トランプ大統領と株式

投稿者 曽我純, 12月23日 午前8:34, 2019年

18日、米下院本会議はトランプ大統領の弾劾訴追決議案を可決した。同日、トランプ大統領はミシガン州で2時間ものとりとめのない演説でがなりたて、50回もツイートしたというではないか。SNS依存症といえるが、全体的に正常な域からはみでていると言わざるを得ない。上院は共和党が押さえているため罷免されることはないが、トランプ大統領は精神的に打撃を受けているようだ。可決されたことで怒り狂ってしまったという状態ではないか。こうした精神状態の大統領が、大統領としてその地位に留まることの事態の深刻さに危惧の念を抱く。

大統領の弾劾訴追案が可決されても米株式はなお過去最高値を更新した。トランプ氏の大統領としての資質に疑念が生じてもまったく意に介さないのである。トランプ大統領の株式至上主義を称え、トランプ大統領に追随していくことがベストだと考えているからだ。株価が上がれば上がるほどトランプ大統領の支持率は上昇するし、株式関係者の懐も潤うからである。トランプ大統領の頭にはバブルという言葉はないのだ。株価はいくら上がってもよいし、また上がるべきだと思っているのだろう。

トランプ大統領と株式は持ちつ持たれつの関係にある。トランプ大統領の支持率拡大は株価を上げ、株価の上昇によって、トランプ大統領の支持率はさらに上がるのだ。株価が下落すれば、トランプ大統領の人気は落ち力も弱まり、そうなれば、株価もより軟化することになる。つまり、両者は一蓮托生の関係にあると言ってもよい。

今年、トランプ大統領はFRBに3回の利下げを押し付け、政策金利は計0.75%も下がった。それによって、3%を超えていた10年債利回りは1%台に低下し、3ヵ月物の短期金利並みとなった。トランプ大統領が対中貿易戦争で蒔いた経済的不安をFRBが尻拭いしたというわけだ。7-9月期のGDPでさえ前年比3.8%も成長していながら、10年債利回りは2%を下回っている。10年債利回りが2%以下のときは過去100年以上遡ってもみることのできない稀な超低水準なのである。それが2011年以降、しばしば実現しており、いまでは普通のことのように捉えられている。実体経済と金融経済が大きく乖離した状態も常態化しているといえる。

本来、実物経済の期待収益率が資金コストよりも高ければ、資金需要の拡大によって、資金コストは上昇するはずだ。だが、FRBの政策金利の設定が非常に低いため、資金コストは上がりにくくなっている。さらに、企業の自己資本は厚く、借入意欲は低いといった事情もある。FRBの長期予測でもFFレートは2.4%~2.8%と想定されており、こうしたFRBの低金利姿勢が10年債利回りにも効いているのだ。

今年9月末の米非金融法人のバランスシートをみると、総資産は45.0兆ドル、前年比3.3兆ドル増加し、そのうち金融資産は19.8兆ドル、増加額は1.4兆ドルと日本円では152兆円となる。1年間これだけ金融資産が増加すれば、大企業などは金融機関に頼らなくて済む。総資産から総負債を引いた純資産は前年比1.5兆ドル増加している。ちなみに、日本の民間非金融法人企業の金融資産は9月末、1,186兆円だ。株式の減価が大きく前年よりも4.3%減と4四半期連続のマイナスである。

S&P500の配当利回りは1.8%と10債利回りとほぼ同じである。過去最高値を付けている株式は下落リスクがあり、10年債の選好が強まるはずだが、国債も2%を下回るまで買われており、国債にも下落リスクがある。今は株式の上昇を期待して、株式を選好しているのではないか。トランプ大統領の株式援護に賭けているとも受け取ることができる。さらに、年初のパウエルFEB議長の言葉も忘れることができない。「われわれは市場のメッセージに注意深く敏感に耳を傾け、政策運営に当たり下振れリスクを考慮するということを申し上げたい」(2019年1月4日)。

もし米株式が急落するような事態に陥れば、FRBは政策金利をゼロまで下げるだろう。問題はそれで株式が安定し、反発するかだ。FRBには1.5%の利下げ余地があるけれども、日本やユーロ圏には下げ余地はない。すでにマイナス金利状態だし、インパクトのある金融政策を打ち出すことができず、米株を上回る落ち込みに見舞われるだろう。

大統領としての資質に欠けた人物が大統領になり、株式は天井知らずの様相を呈している。株式が大統領によってもてあそばれている状態である。株式が遊具になることほど危険なことはない。一国の大統領がここまで株式に介入するということはかつてなかった。ここまで値上がりすれ、株価に付いていかざるをえなくなる。トランプ大統領はそれを狙っているのだ。大統領の言葉が一層重みを持つ。大統領の一言で米株式は瓦解することになるかもしれないからである。核もそうだが、株式についてもトランプ大統領は押すボタンを持っているのだ。しかも思うがままにツイートすることで世界に発信できるのである。危険なものを考え作り出したものだ。

 

★年末年始は休み、次号は1月13日号からとします。

みなさん良い年をお迎えください。

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曽我 純

そが じゅん
1949年、岡山県生まれ。
国学院大学大学院経済学研究科博士課程終了。
87年以降証券会社で経済・企業調査に従事。
「30年代の米資産減価と経済の長期停滞」、「景気に反応しない日本株」(『人間の経済』掲載)など多数