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地域通貨でよく話題になる累積債務はどう捉えたら良いのでしょうか。

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蓮田さん
この「累積債務」については、何度も聞かれたことがあって、
その度にいろいろ答えたのですが、この間、私が口を開く前に、
たまたま隣にいた(来月からラオスに帰る)友人が、こんなことを言いました。

「向こう(ラオス)ならそういうことは起きない。
 ラオスでは、モーホーンという誰でもお世話になる日常の宗教儀礼があって、
 それを行えるのはお年寄りだけだから。みんなお年寄りに世話になって、
 (あたりまえだけど)その分のお礼をする。身よりのないお年寄りでも、
 それで暮らしていける」

つまり彼がいうのは、お年寄りにマイナスがたまるのは、地域通貨の問題というよ
り、お年寄りから役割を奪ってる世の中の方の問題じゃないか、(地域通貨はそれを明
るみに出すだけ)ということでしょう。

せっかく明らかになったのだから(地域通貨には他にも「問題顕在化」の機能があ
ると思います)、「その次」を考えるというが自然だと思いました。

「その次」には、ボランティアにもあった互酬や負い目の問題を考える、
(それで見つかるのは、世界中のどこでもOKの普遍的な解決、ではないかもしれ
ませんが)ことになるのかもしれません。

Morino,Eiichi
マイナスがたまった人の反対側にはプラスがたまった
人がいますね。その人は自分の能力を評価されて
プラスがたまったわけ、つまり評価されたわけでしょ。
もし、マイナスを作ってくれる人がいなかったら、プラス
を貯めた人はためようにもためられない。彼や彼女の
能力は眠れる地域資産というわけ。彼や彼女がどんな
に優れた能力や資源をもっていたにしても要望して
くれる人がいなければ無なわけさ。
お勉強、してから地域通貨に参加、なんていってる
人はおべんきょ、してから呼吸をするようなものかも。
呼吸をする前に窒息している(笑)。地域通貨はすでに
事実であり、参加する人とそうでない人がいるだけで
しょう。

地域通貨ではシステムによって「貸し借り」の縛りの強度は
さまざまでしょう。1年間でプラス・マイナスをリセットするところ
だってあります。
むしろ、重度障害者やお年寄りのマイナスポイントの多さを
問題にする側の心性ですね。健常で、誰に借りもなく一人前
になってると思いこんでる。世間様にはなんの負い目もなく
自分ひとりで誰の世話になることもなく生きてきた、世話になって
も代金はちゃんと支払い、借りなどない、と。自分の能力、資産
はすべて我が身のもので、と。でも、そうかなと気づかせてくれる
側面も地域通貨はもってますよ。
私たちは赤子にて生まれました。わがことば、自分の能力、自己の物、
わたしの関わり、それらすべてを背中にしょって生まれてきたのでしょ
うか。すべては人と社会に負っています。勤労によってその借りを
返している最中です。人は「必然的に支払い不能で死ぬ債務者
である」(P.J.Proudhon)と思います。Letsの計算をいかように立てよう
が、我が身のバランスシートで、人は高齢者や障害者を手助けする
ことがありとせば、まず、我が身の債務の返済のチャンスが与えられて
いると考えることができると思います。
それでも人は世の中から負ったものを返済しきれずに死ぬのです。
このことを知った者だけが、だからこの世を去るときに、世の中と
自分の関わりがあったものたちに「ありがとう」と感謝のことばを
発して死ぬのです。そのことばが最後に返済しきれなかった分を
相殺し、バランスシートはゼロとなるのでしょう。
円をためこんで死ぬものは、おそらく感謝の気持ちを表明して
この世をさることはないでしょう。

まあ、地域通貨をしてない方々が鬼の首をとったように
地域通貨債務者の発生を問題にするんでしょうね。
世間に積み上がった莫大な不良資産、不良債権を問題
にすることなく。

山中さん
私は次のように考えます。
お互い様、互酬の考え方を広く捉えることが第1に必要です。重度障害者の
例で考えた場合、その方は健常者の身代わりになっているのであって、荷物
などではありません。誰でもその立場になり得るし、その場合どのように接す
ればその人が少しでも苦痛が減るか、表現は適切でないかもしれませんが、
健常者の教材となっているのです。

 第2の問題として健常者から世話を受けることに遠慮があったり負い目を
感じる場合の対処の仕方ですが、そもそもそのように感じさせるのは健常者
の考え方、感じ方に端を発しているからとも言えます。

 しかしながら考え方を転換させるのは簡単ではありません。そこでどなたか
が記されているように、コーディネーターの役割も大切でしょう。

 ささやかな体験に過ぎませんが、WATやRRのやり取りで感じたことは、
マイナスの場合 お世話になっている、プラスの場合 お役に立っている、
と感じることができ、それは信頼されている、信頼している、の関係確認で
自己を取り戻すことに繋がっています。

 

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