ケインズの『一般理論』第六篇末尾

「現在、人々はふだんと違っていっそう根本的な診断を待望しており、それを受け入れようとする気持ちはとくに強く、それが少なくとももっともらしいものであれば、それを試みてみることを熱望している。しかし、このような現在の機運は別としても、経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であるとみずから信じている実践家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透はただちにではなく、ある時間をおいた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、二五歳ないし三十歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、したがって官僚や政治家やさらには扇動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である。」

いま、根本的診断が必要なときではないのか。

quote of the day 081225 流動性の罠

深まるばかりの金融・経済危機のなか、各国中銀は競って政策金利を引き下げている。

しかしこれによって経済刺激の効果があるかはギモン。

いわゆる流動性の罠だが、「貨幣当局が利子率に対する効果的支配力を失っている」状況下、あらためてケインズの指摘の該当部分を振り返って確認しておくことも必要か。

『一般理論』、第15章、流動性への心理的および営業的誘因のなかで、こう述べられていた。

「利子率がある水準にまで低下した後では、ほとんどすべての人が、きわめて低い率の利子しか生まない債権を保有するよりも現金の方を選好するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。この場合には、貨幣当局は利子率に対する効果的支配力を失っているであろう。しかし、この極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、現在までのところでは私はその例を知らない。」(GT,p.207.)

私たちはケインズが見たことがなく、予測した事態を眼前にしているわけだ。