休刊していた過去1ヵ月半、円ドル相場は平穏な動きだった。穏やかな円ドル相場を反映して日本株も大きな変化はなかった。一方、貿易戦争という不安要因を抱えながらも、米株は過去最高値を更新した。市場参加者は、「トランプ大統領は貿易戦争に勝つ」に賭けているのだろうか。米国経済は依然、良好な状態にあるが、日本やユーロの経済の伸びは明らかに鈍化しており、貿易戦争を仕掛けるのは今がチャンスと捉えているようにも思う。中国は強気だが、経済が少しでも悪化すれば、政治不安が一気に噴出し、白旗を揚げざるを得ないと判断しているのだろう。トランプ大統領は中国など端から問題にしていないのかもしれない。
8月、外人は日本株を4,889億円売り越し、今年の累計では3兆7,505億円の売超だ。昨年は7,914億円の買超だったが、今年はすでに2016年(3兆6,220億円の売超)を上回っている。外人がこれだけ売ると日銀と公的年金さらには事業法人が買いに回っても、せいぜい株価を支える程度の力しかない。なにしろ東証1部の売買代金の7割超を外人が占めているのだから株価が頭打ちになるのは当然のことなのだ。
だが、いまは日銀や公的資金で下支えできているが、これがいつまでも続けられるわけではない。過去に公的資金が何度か株式市場に投入されたけれども、いずれの場合も、株価を支えることさえできなかった。事態が悪化すれば、売りが圧倒的な規模に膨らみ、とても買い支えるなどということはできないのである。急落のときには、気配値だけがどんどん下がり、実際の商いはなかなか成立しないことになる。売れたときは買値の半値以下になっていたということも珍しいことではない。株式市場は完全競争とは程遠い市場なのである。
米株式は過去最高値近くにあり、S&P500の株価収益率は30倍超(Robert Shiller)という歴史的な高水準にあり、いつ米株は急落してもおかしくない状態にある。米株が暴落すれば、日本株など吹き飛んでしまうだろう。S&P500の時価総額は2,865兆円(1ドル=111円)と東証1部時価総額(651兆円)の4.4倍だ(名目GDPも米国は日本の4.1倍)。米株の暴落は日本にとどまらず世界に伝播し、世界経済は極めて重苦しい雰囲気に包まれるだろう。
今のところ、米国経済は順調である。8月の非農業部門雇用者は前月比20.1万人増加し、失業率も3.9%である。物価もPCEコアは7月、前年比2.0%と落ち着いている。7月の消費者物価指数コアは前年比2.4%と1月の1.8%から上昇しており、拡大している雇用などを考慮すれば、FRBは小刻みな利上げを継続するだろう。
4-6月期の米実質GDPは前年比2.9%と伸び率は5四半期連続で高くなり、2015年4-6月期以来3年ぶりの高い上昇率だ。トランプ氏が大統領に就任してから米国経済は拡大し続けているのである。しかも物価PCEコアは2.0%以下にとどまり続け、失業率は就任した2017年1月の4.8%から今年8月には3.9%へと低下している。米国民は経済についてかなり満足しているはずだ。トランプ大統領はついている。
日本の4-6月期の実質GDPは前年比1.0%と米国の約3分の1、名目では米国の5.4%に対して日本は1.1%と成長格差は広がる。ユーロ圏の実質GDPは4-6月期、前年比2.1%と低下気味で、米国を下回る。ユーロ圏の物価コアは8月、前年比1.2%だが、7月の失業率はまだ8.2%と高く、物価上昇率と失業率の合計であるユーロ圏の悲惨度指数は9.4%となり米国の6.3よりも高い。日本の悲惨度指数は2.8%と一番低いけれども、人口減と高齢少子化の進行により、経済の活力が削がれているからであり、低いからといって評価されるわけではない。
米国経済の力はユーロや日本を上回っており、そのことがトランプ大統領を高慢、強気にさせているのかもしれない。だが、そうした好調な経済のなかに、往々にして経済的矛盾の芽が潜んでいるのである。長期のゼロ金利と極めて緩やかな利上げによって株式・債券市場は舞い上がっている。名目5.4%も成長していながら、米10年債利回りは3%未満である。利回りが成長率よりも低いことが、金融経済を肥大化させ、バブルを引き起こしているのだ。FRBのへっぴり腰の金融政策が米国経済を歪にしたのである。
トランプ大統領の癇癪は治まりそうにない。矛先は中国だけでなく日本やドイツにも向かっている。トランプ大統領は貿易赤字削減に為替を利用するかもしれない。あからさまに円高ドル安に言及することも考えられる。
国を預かる大統領が自国のことを優先するのは当然のことだが、自国第1主義だけを振り回すことは避けなければならない。そのような子供じみた行動を採れば、結局は自分で自分の首を絞めることになるからだ。
国対国で貿易を均衡させることなどとてもできないことである。人口、国土、風土、宗教、嗜好、習慣等すべてが違うため必要とするものや生産物もおおいに異なる。ものやサービスが多国間で取引されることによって、不均衡はある程度解消されるだろう。だが、一国の不均衡が完全に解消されることはない。経済発展の段階が国によってそれぞれ違うので、中国がいつまでも巨額の黒字を計上できるわけではない。いずれ、中国に代わる新たな国が登場してくるのだと思う。
自動車を取り上げてみよう。米国が関税を引き上げ、値段が高くなれば、輸入車は売れなくなるだろう。米国の自動車販売会社は不振に陥り、雇用を削減するかもしれない。日本からの輸出車であれば、日本のメーカーは生産を縮小し、雇用や設備投資に慎重になるはずだ。高くなった日本車を購入した米国人は、他の支出を減らすかもしれない。高関税によって、国内需要への悪影響もでてくることになる。
なによりも、世界のものやサービスの巨大な流れが、うまく流れなくなることが怖い。世界貿易は人体の血管のようなものだ。片時も流れが途絶えることがないようにしなければならない。高関税は流量を減少させることになる。当然、世界経済にはいろいろな症状があらわれてくるだろう。
2017年の米国の純輸出は5,784億ドルの赤字だ。2016年よりも赤字額は11.1%増加したが、ピーク(2006年)の7,709億ドルに比べれば25%も少ないし、対GDP比では2017年の3.0%に対して2006年は5.6%であった。現状がどうにも我慢ならないほどの赤字ではないのだ。
米ドルは貿易をする上で欠かせない通貨である。ドルがなければ世界貿易が成り立たないといってもよい。それほど重要な通貨が不足することになれば、世界貿易に支障がでるのは必至。2010年~2017年の世界貿易は年率約3%で伸びた。2017年の世界の輸出額は17.19兆ドル、これの3%は約5千億ドル、つまり年当たり、これに近い米ドルが散布(供給)される必要があるということだ。米国の貿易が黒字になり世界からドルを吸収する事態になれば、世界貿易の決済は機能しにくくなる。いまだに流動性のジレンマは活きているのである。
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