contact us info@grsj.org 最新Quote of the day/GRSJレポート/イベント/
週刊マーケットレター第230号(08年4月14日週号)・主要マーケット指標・モーゲージで苦しむ米民間・政府系金融機関:/曽我 純
生産権取引?:/森野 榮一
週刊マーケットレター 第229号(08年4月7日週号)・主要マーケット指標・減益率拡大中の株価の行方
週刊マーケットレター 第228号(08年3月31日週号) ・主要マーケット指標・実質ベースでは前年比1%台に低下した米消費支出 ・下方修正が続く日本の企業業績:/曽我 純
[改訂版]プルードンの貨幣改革について:/藤田 勝次郎
週刊マーケットレター 第227号(08年3月24日週号)・主要マーケット指標・3月第二週の外人の日本株売り急増、週間約1兆円と過去二番目の規模・市場の動きに無能な証券化商品
週刊マーケットレター第226号(08年3月17日週号)・主要マーケット指標・米国経済を押し潰す14.5兆ドルのモーゲージ残高・GDPに制約される株式:/曽我 純
週刊マーケットレター 第225号(08年3月10日週号)・主要マーケット指標・米国の景気後退の確度高まる・企業業績の悪化により株価の下落は止らない:/曽我 純
西周における政治経済:/森野 榮一
町工場の現場から(八)・天下り会社/:杉浦 明巳
終の棲家・・・かな!?/:青木 秀和
週刊マーケットレター第224号(08年3月3日週号)・主要マーケット指標・米景況感悪化しドル売り加速
週刊マーケットレター第223号(08年2月25日週号)・主要マーケット指標・投機マネーに翻弄される実体経済:/曽我 純
町工場の現場から(七)・企業倫理:/杉浦 明巳
週刊マーケットレター、第222号(08年2月18日週号)・主要マーケット指標・外需と設備投資に依存し、「構造問題」を御座なりにしてきた日本経済:/曽我 純
週刊マーケットレター(08年2月11日週号)
・主要マーケット指標
・米国の景況悪化、非製造業に広がり不安募る
・世界景気悪化の影響を受ける機械受注
:/曽我 純
岐路に立つプレミアム・ポイント・ポイントサービスに異変が起きている:/斎藤 由紀子
週刊マーケットレター 第220号(08年2月4日週号)・主要マーケット指標・米景気後退を示唆する雇用統計
・米金融政策との連動性強い日本の株価
・特定部門への依存度大きい鉱工業生産
週刊マーケットレター
第219号(08年1月28日週号)
・主要マーケット指標
・株価を歪めている甘い収益見通し/:曽我 純
町工場の現場から(六)・地場産業/:杉浦 明巳
週刊マーケットレター(08年1月21日週号) ・主要マーケット指標・実体経済から掛け離れた日本の株式市場・より強力な景気対策が必要な米国/:曽我 純
週刊マーケットレター(08年1月13日週号)
・主要マーケット指標・日本の景気が欧米よりも悪化していることが株価下落幅を拡大/:曽我 純
陸マイラー、受難の時/:斎藤 由紀子
週刊マーケットレター(07年12月31日週号)
・主要マーケット指標・減益予想下ではまだ割高な日本株/:曽我 純
quote of the week /
リスク買手持ち/:森野 榮一
週刊マーケットレター(07年12月24日週号)
・主要マーケット指標・欧米金融機関への出資で株式投資への余力減退・外需依存高まり不安定性増す日本経済
週刊マーケットレター(07年12月17日週号)
・主要マーケット指標・日本経済不振のもとになっている分配の歪み・FRBの利下げは続く/:曽我 純
特集 C.H.ダグラスの生産主義と会計主義
C.H.ダグラスと信用の社会化(上) M.マイヤーズ
新・旧経済学 C.H.ダグラス
ほか
特集 F.ソディの貨幣・経済論
フレデリック・ソディと100%準備計画 M. マイヤーズ
国家財政の管理に対する物理科学の関係(下)フレデリック・ソディ
ヴェルグル町長、ミヒャエル・ウンターグゲンベルガーと自由貨幣(5) K.ローアバッハ
