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人間の交流を活発にするのはいいとしても、モノのやり取りが活発になること自体を人為的に推進していいのかどうか。

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急かされるということそのことの問題です。人間の交流を活発にするのはいいとしても、モノのやり取りが活発になること自体を人為的に推進していいのかどうか。通貨の保有が利子を生まないのであれば(現実にはゼロ利子でもマイナス利子の感覚になると先に書きましたが)、保有自体を罰する必要があるのかどうか、という問題が残るように感じます。この問題は、そもそも価値の増殖しない地域通貨をどうして人は(使わないで)保有するのか、という問題につながってきますが。

Morino,Eiichi このへんは、地域通貨のなかでマイナス利子を実施するところもでてきましたが、そういう地域通貨のシステムのなかでの議論と、本位貨幣の世界で課税貨幣を導入するマクロ的な次元での議論をちょっと区別して議論しておきたいというところはあります。
ただ両者に共通する原理的な次元では、ゼロ利子の貨幣と商品を交換するメンバーの間には、まだ立場の違いがあって、特有の減価率を被る商品の売れるのを待たされる期間を持ちこたえるために、たとえばスイスのWIRなんかでは、本部から僅かなプラス利子を覚悟して融資を受けるということがあります。
交換リングの原理でいえば、マイナス残を積み上げ続けるというかたちで、事業を継続することも可能な仕組みではありますが、実際は融資を受けその際のプラスのプレミアムは本部の収益となり、全体の収益ではあるのですが。
つまり本部からみると、口座のプラス残にマイナスの利子を課しても、融資によって会員の口座にプラス残を作り、これにプラスの利子を負担させても、同様の結果をうるのですが、会員からみた場合は、事情は異なるわけです。
会員はゼロ利子の貨幣を取引額に応じて取引のさいに創造することが交換リングでは可能ですが、それは、取引が成約した時点での話で、取引の成立に至る交渉のプロセスや契約内容の確定のプロセスでは、ゼロ利子の貨幣とマイナス利子の商品のあいだでは流動性プレミアム分の差額が商品のほうに押しつけられる事情があります。
ですからWIRの会員企業は本部からわずかなプラス利子つきでも融資を受けるといことが起きるようです。
地域通貨の輪の場合、プラス残をためる、あるいは残ってしまうというのは、輪自体の多様性に依存しているところが大きいようです。
つまり欲しいものがロクにない、と。
WIRなども、常に、多様な業種の会員の拡大に努めてきたのもその辺の事情があるようです。
これはまた、地域通貨のプラス残の違法な(地域通貨の輪のなかでそう決めているだけですが)本位通貨への割引販売を生み出す理由にもなりました。
つまり、リングのなかに自分は欲しいものはないが、プラス残がある。
直接本位通貨と交換できないが、他の会員で輪のなかで購入したいものがある会員に自分のプラス残をディスカウントして売り、本位通貨を手に入れるというわけです。
地域通貨の場合、地域通貨と本位貨幣の間に相場をたてない、つまり直接、通貨間の売買をできないようにしていますが、(それがないと、交換リング様の地域通貨はすぐつぶれます。
)そうしたローカル・マネーでのマイナスの利子の導入は貨幣保有に対する懲罰性よりも、リングの会員の多様化を求める活動につながったりする側面もあったりして(つまり自分の欲しいモノの提供者を積極的にリングに勧誘する動機付けとなる)点でも評価できるかなと思っています。
この点は戦前での欧州の実践で着目されたのですが、30年代になぜ広がったのかというと、その通貨を受け入れる人間を増やそうとする動機が自然に生まれるということがあったようです。
国家紙券に保有税をかける場合は、状況としては、それまで使用されている国民通貨(それは金融システムの債務証書ですが)と別に、statemoneyとしていわば地域通貨を国レベルでやる、国家紙券を減価する貨幣として出すことになるでしょうが、その場合、まず、国民通貨をためておいて、国家紙券を使う、そしてそうした貨幣にかかる税を回避しようとする動機が強く働きますので、Vはすごい値になります。
利用者からみれば回転率がたかまるほど、取引額でみた税負担額は減りますが、国家にはそれを1年間流通したあと償還するのにちょうど相応する課税額が入ります。
それは一定なわけです。
国民からみると、最初に発行した額で国が行った事業によって、それに相応する実物資産が残り、それがちょうど負担した税額に対応すると同時に、その貨幣の発行によって実現された取引はそのまま国民の利益となっています。
そうした意味で、その税額はきわめて薄い税で、貨幣保有に対する懲罰という表現もあてはまりにくい程度のものかもしれません。
人為的に取引を活発にしていいかどうかという問題はやはり質の問題がからむと思います。
いちばんいい例が、減価する貨幣システムをもっていた欧州中世は、歴史上まれにみるほどの多数の職人たちが、高い報酬でよい仕事を数多くしました。
貨幣利子がマイナスになるということは、長期投資がゼロ利子でも成立することを意味しますから、長期に価値が維持されるものへの投資が生まれます。
そこで中世では、カテドラルのてっぺんにまで石の彫刻がほどこされるような需要がでてきました。
そのために働いた職人たちは、日曜と月曜の週休二日で、高報酬で仕事をしたそうです。
この時代が終わったあとロクな建築物ができないことを思いますと、プラス利子で取引が活発になることと、マイナス利子のシステムで取引が活発になることとでは、経済の質の変化に与える影響力には違いがあると考えています。
現行の政府のスペンディングによる人為的刺激は、経済の質を悪くする方向にしか働いていない感じですし。

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