22日、政府・日銀が円買いドル売り介入したことによって、急速に進んでいた円安ドル高は、いったんは止まったが、長続きはしないだろう。投機の矛先は円から今度はポンドに向かった。23日の一日でポンドは3.6%も急落し、1985年以来37年ぶりのポンド安ドル高となった。22日、イングランド銀行(BOE)はインフレを抑えるために、政策金利を1.75%から2.25%へと50bp引き上げたが、23日、クワーテング英財務相は国債の大幅増発と所得税の最高税率の引き下げ、法人税率引き上げの凍結といったインフレを促すような計画を発表。こうしたインフレに対してちぐはぐな政策内容を突くかのように、投機筋はポンド売りを仕掛けた。1992年9月のポンド危機を彷彿させる。
5月~7月の英失業率は3.6%と1973年以来49年ぶりに低く、消費者物価は8月8.6%と前月よりも0.2ポイント低下したものの依然高水準にあり、インフレを助長する政策は採れないはずだ。インフレを止めるのであれば、金利は引き上げ、緊縮財政を取らなければならない。だが、英GDPは昨年第4四半期の前期比1.3%から今年第1四半期0.8%、第2四半期-0.1%へと減速、第3四半期がマイナスになれば景気後退ということになる。景気が減速しながらインフレは高止まりするという厄介な経済状態に直面しているのだ。
7月の英雇用者数は2965万人と拡大を続けている。新型コロナ前のピーク(2020年2月、2900万人)から同年11月には2808万人に減少したが、2021年9月には過去のピークを上回り、その後も雇用は拡大、ほぼ完全雇用下にある。雇用の逼迫から、賃金(中央値)は7月、前年比7.0%伸びている。賃金は伸びてはいるがインフレ率よりは低く、労働者の生活は苦しくなってきている。だから、政府は財政拡張政策に乗り出そうとしているのだが、ポンド安が進行すれば、輸入物価の値上がりによって、インフレがさらに激しくなることも予想される。英国はインフレ抑制か景気重視かの二者択一を迫られる事態に陥っている。投機筋がさらにポンド売り攻勢を仕掛け、ポンド続落が止まらなければ、BOEは一段の利上げを余儀なくされるかもしれない。3%への政策金利の引き上げは時間の問題かも。
昨年末から対ドルで円は24.5%下落しており、他通貨に比べれば売られすぎであり、反発の可能性もあり、円売りのリスクは高まっている。ポンドは19.8%、ユーロは14.8%といずれも前年末を下回っているが、円ほど売られておらず、ポンドやユーロに投機の対象は変わるかもしれない。
9月の独PMIは45.9と前月比1ポイント低下し、ユーロ圏に比べて2.3ポイント低く、また同月のZEW景況感指数は-61.9へと落ち込み、2008年10月以来14年ぶりのマイナス幅だ。独第2四半期のGDPは前期比0.1%とほぼ横ばいとなったが、第3四半期はPMIの動向などから判断すれば、前期比マイナスになるだろう。7月の独失業率は2.7%と完全雇用下にあり、エネルギーの高騰などから、インフレは8月、前年比8.8%と前月を上回った。ドイツもインフレと景気後退懸念という板挟みで喘いでいる。ユーロ圏経済の盟主がこれほど悪化し、政治的にもユーロ圏が混迷しつつある状況から判断すれば、ユーロの地位も危ういのではないか。
ユーロ圏は19カ国で構成されているが、失業率やインフレは国によって異なる。失業率はドイツ2.7%、イタリア9.2%、ギリシャ13.8%と大きな差がみられる。インフレはドイツ8.8%、イタリア9.1%、ギリシャ11.2%と失業率に比べれば違いは小さい。こうした経済状態に格差があるにもかかわらず、金融政策はECBに委ねられており、同じ政策金利がすべての加盟国に適用されるのだ。これだけの経済格差がありながら、加盟国は同じ政策金利で経済を運営しなければならないという大きな矛盾を抱えている。完全雇用状態にあるドイツと片や高失業国のギリシャに同じ1.25%を適用するのは明らかに間違っ政策である。
市場で決まる10年債利回りは、先週末、ドイツの2.02%に対してイタリア4.32%、ギリシャ4.55%とそれぞれドイツとは2%pを超える利回り格差が発生している。普通に考えれば、ドイツはインフレを抑え込むために、さらなる利上げを望むところだろう。一方、インフレが激しいだけでなく、失業率もかなり高いイタリアやギリシャにとっては、利上げは致命的だ。投機筋はこうした矛盾点に着目して、ユーロやイタリア、ギリシャ債売りを仕掛けるかもしれない。
過去1カ月でドイツ10年債利回りは99bp上昇し、イタリア69bpやギリシャ62bpの上昇幅を上回った。それだけドイツ経済への信頼が、揺らいできていることを表わしているのかもしれない。エネルギー供給不足がドイツ経済全体をじわじわ締め付けているようだ。
イギリスの10年債利回りは22日までは米国を下回っていたが、ポンド急落の23日、33bpも突如上昇し、米国債の利回りを14bp上回った。積極財政政策計画の表明によって、インフレはさらに加速し、政策金利も引き上げられるとの見通しから、ポンド、債券、株式のトリプル安となった。
23日、NYダウは年初来安値を更新し、昨年末からの下落率は18.6%に達した。ナスダック総合は30.5%も落ち込んでおり、下げ止まる気配はみえない。22日のFOMC公開資料によれば、今年末のFFレートは4.1%~4.4%と予測されている。11月と12月の2回のFOMCで計1.25%の利上げを行なう計画だ。10年債利回りも政策金利の水準程度までは上昇するのではないだろうか。今、S&P500の配当利回りは1.6%程度である。23日現在、米10年債利回りは3.68%とすでに株式配当利回りを2%p超上回っており、株式よりも債券が選好される状態にある。米債券利回りがさらに上昇すると予測するのであれば、当面、流動性を確保しておきたいはずだ。債券価格が底だと思われるところで、流動性を手放し、債券を購入することが賢明な投資になるからだ。債券利回りの上昇につれて米株式の魅力はますます失われていくことになる。
米株式は実体経済にくらべるとまだ高く、GDPの2倍以上の株式価額を維持している。FRBによれば、6月末の米株式価額は63.2兆ドル、ピークの2021年末の80兆ドルから半年で16.7兆ドルが消滅した。今年第2四半期の米名目GDP(24.8兆ドル)に比較しても株式価額の減少規模がいかに大きいかがわかる。これだけの株式価額の急激な減少にもかかわらず、第2四半期の名目GDPは前年比9.4%増、実質でも1.7%のプラスなのである。
日本のTOPIXは昨年末比を3.8%下回っているだけであり、欧米の株式下落率よりも小幅である。プライム全銘柄の予想配当利回りは2.39%と国内債券利回りを大幅に上回り、予想PERも13.4倍と決して割高ではない。さらに、これまでの円ドル相場と株価の推移をみれば、円安ドル高局面では日本株は値上がりし、円高ドル安のときには値下がりする傾向が見て取れる。日本の大企業製造業の業績は輸出に大きく依存しており、円安ドル高は収益を大幅に伸ばすことがわかっているからだ。今年4-6月期の大企業(『法人企業統計』、資本金10億円以上)の経常利益は前年比23.2%も伸びている。7-9月期はさらに円安ドル高が進行しており、経常利益拡大は持続するだろう。そうであれば、日本株は底堅いはずだ。