バイデン大統領はいかに格差に切り込むのか

投稿者 曽我純, 1月25日 午前8:59, 2021年

20日、バイデン元米副大統領が第46代大統領に就任した。就任演説で「民主主義の大義の勝利を祝福します」、「現在の私たち以上に能力が試され、困難に見舞われた時代は、これまでの米国の歴史でもほとんどなかったでしょう」、「これらの課題を克服し、米国の魂を回復させ、未来を確かなものにするには、言葉以上のものが必要です。……結束。結束なのです」、「分断ではなく結束、暗闇ではなく光明の物語を書きつづります」と表明した。

いかに「分断ではなく結束」の物語を実現させるのか、困難な道を歩むことになるだろう。「意見の違いがあるのなら、それでいいのです。それが民主主義です。……平和的に異議を唱える権利は、おそらくこの国の最も偉大な強みです。ただ、しっかり聞いてください」と。民主主義の原点に戻って、ゆっくり、しかも着実に課題の克服に励む以外に、民主主義を貫くことはできないのだと言う。

米国社会を分断した原因として経済格差を挙げることができる。所得格差、資産格差が大きくなればなるほど不満、妬み、怒り、恨みなどの気持ちが昂る。こうした感情がさらに激化すれば「過激、無法、暴力」となって社会を分断することになる。歴史を振り返ってみても、貧困層の拡大は、社会の安定を損なう要因であったことは否定できない。

『World Inequality Database』によれば、2019年の米国の所得・資産格差は1930年代、1940年代に遡らなければ見られない歴史的な出来事なのである。所得上位1%が総所得の18.7%を所有しており、1976年の10.2%から8.5ポイントも上昇、1943年以来の所得格差なのである。一方、下位50%は総所得の13.5%しか所有できず、トップ1%を5.2ポイント下回っている。1969年には21.4%を所有していたが、低下し続け、大恐慌後の1934年以来の酷い格差下にある。

資産についても、上位1%の所有率は1978年の21.5%を底に上昇し続け、2015年には36.0%、2019年は幾分低下し、34.9%だが、1941年以来78年ぶりである。いずれにしても米国の所得・資産格差は1980年前後を境に著しく拡大し、第2次大戦以前の大格差社会に戻ってきているのである。

なぜこのように所得・資産格差が拡大したのか。最大に要因はFRBの金融政策だと指摘できる。原油価格の高騰によりインフレか高じ、それに伴い政策金利を引き上げ、1981年にはFFレートは14.0%を付けた。その後、インフレが終息したため、FFレートは引き下げられ、それにつれて、国債利回りも低下していった。国債利回りの低下は資産の現在価値を引き上げることから、株式は右肩上がりとなり、今に至っているのだ。

所得・資産格差は政策金利の上昇の過程で縮小し、政策金利が低下するにつれて、拡大することがはっきり表れている。また、政策金利の上昇は株式価値を低下させ、政策金利の低下は株式価値を引き上げる。株式価値が低下するときには所得・資産格差は縮小し、株式価値が増価するときには拡大している。

しかも1940年から1980年までと1980年から2019年までの実質経済成長率(年率)を比較すると1980年までの8.7%に対して、2019年までは5.3%と3.4ポイント低下している。実質成長率が大幅に低下しているなかでの格差拡大は、高成長のときよりも格差拡大をより強く感じるのではないだろうか。

所得・資産格差は政策金利だけでなく、所得税や法人税などの税制も大いに関係している。米国民所得統計によると、1947年と2019年の72年間の比較で国民所得は83.53倍に増加しているが、企業税は26.67倍に抑えられ、その結果、税引き後利益と配当は150.14倍、212.63倍にそれぞれ急増している。なお、個人税は111.25倍と国民所得を上回る負担となっている。

1947年と1980年の比較では、国民所得の11.06倍に対して、企業税は6.74倍にとどまり、1980年と2019年の比較では、国民所得は7.55倍だが、企業税は3.95倍と引き続き減額されており、税引き後利益と配当は13.18倍、17.95倍へと大幅に増加している。

法人税の引き下げが企業利益を押し上げ、国民所得に占める税引き後利益の割合は1980年の6.1%から2019年には10.7%へと上昇している。配当・税引き後利益比率は2019年、69.7%と20年前の1999年(61.4%)に比べれば8.3ポイント、1980年(51.2%)比では18.5ポイントもの上昇だ。2019年の配当は1.36兆ドル、2015から2019年までの5年間の累計配当は6.37兆ドル、2010年から2014年までの5年間の累計配当(4.44兆ドル)よりも43.5%も多いのである。しかも配当課税は連邦税で最高20%プラス州・地方政府税であり、20%が適用されるのは434,550ドル超の部分なのだ。

『法人企業統計』によれば、2019年度の日本の配当は24.4兆円である。2019年の米配当は140兆円(1ドル=103円で換算)と日本の5.7倍である。桁違いの配当が米富裕層の懐を間違いなくより豊かにしているのだ。ゼロ金利で預金には利息が付かないので株式の魅力は抑えがたい。日本の預金金利ゼロは長期におよび、配当目当ての株式買いは少なくないのではないか。2019年までの過去5年間の累計配当は115.9兆円、これの20%を収めれば残りの80%は我が物になる。株式譲渡益課税も日本は20%で米国は最高20%プラス州・地方政府税と所得税に比べれば軽いのだ。

米国の所得税の最高税率は37%(地方税等を含むは約49.7%)だが、1981年以前は70%であった。日本の個人所得税も1986年の最高税率は88%(地方税含む)だったが、いまでは55%である。米所得税の最高税率の引き下げが所得格差を拡大し、富める者と貧しい者の差を大きくしたのである。いつの時代も貧富が甚だしく開いたときには社会は安定性を失う。食えない者は切迫した状態に陥っているので過激な行動に走りがちである。そこまで貧しき人を追い込んではいけないのである。

米国ではさまざまな格差拡大の結果、トランプ前大統領が選ばれたのだろう。既存の政治では何も変えることはできないと失望している人たちの支持を得たのだ。昨年の大統領選でも7,421万票も獲得したことは、米国社会には、依然不満が充満していることを示している。

バイデン大統領の理念は正しい、だが、この理念を実現するためにはさまざまな格差の是正が不可欠である。バイデン大統領はこれにどのように切り込んでいくのか。政府は、富裕層優遇の個人所得税、株式譲渡益・配当課税等の格差拡大税制をいかに変えていくのか、言うは易く行うは難しである。

 

注:バイデン大統領就任演説は朝日新聞(2021年1月22日)から引用した。一部は筆者が加筆等しました。

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