「自由経済研究」第44号

「自由経済研究」第44号、2016年11月25日刊、が刊行されています。
目次
エンダービーの計算貨幣論に関する試論 結城剛志
漸進的に解体された国家(中) シルビオ・ゲゼル
札を配りなおす–FDRモメント(1) 森野榮一
発行
ぱる出版
〒160-0003 東京都新宿区若葉1-9-16
電話 03-3353-2835
FAX 03-3353-2826
 
定価 本体1000円+税

「自由経済研究」第43号

「自由経済研究」第43号、2016年6月15日刊、が刊行されています。
目次
漸進的に解体された国家(上) シルビオ・ゲゼル
シルビオ・ゲゼル派のNWO運動史 グュンター・バルチュ
発行
ぱる出版
〒160−0003 東京都新宿区若葉1−9−16
電話 03−3353−2835
FAX 03−3353−2826
 
定価 本体1000円+税

自由経済研究、第37号、2012年6月刊

自由経済研究、第37号、2012年6月、が刊行されています。

特集 ワットシステム
大規模な破滅的事象後の復興のためのP2P経済 斎藤賢爾ほか
ぼくらのおカネをつくろうよ(下) 森野榮一ほか
社会主義の経済学と哲学 ノーマン・バリー

編集 ゲゼル研究会
発行 ぱる出版
〒160ー0003 新宿区若葉1ー9ー16
電話 03ー3353ー2835
FAX 03ー3353ー2826

入手ご希望の方は上記へお申し込みください。

生き残りし者

一ヶ月経っても、大震災とその後の展開に気が落ち着かない。 
幾度も訪ねたことがある町の壊滅した光景をテレビで見せられ、思い出す挿絵が一つあった。 
第二次大戦の終わり、1945年にスイスのベルンで、シルビオ・ゲゼルの思想を紹介する書物が刊行された。 
「生き残りし者たちに、シルビオ・ゲゼルの思想」というゲゼルの言葉などを集めた平易な解説書である。 
その、「失意、信念、そして希望」という章に、この挿絵がある。
überlebenden.png
 
いま震災と原発事故による黙示録に直面して、同じ状況にあるなと思う。生き残っているという気持ちを持つことから復興へ向かいたい。 (森野榮一)

quote of the day ドル崩壊の予兆?

アジアタイムスの金融危機に関する一文を読んだ。金融パニックがドル崩壊の予兆かもしれないとの議論が目にとまった。

「現在の危機と1929年のクラッシュとの間には平行するものが多くあるが、主要な相違は米ドルのグローバルな様相である。1929年には、ドルは上り坂で、まもなく世界の準備通貨として英国ポンドの影を薄いものにしていった。さらに米国経済は基本的にはたいへん強力であったので、1934年に米国は通貨を金に結びつけることができた唯一の大国であった。

以来、米ドルの特権化された「リザーブ通貨」の地位は米国の持続的な繁栄の主要な要因であった。このドルの難攻不落の地位が、米国の富の枯渇をごまかし、いまや公表された債務がGDPの100%近くにのぼるところまで米国国債を首尾良く増やすための米国の支配を成功させてきたのである。米国政府の債務の総量は、IOUや一時借り入れを含め、いまや驚異的な50兆ドル、GDPの5倍にもなっている。ドルがたんに別の通貨であったなら、このことはけっして可能ではなかったであろう。

しかし今日の危機で、ドルはグローバルな金融のドラマのなかで、おそらく主演俳優として最後の主役を演じている。別の、より強く、債務を背負い込んでいない通貨が舞台の袖で老いた紳士が最後の役目を終えるのを待っている。

ドルの崩壊は連邦政府が無視することで促進されている。米国経済を再構築し、生産性を取り戻し、インフレによらずに富を創造する政策を実行するのでなく、議会は単に、古くさい崩壊している建物にファイナンスしている。」(ジョン・ブラウン)

quote of the day 100%リザーブ

いま、昨秋の金融・経済危機を歴史の一こまにするかのような期待が、オバマの大統領就任の日に向けてふくらんでいる。噂では7000億ドルにものぼる経済刺激策が発表され、これが本年下期には経済を危機から脱出させるにちがいないという期待だ。

