日本の消費と民間設備は激しい収縮過程にある。超過輸出もマイナスになり、貯蓄は著しく溜まり、超過貯蓄の状態になっている。今のところ超過貯蓄を減少させるような部門は存在しない。現状、公的部門は超過貯蓄を吸収する唯一の部門だが、著しい需要の喪失を補うところまで拡大していない。今年度一般会計予算の160兆円が徐々に日本経済に染み渡っていくはずだが、それがどれほど経済に浸透していくかは不透明である。
12兆円超の給付金が国民に行き渡りつつあるが、これも経済を刺激しているかといえば、はなはだ心もとない。日本人の節約志向が顕著に現れており、給付金も金融機関への預金に向かっているようだ。『貸出・預金動向』(日銀)によれば、6月の3業態計預金は前年比8.0%(58兆円増)と今年1-3月期の3.0%から大幅に伸び率は拡大している。都銀に限れば、前年比10.2%と1-3月期の3.9%から様変わりである。1-3月期の地銀は3.7%と都銀並みであったが、6月は5.9%に伸びているけれども、都銀との格差は拡大している。
『家計調査』によれば、5月の勤労者世帯の消費支出は前年比15.5%も減少した。実収入と可処分所得は9.8%、13.4%それぞれ大きく伸びたが、消費支出を大幅に削減したため、平均消費性向は73.3%、前年比25.0ポイント減とかつてない低下となった。例年、5月は連休で休みが多く、実収入の大半を消費支出に回し、平均消費性向は90%台だが、今年は新型コロナで出かけることもなく平均消費性向は異例の低下となった。家計は先行きを不安に思い、消費よりも貯蓄を優先させる姿勢を鮮明にしている。米国の平均消費性向も5月、76.8%と米国の消費者でも貯蓄に走っているのだ。こうした家計の消費削減・貯蓄増の行動変化が経済活動を鈍くさせているのである。
日本の勤労者世帯(二人以上の世帯)の貯蓄額は5月、102,362円、前年同月は5,689円にすぎず、その18倍に急増した。仮に、全世帯が102,362円を貯蓄したとすれば、日本全体の貯蓄は月5兆円超になる。このような貯蓄行動が長期化するならば、公的部門の拡大も経済の後退を緩やかにする程度のものにとどまるだろう。
6月調査の『短観』によると、今年度の大企業製造業の設備投資(ソフトウェア・研究開発を含み、土地除く)は前回から下方修正されたとはいえ、前年比3.8%と2019年度(3.5%)と同程度の計画である。不思議なことに、今年度の大企業製造業の売上高は前年比-2.6%と2019年度(-3.2%)よりもマイナス幅は縮小すると予想されている。経常利益も-17.6%と2019年度(-17.5%)とほぼ同じ。いかに計画とは言え、明らかに現実から掛け離れた予測であり、企業業績と設備投資計画は画餅に過ぎない。
急激な消費の収縮過程にありながら昨年度並みの減益であり、設備投資もプラスとはかなり楽観的と言わざるを得ない。『機械受注統計』によると、5月の民需(船舶・電力除く)は前年比16.3%減少した。4月よりもマイナス幅は1.4ポイント縮小したが、製造業は-27.4%へと一層悪化した。外需や代理店は35.1%、27.1%それぞれ減少し、プラスは官公需だけである。総受注額は20.3%減となり、民間設備投資マインドはこれまでになく冷え込んできている。
新型コロナが短期間で収束すれば消費や民間設備投資は息を吹き返し、経済の回復は急速に進むだろうが、再び、ウイルスが勢いを取り戻している状態では、短期で収まるとみるのは早計である。スペイン風邪のときもそうだが、ウイルスが弱毒化するには数年を要するのではないだろうか。それまで経済活動は制約を受けざるを得ない。いままでのやりたい放題の経済活動がむしろ異常だったといえるのではないだろうか。家族で食卓を囲めるくらいの普通の生活を取り戻す好機と捉えるべきではないか。地に足の付いた深い根の張る自立した経済を目指すべきだと思う。
地に足のついた生活の実現を脅かす存在は、不況下の株高である。先週、ナスダック総合は過去最高値を更新するなど米株は堅調である。米株に牽引され主要国の株式も底堅く、商品相場も戻りつつある。国債の大量発行にもかかわらず、10年債利回りは歴史的低水準を維持している。
トランプ大統領とFRBの一体となった長期ゼロ金利政策と金融市場への後ろ盾が、国債と株式の強気相場の背景となっている。3月末の米株式価額は42.5兆ドル(FRB、『Financial Accounts of the United States』)と2019年末比22.1%減少したが、6月末は52.4兆ドルへと回復していると予測する。6月末の米株式価額・名目GDP比率(予想)は3月末の1.97倍から2.56倍へと急上昇し、過去最高を更新したとみている。2008年の金融崩壊以降、株式は名目GDPよりも速く成長し続けてきた。戦後、最大級の不況下にありながら、不況をものともせず高値を付けているが、いまのような株式の実体経済との極端な乖離は異常事態を通り越している。
株式は国家、FRB、企業、市場参加者すべての合作となり、投機を鼓舞する舞台が整っているのだ。投機に歯止めを掛ける主体はどこにもいない異様な世界になってしまった。全員参加型だから、それほどの不安をいだくことなく、株式に深入りできているのだ。株式に没入すれば投機であることさえわからなくなり、正常か異常かの区別さえつかなくなってしまっている。
「企業が投機の渦巻のなかの泡沫となると事態は重大である」(ケインズ、『一般理論』)が、現下の事態は、企業だけでなく国からFRBまですべてが「投機の渦巻のなかの泡沫」に成り得るという歴史的な危機を作り出した。しかも米国だけでなく日本や欧州の中央銀行も投機を助長し、自らも泡沫になるかもしれない非常に危うい立場に置かれているのだ。今の株式はまさに空中楼閣なのである。