入手先ぱる出版
電話 03−3353−2835
ファックス 03−3353−2887
WATで入手可能です。10WAT(既発券)、i-WAT, e-WAT歓迎。新発券の場合は5割まで。下記アドレスまでご連絡ください。円貨でも、定価1000円でおわけします。送料当方負担。
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人は現実と無関係に自由に思念をもちうる。その一例が金本位論(複本位論を含むであろうか。こんにちの信用マネーが全球大に肥大化し続ける現実のなかでも、金本位への郷愁が頭をもたげる時がしばしばある。結局、金本位論者は断念せざるを得ないのであるが。
しかしことが頭の中での話となると話は別で、経済学の僧侶のなかには、牢固としてそうした念慮に囚われているひとをみる。
交換手段は、その素材的担い手に、ある「内在的価値」がなければならず、そうでなければ交換手段たりえないという信仰がそこにはある。彼等にとって内在的価値を有するものとは、金や銀である。紙幣が流通しているのは、金銀という価値物に基礎を置いているからだというのだ。つまり貴金属貨幣という基礎が消失すれば紙よりなる紙幣は崩壊してしまうと考える。貴金属との引き換え約束を信じて紙幣を受け取るのであり、この約束が紙をして貨幣たらしめているというのだ。
もちろん、人は信仰を自由にもちうる。しかし、どのような信仰をもとうとも、現実が信仰内容のように変わるわけではない。人はそうした約束で支払い手段としての貨幣を代価として受け入れているのか、現実の答えは明瞭である。しかし、信仰までぬぐいさることはできない。貴金属の価値が「伝え継承」(ubertragen)されている紙が紙幣になるとの信仰は永遠のようだ。彼等は、場合によっては、倉荷証券まで引き合いにだす。倉庫に預けられた荷物への請求権を表象する倉庫証券、船荷証券のたぐいも、担保物が消失しまえば、その証券も減失してしまうからというのだ。
しかし彼等は、そう主張するとき、倉荷証券の額面が貨幣単位によるか、物量単位によるかは問わず、それが貨幣ほどには普遍的に受領されないことで質的に相違している事実を都合良く忘れるのである。
ここで価値そのものが問題になる。迷妄の価値論か価値論の迷妄か、人は長く迷路のなかにいたのかもしれない。
貨幣理論に関しては中世の頃から金属主義と名目主義(あるいは表券主義:Chartalism)が争ってきた。しかし、歴史の経験は自ずから、いずれが支持されるかを示してきたといってよい。かつて貴金属を素材的担い手とする鋳貨には貴金属含有量が刻印されていた。ところがそれは消え失せていく。なぜなら、貨幣単位はそれに含まれる貴金属の計量単位ということになって、社会的に貨幣呼称を受け入れ、貨幣単位とする意味がなくなってしまうからだ。つまり貴金属と貨幣を区別することができなくなってしまうわけである。
貨幣はゲゼルが言うように国家の成立と切り離せない。国家の貨幣鋳造権によって、つまり立法者の意思に貨幣は左右されるわけで、国家の法が貨幣を創造しており、それによってまた貨幣は廃止されることもあるわけだ。この事実が示しているのは、貴金属に内在するなんらかがそれらをして貨幣にしているのではないという事実である。法がそのように決めれば、貴金属に止まらず、他の金属や紙にも貨幣という特権を移転しうるのである。
かつて銀行券は貴金属と兌換するむねの文言が券面に書いてあった。しかしそれも消え去り、不換紙幣となった。それでも銀行券は貨幣たるの機能を果たしている。貴金属の裏付けがないわけだ。
ではなぜ流通しているのか。答えはカンタン。それを発行した銀行やその後ろにいる国家の債務をそれが表現そているからだ。つまり債務証書なのである。ただし、他の債務証書(たとえば、債券や手形など)と違っている一点がある。
○ 通常の債務証書は所持人(つまり債権者)が債務者から利子をとるが、銀行券の場合は債務者が利子を取るのである!