しかし、昨秋来経験している信用崩壊の現実は、より根本的な私たちの金融システムへの懐疑をもたらしているはずだ。

部分準備の金融システムが債務マネーをふくらませてきたことへの反省が、かつての大恐慌後提起された100%リザーブのシカゴプランへの関心を喚起している。

そんな折、「金融資本が産業資本を麻痺さる仕方:部分準備銀行業の役割」という一文を読んだ。文中に、ジョン・ホットソンからの引用を見かけたので、ちょっとご紹介。

「100%リザーブプランが・・・債務マネーを終わらせるだろう。・・・政府貨幣[法定通貨]が「良貨」である。なぜなら利子や債務とは無縁に流通に投ぜられるからだ。そうして改革の後、比較的僅かな置き換えの費用で貨幣の有用な機能が紙幣や鋳貨を歓迎されないものとする。・・・商業銀行が作り出す貨幣は「悪貨」である。なぜなら利付きで流通に投ぜられるからだ。そして誰かが利子の支払いを受け入れ、銀行が貸し付けを続ける意思がある限りでのみ存在するものにすぎないからだ。」(ジョン・ホットソン、「債務マネーシステムの終焉」[Hotson, J. “Ending the Debt Money System”, Challenge, March-April 1985, pp.48-50.])

quote of the day 090104

イスラエル軍地上部隊、ガザ侵攻。

第一次世界大戦に反対して暗殺されたジャン・ジョレスの言。

「雲が嵐をもたらすように資本主義は戦争をもたらす。」

ということなのかもしれない。

金融・経済危機で昨年、1バレル140ドル台から30ドル台まで急落していた原油価格は反転上昇の兆し。この2日には、WTIは46.34ドルをつけた。これにつられてか、コモディティ市場はどれも上昇に向かう気配だ。投機マネーが再びコモディティ市場に戻ってくるようなことがあれば、世界経済の不安定性は増すばかりだろう。

ケインズの『一般理論』第六篇末尾

「現在、人々はふだんと違っていっそう根本的な診断を待望しており、それを受け入れようとする気持ちはとくに強く、それが少なくとももっともらしいものであれば、それを試みてみることを熱望している。しかし、このような現在の機運は別としても、経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であるとみずから信じている実践家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透はただちにではなく、ある時間をおいた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、二五歳ないし三十歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、したがって官僚や政治家やさらには扇動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である。」

いま、根本的診断が必要なときではないのか。

quote of the day 081225 流動性の罠

深まるばかりの金融・経済危機のなか、各国中銀は競って政策金利を引き下げている。

しかしこれによって経済刺激の効果があるかはギモン。

いわゆる流動性の罠だが、「貨幣当局が利子率に対する効果的支配力を失っている」状況下、あらためてケインズの指摘の該当部分を振り返って確認しておくことも必要か。

『一般理論』、第15章、流動性への心理的および営業的誘因のなかで、こう述べられていた。

「利子率がある水準にまで低下した後では、ほとんどすべての人が、きわめて低い率の利子しか生まない債権を保有するよりも現金の方を選好するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。この場合には、貨幣当局は利子率に対する効果的支配力を失っているであろう。しかし、この極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、現在までのところでは私はその例を知らない。」(GT,p.207.)

私たちはケインズが見たことがなく、予測した事態を眼前にしているわけだ。

2004 Quote of the day

  • 「昨日の危機は明日の冗談だ。」La crise d’hier est la blague de demain(Herbert georges Wells)
  • 「凡そ學たるものは、いわゆる温故知新の道理てふものにて、古へを知りて今を知り、己れを知りて彼れを知り、四通八達至らさる所なからしむ、こを学問の本体とし侍る、それ故に学者いやしくも今を知らむとほつせは、かならす先つこを古へに考へ知らさるへからす、彼れを知らむとほつせは、必すまつこを(注:まずこれを)おのれに考へ知らさるへからさるものとす、故に今彼の西洋の學をなさむとほつせは、かならす先つ我か国古今のことを学ひそのうへ漢土の學を究め、しかして後ち始めて西洋の學を攻(おさ)むるを要すへし、近来書生の風習たる、都て己れの国のことを知らすして、徒らに彼の西洋の言語を学ひ、僅かに彼の書を読ミ、やゝ新奇のことなとを覚へ侍りて、己れは人の知らさることをも知れる顔にて、更になにらの考へもなく、ミつからもて足れるとし、常に意気揚々として人に誇る、いと片腹いたきことならすや、かく近来の洋学者と称するものは、往時の漢学者と称するものよりも劣り侍りて、実に(ケに:げに)その用をなすことなく、諺に言へるなま兵法は大疵の基なりとの譬(たとえ)の如く、却て害をなすことすくなからすと考え侍る」(西周、『十燈影問答』)

    こういう言は西周のような天才でなければ、容易に言い得ぬものですが、この国の知識人はまったく指摘される通りと思っています。農、環境等の分野にても然り。09:08:03morino

