バイデン大統領を誕生させた新型コロナ

投稿者 曽我純, 11月9日 午前9:13, 2020年

投開票から4日後の7日、ようやくバイデン氏が次期米大統領に決まり、トランプ政治に幕を下ろした。米国第一を掲げ、やみくもに自国の利益だけを追求する政治から世界全体に目を注ぐ政治に舵を切ってもらいたい。政治や経済の広い分野で米国の影響力は依然大きく、米国の振る舞いによって、世界の姿も変わってくるからだ。米国はナショナリズムからインターナショナリズムにシフトし、民主主義を深め、戦争などの争いを無くすことに力を注ぐべきである。

バイデン氏が勝利できたのは新型コロナにより、経済が急降下し、失業率が跳ね上がったからだ。低下したとはいえ、10月は6.9%と高水準であり、高失業率のときは現職が負けるケースが多い。新型コロナの発生がなく、経済と雇用がこれほど悪くなかったならば、トランプ大統領が2期目も継続していたであろう。新型コロナの人間界への出現がバイデン大統領を誕生させたことは間違いない。成功するには運根鈍が重要だが、バイデン氏は特に運に恵まれていた。バイデン大統領誕生は、新型コロナからの米国民への贈り物とも言える。

トランプ大統領は法を蔑ろにし、民主主義を危うくしてきたが、こうした悪い芽を摘み取り、民主主義という王道をより強固なものにすべきである。トランプ大統領の傲慢で身勝手な体質や政治姿勢は習近平国家主席、プーチン大統領に近い独裁志向を目指しているようであった。日本の安倍前首相も彼らの考えに近く、多くの国で非民主主義勢力が跋扈し、台頭してきた。今後、さらに4年間もトランプ大統領が政権を担うことになれば、非民主主義勢力はさらに勢いを増すことになっていただろう。幸い、バイデン政権が誕生することから、この悪い方向は修正されるのではないだろうか。

それにしても米国の政治勢力の分断がはっきりしていることを思い知らされた。海岸沿いと内陸、北と南という地理的な区分けが昔と変わらずに続いているということを。気候とか風土といった条件が人間の記憶の奥深いところを形成しているようにも思う。経済的に豊かになってきているが、その土地の持つ特有の力が、人間の思考形成に大きく影響しているように思える。

さらに白人、黒人、ヒスパニックと人種もさまざまだし、それによって生活習慣も違うだろう。こうした色々な人が複雑に混じり合っている社会をまとめ上げることの難しさは、日本では想像もできない。民主的とは、そうした33,055万人(世界人口の4.3%)の思いを汲み取り、異なる考えを、長い議論のすえに統合するという果てしない作業を繰り返すことなのである。民主主義を貫くには長いプロセスを必要とし、短兵急では事を仕損じることになる。

広大な米国で繰り広げられた大統領選挙は国民の思いをぶつけ、表す場である。4年に一度の米国で最大の行事なのだ。米大統領選は予備選挙から長い選挙期間を走り続ける過酷なレースである。国民もそれに参加しながら盛り上がっていく。そうした身近なところでさまざまな演出を凝らしていることが投票率を引き上げているのだろう。

11月7日のバイデン氏勝利後の第一声で「この不愉快な悪魔化の時代を直ちに終わらせましょう」「今は癒すときだ」「我々の成すべきことは、良識の力や公平の力……をまとめあげることだ」と。カマラ・ハリス次期副大統領も「希望、団結、品位、科学と真実」を訴えている。トランプ大統領が広めた米国社会の分断を修復することが、当面のバイデン氏の取り組むべき最大の課題である。トランプ大統領に粗末に扱われた良識、公平性、品位、真実などの尊さを再認識させる困難な仕事が控えている。

翻って、9月の日本の首相選出は情けないくらい杜撰である。選挙に注ぎ込むエネルギーが何桁も違う。首相選出は子どもだましだ。自民党の有力者が公の席ではなく私的会合のような数回の集まりで、あっけなく決めてしまう。自民党での激しい選挙戦などまったくなく、筋書き通りで決める。肝心なことは、その時の自民党の権力者の目に掛かるかどうかなのだ。もちろん、今回は安倍前首相も加わっていたのだろう。強引に幕引きをはかった古傷をあぶり出されないような政権をつくることが、最大の関心事だったからだ。

 

円ドル相場は103円台に上昇した。2016年11月以来4年ぶりの円高である。ドルは円だけでなく主要通貨に対しても安くなっている。ドル安だが、NYダウは大幅に反発し、昨年末に近づいてきた。S&P500は昨年末より8.6%高く、ナスダック総合にいたっては32.6%も上回っている。米株が大きく上昇した割には、商品市況の伸びはそれほどでもない。

米株高を受けて、世界の株式も買われたが、そうした流れに乗って、日経平均株価も上伸し、1991年11月以来29年ぶりの高値で引けた。それでも過去最高値を37.5%も下回っており、欧米の株式に比べれば割安と捉えられているのだろう。

10月の米雇用統計によれば、非農業部門雇用者数は前月比63.8万人と前月よりも3.4万人減少した。失業率は6.9%と前月よりも1ポイント低下し、4月の14.7%をピークに6カ月連続の低下だ。1948年以降の失業率をみても、6.9%は依然高く、さらなる低下が必要である。

バイデン氏当選後の為替や株式はどうなるだろう。大統領選により人の動きが活発になったことから、米国では新型コロナ感染者数が過去最多を更新しており、再び、経済が悪化するかもしれない。そのような事態に直面しながら、米株は伸びている。新型コロナよりもバイデン大統領の経済政策に期待しているのだろうか。

米株高基調は変わらないのだろうか。トランプ大統領はウオール街そのものといった人物だが、バイデン氏はそうではないだろう。トランプ氏ほどウオール街に熱を入れる政治家は少ないはずだ。ウオール街への熱意が弱くなれば、おそらくそうしたセンチメントが株式に映されることになる。

5日、政策金利を据え置き、景気回復支援に向けあらゆる手段を尽くすとのFOMCの声明が株高、ドル安にした。だが、FRBの金融政策や社会への表明が株高とドル安を継続させるかどうかは疑問だ。先週末までにFOMCの内容は市場に織り込まれてしまい、今週からは感染最多を更新している新型コロナに目を向けざるを得ないのではないか。高水準にある米株は調整を余儀なくされ、ドルはさらに売られることになるかもしれない。円高ドル安の進行が止まらず、100円割れの事態となれば、当然、日本株も売りが優勢になるだろう。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数