トランプ大統領の就任演説はすでに表明されていることの繰り返しであり、「米国第1」を叫んだだけである。どこの国の為政者もまず自国を良くすることを考えるのだが、自国の利益だけ追い求めることは、今の世界情勢では不可能である。自国の利益追求によって、他国に不利益をもたらさないような行動が取れればよいが、それは難しい。特に、名目GDP 18.6兆ドルの世界1の経済力を持つ米国が自国優先政策を追求していけば、カナダやメキシコだけでなく世界経済に悪影響を及ぼすのは必至である。
カナダやメキシコからの輸入に関税を掛ければ米国の輸入は減少するけれども、カナダやメキシコの所得は少なくなり、米国の輸出は少なくなるだろう。そうなれば米国も困ることになるのだ。2015年の米国のモノの総輸出入額は4兆8,919億ドルと巨額であり、こうした輸出入を通して米国経済は成り立っていることを忘れてはならない。
2015年のカナダとメキシコのモノの米入超額はそれぞれ155億ドル、606億ドル(合計761億ドル)であり、米国のモノの赤字額(7,625億ドル)の10%に過ぎない。だが、カナダとメキシコの米輸出入額合計額は米輸出入額の22.7%を占めており、米国とカナダ、メキシコの結びつきはきわめて強い。北米自由貿易協定(NAFTA、1994年発効)による関税撤廃が貿易拡大に拍車を掛けたのである。
米国の最大の入超国は中国であり、2015年のモノの赤字額は3,671億ドル、総赤字額の48.1%を占めている。赤字額は突出しているけれども、輸出入額に占める比率は12.2%とカナダとほぼ同じである。対中赤字が巨額であるのは輸入が輸出の4.2倍の規模だからだ。対日本の輸出入比率は2.1倍だから、米国の対中国輸出入が、いかに歪かがわかる。
だが、スマートフォン等の電子製品の大半は中国で生産されており、それを米国等の消費国が輸入するという仕組みが出来上がっている。造らせているのは欧米企業であり、低賃金、低コストで莫大な利益を手に入れているのである。中国で生産できなくなれば米系ハイテク企業はやっていけなくなるだろう。外国企業が雨後の筍のように中国に押し寄せ、低コスト生産体制を造り上げたのである。1990年代、中国の東莞にはおびただしい外資系企業が進出していた。
米国などの先進国は売れそうな新製品の開発に注力し、生産は低賃金国で行うという研究開発と生産の分業体制を築いている。先進国で生産すれば価格高となって競争に敗れてしまうのだ。先進国では製造業は縮小するほかないのだ。大量生産はシステムを構築することができればどこでも製造できるのである。ポイントはいかにコストを下げるかだけなのである。だから、米国の自動車メーカーはメキシコに工場をつくりたいのだ。米国で造ればコストが嵩み、値段を高くするか、利益を削るかを迫られることになる。
いずれにせよ米製造業は廃れることになる。時代の流れで、製品に栄枯盛衰はつきものなのだ。いつまでもある特定の地域で作られ続けられるものはなかなかない。特に、最近の製品ははやりすたりのサイクルが短く、すぐに見向きもされなくなる。だから、新製品をつぎから次へ市場に投入しなければならない。目先を変える、少しだけ新鮮味を与える。こうした小手先の操作で顧客を繋ぎ止めようとしているのだ。つまり、自転車操業のようにつねにペダルを踏んでいなければ倒れてしまう、今のハイテク産業はそういう生産体制であり経済なのである。
トランプ大統領がいくらがなりたてても、ひとびとの欲望を刺激し、大量に生産・販売する企業がいる限り、メキシコで自動車を生産することや中国での生産活動を止めることはできないのである。関税でモノの移動の自由を阻止すれば、米国の生産体制や消費に歪をもたらすことは間違いない。
自国での生産を継続できるようなモノをつくることが国境の存在を忘れさせ、貿易依存度を下げることができるのだと思う。そうしたモノ作りとは、米国でしか作れないモノを作るということだ。大量生産ではこのようなモノは作れない。機械では作れないものを作る、それは人間の手によってしかできないことなのだ。
産業革命以降、機械の導入に血眼になり、生産拡大に邁進してきたが、機械の導入・発展によってたいていのところでは大量生産体制を築くことができるようになった。技術は世界中にどんどん伝播し、すぐに追いつかれることになる。だが、高度な手仕事は簡単にできることではなく、継承は困難である。こうした高度な手作業で作り出されたモノを大切に使っていくという経済を作っていかなければならないのではないか。少量一品生産といえる貴重なモノであれば、競争は起きにくいだろうし、その生産は特定の地域に長期に根づくことが可能ではないか。
高度な手作業による生産は米国よりも日本が得意とする分野である。工芸と言われる数々のモノは日本を代表するものである。日本が世界のトップに位置するのは工芸なのである。が、工芸の分野にも機械類が導入されてきており、出来上がったモノに機械的な影響が表れている。作業の効率や労力の面で機械に頼ることになるのだが、機械に頼れば頼るほど味気ないモノになってしまう。
国境があろうとなかろうと、本当に必要なものであれば、モノは移動する。3万年前の石器時代でさえ、神津島や和田峠から多摩に黒曜石は持ち込まれていた。おそらく黒曜石を運ぶルートがあり、これに従事していた人がいたのだろう。
トランプ大統領は貿易を制限するのではなく、貿易に耐え得るモノ作りを構築することである。あるいはモノ以外のサービスをさらに強化することも必要だ。貿易同様、移民の流入を阻めば、米国は活力を失うだろう。いろいろな人種やその思考が関わることで良いアイデアが浮かんでくるのだと思う。トランプ大統領の目指す貿易や移民の制限では、米国経済は袋小路に入ってしまう。