  • 「 あなたが電話をかける、クレジットカードで品物を買う、雑誌を購読する、税金を払う、どんなときでも、その情報はどこかのデータベースのなかに入っていく。そのうえ、こうした記録はすべて、リンクできる。だから事実上、あなたの生活の一つの調査書類ができあがる。あなたの医療や金融の履歴ばかりでなく、あなたが買ったもの、旅行した場所、交流した相手もだ。さまざまな組織があなたに関して保持するファイルのすべてを知ることは不可能だし、いわんやその正確性を保証したり、それにアクセスできる者をコントロールすることなどできはしない。各種の組織がそれら自身のためにさまざまな源泉から記録をリンクする。確かに、ローンの申し込みを受け、ジョン・ドウが過去二年間、四種の似た貸付に滞納がないか知ることは銀行のためである。こうした情報を銀行がもつということは、銀行が不良貸付のコストを転嫁するその他の顧客を助けもする。そのうえ、こうした情報は支払い履歴が完璧なジェーン・ロウが、彼女がこれまで一度も見たことがないお店で支払い口座を作ることを可能にする。しかしながら、その同じ情報が悪人の手に握られると、ビジネスの防御も顧客へのよりよいサービスも提供しはしないのだ。泥棒は盗んだクレジットカード番号を使い、犠牲者の支払い記録上で取引をする。殺人者は政府が保持するアドレスコードを調べてターゲットを追いつめる。別のレベルでは、合衆国国税庁はメーリングリスト運営会社が集めた家計所得の見積もりに基づき監査する納税者を選びだそうとした。個人に関してさまざまな組織が集めた増え続ける情報がリンクされうる。なぜなら、これらはどれも、米国では問題となる個人を識別するために社会保障番号という同じキーを使うからだ。この識別子に基づいたアプローチは必然的に個人の自由をトレードオフする。(その関心が彼らを詐欺から守るためか、マーケッティングの目標を決めるためかにかかわらず)組織がもつ情報が多くなるほど、人々が保持するプライバシーとコントロールはより少なくなる。・・・」
    (デビッド・チャウム、「電子上のプライバシーを実現する」、This article appeared in Scientific American, August 1992, p. 96-101.)
  • 「由来我公同自治の典制は、民衆が適所に就き、隣閭修睦して自ら治まるのであれ
    ば、其政治的施設は、只だ善く自ら治まる可く仕向くるが常例であり常則である。故
    に大化令に於いて善く古来の成俗を正たし、井伍互に相検察するの法典を定められた
    ものにして、其遺習は我邑里構成の根基を成し、戦国喪乱の時代に於てすら「民の自
    ら治まる所に随ひ之を統ふ」と云う根本大是を立て、邑里民衆に対しては、成る可く
    官の干渉を避けたものである。若し万事都て官吏の手に治むるとなれば莫大なる政費
    を要し、其負担の為に民衆を苦しめ、是に依り非違奸濫紛起し、遂には一民一官を付
    するも及ばさるに至ると誡めてある。」(権藤成卿、「制度の研究」、第二巻、第三
    号、昭和11年3月号)

    古来の誡めを知るべきときか。

  • 「世界のあらゆる国の貨幣制度において、各マルクにつき年間10プフェニヒの税を 共同社会がこのマルクを所有する者の負担で課税する。そのマルクが事業所のレジス
    ターのなかにあるか、ストッキングのなかにあるか、銀行に保管されているかは問わ ない。

    ・・・ 貨幣が商品とみなされず、商品所有者たちに商品交換の調停者とみなされるなら、そ こで、その交換に貨幣を調達するのはだれであろうか。もちろん、貨幣の保有者であ
    る。それで取引で扱われる商品は交換される、すなわち他の商品と交換され、商品の 製造者は貨幣がその交換を媒介するものと前提し、それゆえ、貨幣が存在しなければ
    商品は販売されず、交換されなくなる。しかし、交換を媒介する貨幣の保有者は彼が 好むときに商品を購入することができる。彼は今日それをなしうるし、明日すること
    もできる。まったく彼は強制されることがない。商品は打ち負かされ、彼はこれを無 価値なものにすることができるのだ。彼は商品 に優位し、実際上その所有者である。なぜなら、彼は商品を交換に従わせるであろう
    紙券を持っているからだ。