○ これに加えて、債券は市場で売買され(公債、国債などもそう)、額面以下の相場になることもあるのに、銀行券は額面を維持して流通する!
これはおかしい。世の中逆さまだ!
☆ なぜ、債務者であるはずの銀行が利子を受け取れる、つまり債権者になるのに、その債務証書をもつ債権者であるはずの銀行券保有者は利子を支払わねばならない債務者になるのか?
☆ いったいなにがそれを可能にしているのか。
それは
○ 銀行券というある債務証書を貨幣にしているという特権の付与に由来する
のである。
ゲゼルの提起した減価する貨幣については、各種の呼び方が存在する。
○ stamp money (スタンプマネー)
○ stamped money
○ stamp scrip (スタンプ代用貨幣)
○ dated money (日付貨幣)
○ Freigeld (自由貨幣)
○ Schwundgeld (消滅貨幣)
上記、上から三つは、自由貨幣が、貨幣の券面に持ち越し税たる印紙を貼付することを指してこう表現している。dated moneyは和語では「日付貨幣」と言われるが、これは貨幣券面に流通
期限が記載されていることに注目して、そう表現される。自由貨幣は、スタンプマネーとして印紙を貼付することで、額面価値を維持しながら流通するが、印紙がスケジュール通りに貼付されて、1年の終わりに償還され流通を止めるからである。
Schwundgeldという言い方はこの消滅するという点に止目した表現である。Freigeldがゲゼル自身が使った表現である。自由貨幣という。なぜそういうかといえば、この貨幣は金銀のような貨幣素材から解放されているし、そのことで貨幣が本来持つべき貨幣としての機能を自由に果たしうると考えられたからである。
2006-05-07
モーリス・アレ、『資本課税と貨幣改革』、脚注39より引用
私的所有に基づく市場経済の批判的分析に関連したあらゆる貢献のなかで、私には三人が注意深く考察されねばならないように見える。すなわち、レオン・ワルラス、シルビオ・ゲゼル、ジョン・メイナード・ケインズである。三者とも非常に高度な質の分析である。
三者とも同時に自由主義的でありながら社会主義的である。経済及び政治権力の分権化が保証されるシステムをなによりも優れたものと認めるが故に自由主義的であり、また、それでも自由放任の体制における所得と資産の分配の不公正な性格を認めるが故に社会主義的である。
ワルラスは『社会経済研究』(1896年)のなかで、彼の分析を状況の平等と諸条件の平等の間の区別に基づかせている。状況は不平等ではあるが、諸条件は可能な限り平等にされなければならない。ワルラスは買い戻しによる土地の集合化があらゆる諸困難の解決を可能にすると考えた。
シルビオ・ゲゼルは『自然的経済秩序』(1915年)において、貨幣と金が結びつくこと、及び貨幣の流動性プレミアムのなかに利子率低減を妨げる障碍を見、そして土地の私的所有のなかに人間による人間の搾取の源泉を見た。彼は金の非貨幣化と年に5%価値を失う循環する貨幣、そして土地の集合化を勧告した。その目的は、「労働なくして得られた所得の廃止、労働全収権の確立」(『自然的経済秩序』、 第4版、401頁)を確保することであった。社会的であると同時に自由な理想に鼓吹されて、ゲゼルはプルードンに才能溢れた先行者を見た。「彼の言葉は永遠の価値を持っている」と彼は書いている(前掲書、イントロダクション、3−11頁)。
ゲゼルの利子の貨幣的理論はもちろん、ケインズのそれに着想を与えており、そこでは温かな賞賛さえ与えられている。またゲゼルが1890年にアルゼンチンで体験したデフレと闘うための、時の経過に伴い価値を失う循環する貨幣の理念は、米国でとりわけアーヴィング・フィッシャーによって、大恐慌の時期、再び採用された(『スタンプ・スクリップ』)。
