「新しい資本主義」ではなく「古い資本主義」に戻ろう

投稿者 曽我純, 12月13日 午前8:53, 2021年

12月6日の所信表明演説で、岸田首相は「新しい資本主義」を提唱した。欧米の新自由主義に追随して「規制改革」、「民営化」などを闇雲に推し進めてきたことが、日本経済を歪めてしまった。こうしたことに対する反省もなく、「新しい資本主義」という文言で期待を持たせようとしている。最大の問題である分配を正したいのであれば、「新しい資本主義」を目指すのではなく、「古い資本主義」で事足りるのである。

なぜなら、1980年代以降、政府、自民党は所得税の累進税率を緩め、富裕者を優遇し、法人税率も大幅に引き下げ、消費税を導入したからである。少なくとも、所得税と法人税を過去の税制に戻すならば家計と企業の分配、個人所得の分配のいずれもより公平な分配へと変わるはずだ。さらに有価証券取引税の再導入や金融資産への累進課税も必要だ。

日本経済の長期低迷と歪みは、過去数十年の政府、自民党の税制改革が、分配を企業と富裕者に極めて厚くしたことによる人災なのである。難しくもなんともない話なのである。所得の累進性を強め、法人税を引き上げれば、分配の問題はそうとう是正されるだろう。

自民党の支持者が企業関係者や富裕層だということで、岸田首相は所得税と法人税には少しも触れていない。金融所得税さえも直ぐに引っ込めたくらいだから、「新しい資本主義」という言葉を掲げるだけで終わってしまうだろう。

「イノベーション」や「デジタル田園都市国家構想」など、これまでも繰り返し言われたことの焼き直しにすぎず、相変わらず流行を追い、奇をてらった成長策しか提示できない。分配についてもやっているんだよ、という姿勢をみせただけで、実質的にはなにも変わらないのだ。ITがこれだけ普及し、イノベーションも進展しているのだが、『2020年国勢調査』で明らかなように、人口減は一層激しくなり、地方の過疎化は加速化している。むしろ「イノベーション」やITによって地方の衰退速度は増したのではないか。岸田首相の成長戦略は地域社会を追い詰め、地方経済は二進も三進もいかなくなるだろう。

 

財務省の『法人企業統計』から企業と労働者の分け前を調べてみよう。利益は当期純利益、給与は従業員給与プラス賞与とする。1960年度から2020年度までの当期純利益・給与比率がいかに推移しているかで、企業と労働者の分配を掴むことができる。この比率は高ければ、企業への分配が多く、労働者への分配は少なく、低ければ企業の取り分が少なく、労働者の分け前が多いことを表わす。

全産業全規模の当期純利益・給与比率は第1次石油危機以前には15%から25%の範囲にほぼ収まっていたが、石油危機後、急激に当比率は低下し、2004年度までは高くても15%程度にとどまっており、企業の分け前は相対的に少なかったと言える。バブル期の1989年度でさえ15.6%であった。

ところが、ITバブル不況後、リーマンショックによる落ち込みはあったものの、当比率は急速な上昇をみせ、2014年度には27.9%と1969年度を上回り、過去最高を更新した。勢いは止まらず、2017年度には39.4%、その翌年にも39.3%と異常な分配の偏りを記録した。消費税率の引き上げと新型コロナによって、2020年度には26.2%に低下したが、それでも、過去の趨勢に比べると、決して低くはない。

これを資本金10億円以上の大企業に絞ってみると、企業への分配がいかに多いかがわかる。1960年度から2001年度までは、傾向としては緩やかな右肩下がりであったが、大企業の比率は全産業全規模の比率よりも10ポイント以上高く、大企業の分配は利益に偏っている。2001年度を底に急速に上向き、2018年度には88.8%と利益と給与は接近してきた。2020年度は57.8%に低下したが、まだ、異常に高いことには変わりない。