    貨幣が商品と区別されずに、傷み、商品のごとくさび付くなら、貨幣は商品と同じ関 係のなかで苦しみ、商品が死ぬのであれば、その配分者である貨幣もまた死ぬ。商品
    が死ねば、その交換の媒介物であることがその存在目的、存在資格である貨幣も死ぬ のである。商品の販売を通してのみ製造業者はその所有者である。なぜなら販売のみ
    が所有権を、またその代金を彼にもたらすからである。」(シルビオ・ゲゼル、『社 会国家への架け橋としての貨幣制度における改革』、1891年、ブエノス・アイレ
    ス)

  • 「貨幣は決して統計ではないし、動的なシステムである。通貨は動き(Tat)なのであって、物質ではないし、今日まで間違って、人が金本位に期待したような貨幣をなす金属の自動的副産物でもない。」(シルビオ・ゲゼル)
  • 「凡そ負債者も、乙酉の年より以前の物は利を収めること莫かれ、若し既に身を役せられたる者あらば利のためにまでは役せらるヽことを得ず」(持統天皇元年丁亥の詔、権藤成卿、『農村自救論』より重引)
  • 「我々は敵を一人殺害するにつき32万2千ドル使っていると見積られている。
    米国におけるいわゆる貧困との戦争で<貧者>に分類された人間一人につき53ドルしか使っていないのにだ。それにこの53ドルも多くは貧者でない人間のサラリーに消えていく。我々はベトナムにおける戦争をエスカレートさせてきた。そして貧困に対する小戦闘を縮小してきた。我々が殺戮を止めねばならないとするなら、我々が変わりうるどのような生活を望むのか、その構想が問われている。」マーチン・ルーサー・キング・ジュニア、「ベトナムにおける戦争の諸原因」、1967年2月25日。
  • 2004-02-28市場経済と資本主義の相反性について
    「’資本主義’という表現は’市場経済’と同義ではなく、市場経済の独占的逸脱と 同じである。当然にも人は完全競争の市場経済を’資本主義’と呼ぶことに反対する
    -19、20世紀の「資本家的」と名付けられた経済の病理学的退行の形態つまり実 際の競争経済の実効的な対立物を強調する。しかし、もしそうであるならば、こうし
    た歴史的退行には異なった別の用語が必要である・・・したがって我々は完全競争の 自由な市場経済から、・・・つまるところ我々が「資本家的」と呼ぶ19,20世紀
    の退嬰的な補助金に頼る、独占的で、保護主義的で、複層化した経済を区別する。」
    (aus dem Nachwaort von Sibylle Toennies “Die liberale Kritik des Liberalismus”
    zu Prof. Dr. Alexander Ruestow(1885-1963): Die Religion der Marktwirtschaft,
    Muenster 2001. Walter Eucken Archiv — Reihe Zweite Aufklaerung Band 2.S.179-180.
    Besonders empfehlenswert ist das Kapitel “Der dritte Weg” auf den
    Seiten 41-100 dieses Buches.)
  • 2004-02-28市場経済と資本主義の相反性について
    「’資本主義’という表現は’市場経済’と同義ではなく、市場経済の独占的逸脱と 同じである。当然にも人は完全競争の市場経済を’資本主義’と呼ぶことに反対する
    -19、20世紀の「資本家的」と名付けられた経済の病理学的退行の形態つまり実 際の競争経済の実効的な対立物を強調する。しかし、もしそうであるならば、こうし
    た歴史的退行には異なった別の用語が必要である・・・したがって我々は完全競争の 自由な市場経済から、・・・つまるところ我々が「資本家的」と呼ぶ19,20世紀
    の退嬰的な補助金に頼る、独占的で、保護主義的で、複層化した経済を区別する。」
    (aus dem Nachwaort von Sibylle Toennies “Die liberale Kritik des Liberalismus”
    zu Prof. Dr. Alexander Ruestow(1885-1963): Die Religion der Marktwirtschaft,
    Muenster 2001. Walter Eucken Archiv — Reihe Zweite Aufklaerung Band 2.S.179-180.
    Besonders empfehlenswert ist das Kapitel “Der dritte Weg” auf den
    Seiten 41-100 dieses Buches.)
  • 2004-02-28私がそれを指摘した最初ではないが、共産主義を破った資本主義は民主主義に対して同じことをしているようにみえる。市場は立派に振る舞っているけれども、我々はそうではない。Ian
    Frazier
  • 「しかしアーヴィング・フィッシャーは銀行貨幣を考慮して貨幣数量理論 を厳密に論述した最初の人間たちのひとりとしてよく知られている。1911 年の『貨幣の購買力』で、彼は有名な交換方程式 MV+M’V’=PTを
    提起しており、そこで彼は預金通貨のMと信用貨幣のMにつき、異なった速 度VとV’を区別している。取引量が独立な仕方で決定されると仮定すると、 たとえば需要と供給が唯一相対価格の動きを説明するような一般均衡理論
    におけるような場合であるが、決済の習慣や金融機関がVやV’を決定し、M’ は準備金の倍数であり、それで、一般物価水準Pは貨幣創造に比例して変化 する。人はもっとも伝統的なマネタリストの議論を知ることになろう。米国の歴史
    に刻み込まれた、60年代の「緑背貨幣(グリーンバック)」から「大インフレ」へ の エピソードである。これについてエールの経済学者(フィッシャーを指す)は現代の
    理論家がいうような諸個人の行動やポートフォリオの選択よりも金融機関の役割 を強調している。」(Robert Boyer, D’un krach boursier
    a l’autre: Irving Fisher revisite, 1988.)
  • 貨幣は鉄道のようなものだ、単に商品交換を媒介する国家の仕組みにすぎない。これを利用する者は誰でも利用料金を支払わねばならない。(シルビオ・ゲゼル、『貨幣の国有化』、1892年)
  • 『貨幣に関する座談会答問抄』より。2004-01-21

