トランプ大統領に同調するFRB

投稿者 曽我純, 5月6日 午前9:07, 2019年

5月1日、FRBはFOMCの声明で政策金利の2.25%~2.50%への据え置きを発表した。これで政策金利は3回連続の据え置きである。今回の声明でも「委員会は忍耐強くなるだろう」との文言を踏襲しており、現状を我慢強く見守る姿勢を貫いている。トランプ大統領にペンス副大統領も加わった利下げ要請への配慮が窺える。

4月の米雇用統計によれば、失業率は3.6%と1969年12月以来、実に49年4ヵ月ぶりである。これほど低い失業率であれば政策金利はすでに相当高い水準に引き上げられていても不思議ではない。それがいまだ2.25%という名目GDP(前年比5.1%)の半分にも満たない低水準に抑えられているのだ。

「雇用の最大化と物価の安定」がFRBの目標だが、米国経済はこの目標を達成しているといって構わないと思う。49年ぶりの低失業率になっても、物価は上がるどころか最近では、上昇率は低下しつつある。非農業部門雇用者は4月、前月比26.3万人と2ヵ月連続で増加しており、労働環境の改善は続いている。だが、労働需給の逼迫に伴う賃金の上昇、さらには物価への波及へといった現象は起こっていない。

4月の賃金は前年比3.2%と前月と同じ伸び率であり、PCE物価指数コアは3月、前年比1.6%と3ヵ月連続して鈍化し、FRBの目標を0.3ポイント下回っている。今年第1四半期の個人所得税は前年比3.6%と昨年に比べれば大幅に上昇、その結果、可処分所得は前年比4.2%に低下した。第2四半期以降もこうした個人所得税増と可処分所得の伸び率鈍化は続き、政策的配慮がなにもなければ、米国経済の主力エンジンは不調になるはずだ。

個人消費が低迷すれば、その影響は株式に波及することは不可避である。来年の大統領選挙を控え、トランプ大統領はなにがなんでも株式の値上がり状態を維持したいのだ。トランプ大統領は活況を続ける株式だけが頼りなのである。雇用が拡大し失業率が改善することはもちろん大事だが、株式こそが最大の関心事なのである。なぜか。株式が経済を反映しているかどうかよりも、株式は大衆が分かりやすいからである。株価が上がっていれば経済が良く、下がっていれば悪いとみなされる。単純で誰にでも理解できる指標として最高なのである。言わば、株式はその時の人気を表しているともいえる。失業率や物価上昇率が低く、株式も好調となれば、大統領選挙など怖くはないのだ。

今大統領選挙があれば、良くないことだが、トランプ大統領が再選されるだろう。ただ、大統領選挙は来年であり、1年以上先である。その間、株式になにが起こるか、だれも分からない。株高が持続していれば、トランプ大統領の再選は濃厚だが、株式が深刻な下落プロセスに陥れば、再選は難しくなる。

トランプ大統領はビジネスマンだから、そのことは誰よりもよくわかっているのだと思う。トランプ大統領にとっては、株高はキーワードなのである。なんとしても来年の選挙までは株高を維持しなければならないとの思いが強い。

そのためには昨年12月までの利上げによって動揺した二の舞は是非とも避けたい。利上げなどもってのほかだ。今度は利下げする番だとFRBに迫る。FOMCの声明やパウエル議長の発言に基づけば、利上げはしない。利下げを今年のある段階で実施するだろう。経済指標が冴えない見通しを抱かせ、それに株式が反応するような事態になれば躊躇なく利下げを実行し、株高基調に戻すように計らうだろう。

もし、FRBがトランプ大統領の考えを忖度し、このような計らいを実施すれば、いまも歪んでいる株式をさらに歪めることになる。糸が切れた風船のように、実体経済から乖離してしまった株式はどこに行くのだろうか。おそらく破裂してしまって、多くの価値を喪失することになるだろう。

現状、50兆ドルの米株式が10兆ドルや20兆ドル吹き飛ぶことは起こり得ることである。分かりやすいだけに、株式の崩落は大衆を極度な不安な状態に陥れる。

大衆に影響を及ぼすことが、個人消費を委縮させ、経済を深刻化させるのである。株高の効果はほとんど消費に現れていないが、株安の影響は大きくなるはずだ。米株式保有は一部の富裕層に偏っており、株高だといって、消費を増やすような人ではないからだ。富裕層は、消費などは満ち足りすぎているのである。

FRBはこれまでゼロ金利政策等で所得や資産の格差拡大をもたらしてきた。FRBだけでなく金融機関も低資金コストを武器に富裕層を囲い込み、彼らの資産形成に貢献してきており、大衆との所得・資産格差を拡大させてきた。

こうした格差拡大が皮肉にも、個人消費支出を抑制し、物価の安定を遂げている。国民所得に占める報酬は2018年、61.9%、1980年には67.1%であった。一方、国民所得に占める税引き利益は2018年、11.6%、1980年は6.1%である。報酬の分け前が低下し、利益の拡大がはっきりと表れている。

家計軽視、企業重視、富裕層厚遇の政策はなにも米国だけでなく日本もそうである。政府と中央銀行が、所得税の累進性の緩和、ゼロ金利の長期化等の政策により、個人消費支出が伸びない原因を作り出しているのだ。政府と中央銀行はなぜ個人消費支出が伸びないのか首をかしげるけれども、彼らがその原因を生み出している張本人なのである。

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