『雇用、利子、貨幣の一般理論』(1936年)においてケインズは、利子率の低下を望ましいものと見なしており、彼の貨幣の流動性プレミアムの理論はシルビオ・ゲゼルの理論から直接に着想を受けている。彼は自身が類似していることを認める理想として「稼得された収入」だけで存続する経済を考察している(前掲、386−397頁)。もちろん、自由でかつ社会的、人間主義的なケインズの哲学は『説得論集』のなかにみつけられる。
ワルラスとゲゼルの思想はしばしばナイーブなものであるが、ケインズのそれはよりニュアンスに富んでいる。彼らの理論分析はしばしば不完全で、時には、間違っているが、最良の社会秩序探求への彼らの寄与はとにかく第一級である。
2006-01-08
もしカール・マルクスが社会主義の予言者と呼ばれうるなら、シルビオ・ゲゼルは自由な私的経済の予言者と名付けられる。しかしながら奇妙なことに全く僅かの企業家しか彼について聞いたことがない。彼は正統派の経済学者によって徹底的に無視されたのであり、どこの国でも彼の示唆を実施してはいない。そのことには確かな理由が存在するが、にもかかわらず、彼が再認識されることで、そのことが世界史の最大のイロニーの一つであったということになろう。(ハーパーズマガジン)
2006-01-04
利子が問題だと多くの人が言い始めた。然り。しかし、貨幣が存在する歴史時代にはいつでも利子を怨嗟の的とする議論があった。
我が民の貧しき者に金(かね)を貸すときは金貨のごとくなすべからず。またこれより利足をとるべからず 旧約出エジプト記
貨幣は本来交換のために用いらるべきものであって、利子の取得によって増殖せらるべきものではない。 アリストテレス 『政治論』
つまり、このように利子を攻撃する言葉があるということは、現実に利子をもたらす金銭貸借が存在したということを示している。
しからばこの利子とはなにか、どこからやってくるのか。
経済学なんてものが始まってから、理屈が始まる。
利子は貨幣の貸付による。貸し付けられた貨幣は
○ 消費に使われるか
○ 生産目的に使われるか
のいずれかであり、借り受けた人でこれをドブに投げ捨てる人がいたとしても、これは経済学の考える合理的な人間とはいえぬ。
この二つに分かれ行くは誰も否定できない。
ところが、利子をその歴史性において捉えんとするマルクスなんぞが出てくると、消費目的、生産目的に分け、後者が近代的な資本制経済の特質とし、生産によって生み出される利潤から利子は出てくる(分配範疇)なんてことになる。
たしかに資本主義の成立は生産目的での貨幣使用を主たるものにした。そこまではいい。だが話が飛躍する。利子の説明を資本主義生産から説明するということにしてしまう。これは、子供から親を説明するような転倒といわねばならない。
しかし、利子は生産プロセスから説明されるという考え方は、特段マルクスにとどまらない。古典派やジェボンズのような限界効用学派も生産プロセスに実物利子の由来を求めるもので、これはヴィクゼルにまで続く。基本的な構図は古典派にとっては、貨幣現象は実物経済の被覆だから、この実物利子を貨幣利子は反映するものとされる。限界効用学派が限界生産物を利子としたところで、古典派と同様、実物利子を説いていることに変わりはない。それを貨幣利子は反映するだけ。
しかし、利子は貨幣利子として貨幣が存在する経済ではいつも存在した。貨幣現象として利子を説く人はいなかったのか。
経済学の主流においても、事はマーシャル以降の話となる。
実物利子によって利子を説明するの愚から自由に利子が純粋に貨幣現象であることを明確にした存在、シルビオ・ゲゼルである。
2005-12-26
今日、相も変わらず搾取理論を信奉する人々はいかほどいらっしゃるのか。
ゲゼリアンにとっては、搾取は労働関係のなかで成立するものではない。ただ貨幣資本家が、労働者と企業家(生産的資本家)から、貨幣貸付による利子をとることで搾取し、不労の所得を実現している。
