投機対象になりやすいが、消費者物価指数を構成する商品やサービスは投機対象にならないからだ。

日銀が目を光らさなければならないのは、株式や不動産といった資産価格である。消費者物価を構成する無限の商品やサービスをコントロールすることなどできない。制御可能なのは金利に敏感な資産価格なのである。金利が1%上昇したからといって、豚肉やキャベツを買わないといったことは起こらないが、株式や不動産はただちに売りが圧倒的になり、株価や地価は下落するだろう。

株式や不動産の現在価値は将来の期待収益を長期金利で割り引くことによって求めることができるからだ。期待収益が変わらず、長期金利がマイナス金利からたとえば1%に上昇すると、現在価値は減価することになる。金融政策の変更は一般商品にはたいした影響をおよぼさないが、資産価格には効果覿面なのである。

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