大企業を除いた中堅中小企業の当期純利益・給与比率は1973年度の21.9%が最高であり、いまだこれを超えていない。2020年度は13.4%であり、大企業の57.8%とは比べ物にならない。2020年度の大企業の当期純利益は24.5兆円だが、中堅中小企業は13.9兆円にすぎず、利益は一部の大企業に集中しているのだ。中堅中小企業は給与を支払えば残りは僅かであり、設備投資や研究開発に十分な資金を確保することは難しい。

大企業の利益は全体の利益のどのくらいを占めているのだろうか。2020年度は63.7%だが、過去10年でも7年が60%を超えており、大企業への利益の集中がみられる。1992年度までは一度も60%超えたことはなく、1993年度以降、大企業への利益集中が進んだことが読み取れる。

中堅中小企業の当期純利益・給与比率は2020年度、13.4%と極めて低く、金額では当期純利益13.9兆円に対して給与は104.9兆円である。すでに利益から給与に振り向けることなどできない利益水準なのだ。無い袖は振れない状態なのである。給与の分け前を増やすことができるのは大企業だけだが、税額控除率の引き上げで、給与を引き上げるだろうか、はなはだ疑問。

2020年度の大企業の利益と給与、24.5兆円、42.4兆円を前提にすれば、給与の3%引き上げで、必要額は1.3兆円弱にすぎない。給与の1.3兆円の増加では消費行動には何の変化も起こらないだろう。12兆円の給付金でさえも、消費を刺激することができなかったことを思えば、数兆円の賃上げで消費に影響を及ぼすはずがない。

しかし、なぜこれほど大企業は給与を抑制してきたのだろうか。1990年代前半まで、給与は右肩上がりであった。しかし、1997年度の43.9兆円をピークに、緩やかに下がりながら推移し、長期的に低迷していた。1997年度のピークを更新したのは2019年度であり、実に22年ぶりであった。給与と利益のグラフから給与が右肩上がりのときは、利益の伸びは緩やかであり、給与が伸びなくなってからは、利益が急速に拡大していることをはっきり読み取ることができる。

給与抑制の最大の理由は、売上高の伸び悩みである。大企業製造業(Mfg)と非製造業(Non)の売上高は、いずれもバブルが崩壊しつつあった1991年度までは、ほぼ右肩上がりあった。10年前の1981年度比ではMfg1.6倍、Non1.75倍に拡大したが、その後は一変、1991年度・2020年度比ではMfg-1.8%、Non-4.7%と新型コロナ禍であったとはいえ、29年前を下回っているのだ。2018年度でも1991年度をMfg11.2%、Non11.0%上回っているだけ、という現実を見据えれば、小心者の雇われ経営者はパイの拡大は諦めているのではないだろうか。

パイの拡大がない状況下での利益拡大方法は、給与の抑制しかない。あってなきがごとしの労働組合では、とても経営側と太刀打ちできず、給与水準は良くて横ばいを強いられてきたのだ。給与が上がらなくても、貯蓄意欲の強い日本では、消費よりも貯蓄を選び続けている。『家計調査』によれば勤労者世帯の貯蓄率は2020年、39.7%と10年前の2010年27.3%から大幅に上昇している。名目GDPに占める民間最終消費支出の割合は2013年の58.3%から2020年には53.8%へと低下している。

中堅中小企業の給与を増やすことは叶わず、法人税の拡大余地もない。大企業だけが、給与増も増税にも耐えられる。だが、大企業も給与拡大策は取らないはずだ。人口減と超高齢化が進んでいるときに国内需要の拡大は望めないからだ。一方、消費者は先行きの経済が期待できない状況や平均寿命が延びていることなどから、退職後の資金確保のために貯蓄しているのである。消費の元となる給与は増えない、増えない給与でも貯蓄に振り向ける割合を引き上げる。

労働分配率を引き上げるといっても可能なのは大企業だけである。だが、大企業従業員の割合が全体の18.6%と低いことから、消費の拡大には結びつかない。結局、できることは、大企業の巨額の利益を税金として吸い上げ、高額所得者からも所得税を納めてもらい、国が所得不足のところへ集めた税を再分配する。こうした方策を取らない限り、日本経済はなにも変わらず、これまでと同様、貯蓄を国の赤字国債で使う術しかないのである。

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