これは一言で、利子奴隷制と呼ばれるべきもので、かつてナチスがその経済イデオロギーとして剽窃し、ドイツ資本を統制し、取り込んでいるとして、ユダヤ資本を攻撃するのに使用したものである。問題は貨幣にあり、貨幣がその保有者に利益をもたらしうるようになってから、経済危機もまた出現することとなった。
ゲゼル経済のもう一つの立脚点は不公正な土地の配分に関するもので、これが土地の所有者の搾取を可能にしているとする。土地の社会化がその回答である。その社会化によって土地の所有者が掌中にしていた利益は、社会存立の基礎たる母子の養育に必要な母子年金に振り向けられる。
労働者と資本家への搾取を防ぐためには、そして経済を前進させるためには、貨幣はもはや利子をもたらさないものにならなければならない。実際、貨幣が持続的に減価するような場合は、利子をもたらすことはない。貨幣を減価させることの目標とするところは、真に自由な市場経済である。そこでは生産は人々の需要に応じてなされ、利益優先で他者との競争による勤労者の過酷な労働ではなく、連帯した労働と利子コストの不在による賃金率の上昇がみられる。
原油価格は最高値を更新、CRB指数も最高値近くに上昇したが、NYダウは反発、1月 上旬以来の水準に戻った。週末、1−3月期のシティーグループの決算が発表されたが、 純損失額が51.1億ドルと昨年10-12月期の98.3億ドルから大幅に減少し、サブプライム問 題がやや下火になったこと、その他企業の決算内容が予想を上回ったことなどが好感され たからだ。ただ、各種経済指標によると、米実体経済は厳しさが増しており、それが投資 家心理を神経質にさせている。商いはそれほど膨らまず、多くの投資家は様子見姿勢を変 えていない。
米消費者心理は急速に悪化している。4月のミシガン大学消費者センチメント指数は63.2 と過去3ヵ月で17.3ポイントの急落となり、1982年以来26年ぶりの低い水準に落ち込ん だ。米家計保有の不動産は07年末、20.1兆ドル(FRB)と07年9月末から0.17兆ドルの減 少だが、最近の住宅価格は前年比2桁の減少となり、それをそのまま当てはめるならば約 2兆ドルの不動産の減価が発生していることになる。これほどの価値が失われていれば、 米家計の不安は募り、消費支出を絞る行動にでるのは当然だ。住宅着工件数の減少は止ら ず、いつ底入れするかわからない不安に脅えながら、米国の家計は護りの姿勢を強めてい る。
日経平均株価は前週末比3週連続のプラスだが、あくまでも一時的な戻しであり、近々、
収益面から売り込まれる可能性が高い。株価を決める最大の材料である収益を株式市場は
は甘くみている。これから07年度の業績が発表されるが、下方修正されるだけでなく、08
年度の収益見通しは、株式市場をさらに悲観的にさせることになるだろう。
企業収益は下振れしつつあり、どのあたりが底になるのか、まだそれを見極めることは
できない。特に、米国の不動産不況の根は深く、立ち直るには少なくとも数年は要し、そ
の間、世界経済に負の効果を及ぼし続けるだろう。不動産不況がマネー経済だけでなく、
実体経済にもあらわれている。3月の米非農業部門雇用者数は前月比8万人減と3ヵ月連
続の減少となり、米景気は後退しつつあるといってよいだろう。
日経平均株価は2週連続して回復したが、1万2,000円台を抜け出すことができず、株 式市場は依然厳しい状態に置かれていることに間違いない。欧米金融市場の混乱は一層深 まっており、資金の流れは詰まり気味だ。3月第3週の外人売り越し額は第2週に比べれ ば縮小したが、欧米金融市場の混迷に収拾がつかなければ、日本株を買い増すことはでき ないように思う。
3月第2週、日経平均株価は1万1,000円台に下落したが、財務省の統計によると、同 週の外人売り越し額は9,930億円と1987年10月第3週のブラックマンデーに次ぐ過去2 番目の売り越しとなり、外人の投売りにより値崩れしたことがわかった。1月は1,063億 円の売り越しと小康状態を保ったが、3月の外人売り越し額は第2週までに、すでに1兆 4,103億円に達しており、02年2月以来の規模の売り越しになりそうだ。
それにしても急激な円高ドル安である、週末には一時98円台を付け95年10月以来12
年半ぶりの円高ドル安となった。週間でも3円55銭上昇し、05年12月の円高水準を超え
たことから、円高ドル安がさらに進行するとみておいたほうがよい。対ユーロでもドルは
売られ、最安値をつけた。ドル実効相場(MAJOR CURRENCY、MAR73=100)は14日、69.6
と最安値を更新、昨年末から5%も下落した。
なぜこれほどドルは激しく売られるのだろうか。通貨はその国の政治、経済、軍事など
の総合力を反映したものであるが、特に、米不動産不況が底無し沼のような状態に陥り、
過去にない深くて長い不況を予想させること、政治もブッシュ政権がレイムダックの様相
を呈し、リーダーシップ欠如となっており、深刻な不況に対して、有効な策を打ち出せないこと、などがドル信認の低下に繋がっているのだと思う。日本の政治、経済も同様の径
路を辿っているが、米国経済がより深刻なことに加えて、これまで超低金利で調達していた円の返還が円高を招いているとも考えられる。
米国経済は今年1月から景気後退に入ったようだ。週末発表の2月の米雇用統計による と、非農業部門雇用者は前月比-6.3万人と2ヵ月連続の前月比減となった。過去の米景気 後退期と非農業部門雇用者の関係をみると、非農業部門雇用者の前月比の変化が、景気の 山から谷への転換を示している。前月比の値がプラスからマイナスに変わった近辺が景気 の変わり目と判断してよい。90年代最初の景気のピークである90年7月には同月の非農 業部門雇用者がマイナスに変わり、次のITバブル崩壊による後退でも前回同様景気のピー クである01年3月に前月比減となり、減少数が最大になる辺りで景気は底打ちしている。
2月27日、28日のバーナンキFRB議長の議会証言や各種経済指標の発表によって、米
景気への不安が一段高まり、資金は株式から米債や商品へ流れた。米債券利回りは3.51%
と03年6月以来約5年4ヵ月振りの水準に、TB3ヵ月物は1%台に低下し、CRB指数は
過去最高値を更新した。
米景気悪化や利下げ観測が強まり、主要通貨に対してドルは売られ、対ユーロでは最安
値を付けた。3ヵ月前には3ヵ月物の金利は米がユーロを上回っていたが、それが逆転し、
今ではユーロが米よりも1.3ポイントほど高い。景気重視の立場から米政策金利はまだ引
き下げられるけれども、ユーロは現状で推移する可能性が高く、短期金利差は拡大し、ユ
ーロ高は持続する見通しである。
原油がはじめてバレル100ドルを超え、金も過去最高を更新するなど、資源高に拍車が 掛かっている。米住宅不況がいつ終わるとも分からず、信用不安が強まったり弱まったり している不安定ななかで、資源価格の高騰が目立つ。株式は信用状態を無視できず、それ に頭を抑えられ、債券は資源高による価格上昇懸念が上昇を立ち塞いでいる。
先週、昨年10-12月期の主要国のGDPが出揃ったが、それによれば、実質GDPは日本
が前期比0.9%と最も高く、次がユーロ圏の0.4%、米国は0.2%に過ぎなかった。日本の経
済成長率は相対的に高い伸びをみせたが、昨年高値からの株式の下落率はトップである。
実体経済がほかの国に比べて悪くないのに、これほど売られるとはどういうことなのだろ
うか。08年は景気が悪化し、日本の成長率が大幅に低下すると読んでいるからだろうか。
それにしても、住宅バブル崩壊の経済への影響がいまだ_めない米国が日本の株価よりも
下落率が小さいのは不思議だ。
ショッキングな内容の経済指標の発表によって、先週も米株式市場は揺れた。1月のISM 製造業景況指数は50.7%と前月を上回ったが、米国経済の主力である非製造業は41.9%、 前月比12.5ポイントも急低下し、03年3月以来58ヵ月ぶりの低い数字となった。2月1 日の雇用統計以上にISM非製造業景況指数の株式市場に与えた影響は大きかった。景気悪 化のシグナルが続けざまにでたことに、非製造業という米国経済の大半を占める部門が冷 え込みつつあることに戦いたからだ。
FRBは1月30日にも政策金利を0.5%下げ、1週間あまりのうちに計1.25%というこれ
までにない異例の利下げを行った。昨年8月の5.25%から3.0%へと5ヵ月で2.25%低下し
たが、前回、ITバブル後の利下げに比べてみると、必ずしも引き下げが速いわけではない。
むしろ前回のときは、ピークから5ヵ月で2.5%も引き下げており、今回のケースを上回っ
ている。
「金融市場はまだかなりの緊張状態にある」とFOMCの声明で述べているように、FRB
は金融市場が安定するまで利下げを遂行する姿勢を示した。次回のFOMCは3月18日、
その次は4月29、30日だが、足元の実体経済の悪化などから予測すると、4月末までに
政策金利は2.5%に引き下げられる公算が大きい。
突然の米大幅利下げや日経平均株価の1万2,000円台への急落等あわただしい1週間で あった。週末には1万3,629円まで戻したけれども、このまま回復する経済環境ではなく、 底値がどの程度になるのか、だれもわからない。ただいえることは、いまの収益見通しが 甘く、株価収益率(株価/1株当たり利益)が低下したからといって、割安とはいえない。
日本株の下げ幅が大きいのは、日本経済の悪化に加えて、株式売買代金が異常に膨らみ、 株式がバブル化していたからである。07年の東証1部年間売買代金(1日当たり)は3兆 円、前年を15.5%上回った。これで売買代金は4年連続して過去最高を更新、89年のバブ ルピーク時に比べて2.3倍の規模に拡大した。80年代には7年連続増を記録したが、今回 の5年連続はそれに次ぐ。90年代の売買代金は一時2,380億円(92年)まで減少し、その 後も3,000億円台が続くといういまから考えると、信じられないような惨憺たる有様であ った。それが99年には7,260億円、前年比87.1%増に回復した。99年2月のゼロ金利、同 3月の有価証券取引税廃止、同10月には株式手数料の自由化といった金融税制面の措置 によって、株式売買が活発になった。これにはIT銘柄のバブル化も寄与しているが、売買 代金は02年に減少しただけで、その後は5年連続で増加し続けた。ゼロ金利の長期化、03 年1月に導入された株式譲渡益課税の軽減措置、さらに小泉政権が掲げたスローガン「貯蓄から投資」などが株式売買代金増に拍車を掛けたのである。
先週末の日経平均株価は昨年末比、7.8%の下落だ。NYダウの同-5.0%を上回り、日本株
の下落率が大きくなっている。
昨年7月の高値からは22.7%もの大幅な下げとなっており、
どこまで下がるのかわからない不安が広がっている。日本株が主要国のなかでもっとも売
り込まれているのは、日本の景気の悪さが突出しているからである。OECDが先週末発表
した景気先行指数によると、OECD全体では前月比-0.5%と昨年6月以来、6ヵ月連続の低
下となり、世界景気の減速を示している。日本は-0.2%と2ヵ月ぶりのマイナスで、しかも
全体に比べれば減少率は小幅にとどまっているが、昨年6月から9月にかけての減少率が
大きく、前年比では-6.3%となり、OECD全体の-2.2%を大きく上回っている。住宅不況で
苦しんでいる米国は前年比-1.5%とEU(-2.3%)よりもマイナス幅は小さく意外な感じがす
る。9月の日本の指数は-6.7%まで落ち込み、前回のIT不況を上回り、98年8月以来の落
ち込みとなった。IT不況では景気先行指数の前年比減少率が最大になったのは、景気の谷
の2ヵ月前である。99年1月の谷では先行指数が8ヵ月先行するといった具合に先行の程
度は異なっているが、ここまで悪化してくると、日本はあきらかに景気後退に陥りつつあ
るといえる。このように、米、EUに比べて日本の景気が悪いことが、日本株の下落率が
大きくなっている理由なのである。