    「問貨幣政策の具体的な目標--実行標準を問う。答物の価値は都て貨幣を以てその標準をとる。その合理不合理の議論は暫く措き、地球上に国を成したる各地域の各範囲内に於ては、金若しくは銀を以て貨幣の本位を定めている。それから産とは動産不動産であるが、これを細別すれば、その種類性質甚だ複雑である。
    併し人類存活の物質、例えば土地の如き、また物資を製作するの機関の如き、また物資の取り扱いをなす機関の如き、また物資の流通配給をなす機関の如き、皆な産として価値をなすものである。そこで産そのものを占有していれば自ら利益を取得さるるのである。而して貨幣は産そのものを占有する力を具備している。
    人類の心的、形的の労働は業である。衣食住物資製出の都ては皆この業の力に待つものである。故に業に対する政治的若しくは社会的措置が調斉を失えば、人類の共存は必ず不安全となるのである。経済の要則たる原料、労力、資本の均衡を全うするという意は、この義に外ならぬのである。併し資本力のみに特権の権力を認めてきた欧州の、近世幣帑組織を模擬した我貨幣制度は、今日の百弊続出を招致せし原因である。我国の現行法度に於て産そのものは如何なる程度に保証され居るや、また民衆一般の業、即ち労力は如何なる程度に保証され居るや、苟も彼れに利にして是れに不利なるものあれば、その調斉を破り、多数民衆の生存を脅威するに至るべきは、当然の結果と見なければならぬ。
    貨幣の占有者、その最も多く貨幣を占有している者は、謂ゆる資産家である。資産家は直ちに資本の供給者で、容易に産業の占有者となり、原料も直ちに資本権の支配に帰し、労力も亦資本権の支配に帰し、遂に人類の存活に利用されねばならぬ物資の配給は、その調斉を破り、今日の如き不自然界を現出する訳となる。
    我古来の産業制度は、単に民衆の衣食住を調斉する目的にあったから、法制の発布も亦この目的を離るるを戒めてあった。故に、資産に対する個人の特権を認めるのは己むを得ざる場合のみに限り、一般国民の職業に対し厚く保証を与えることとなっていた。これが大化以来、農地の売買、または宅地家屋の売買、または山林沢梁の独占が厳禁されて居った訳で、只だこの種の施設に依って貨幣の威力を緩和して、民衆の共存機関を保持したものである。
    明治に至って、我国も亦欧州式の私有財産制度に一変し、社稷全部の資産が恣ままに一部少数人に独占される事となり、法律の条規は随って之を保証して、株式会社日本銀行に、兌換発行の特権を与え、資本力万能の国となしたものである。
    その結果、農民ならざるものが農地を占有するを不合理としたる古制の大旨も、住宅の安定を以て民心和平の本源としたる政刑の目的も、全然滅絶し尽したものである。
    由来、共存共栄を以て社稷の要道となし、深く民物の独占行為を憎悪した我故俗が、現今の如き、農地兼併、住宅併有、山林も沼沢も幾んど余すところなく独占し、而かもその独占機能が時価を生じ、法律上之を有価物件と認められ、強制執行まで出来るようになり、そして謂ゆる資本主義機構の下、百事百般の梗塞、行詰りとなったのは、ただこれ異性異質の西洋文明を模擬模倣し、習慣を無視して不自然な制度を布いた結果である。
    日本には自ら日本の沿革習慣がある。何をするにも全く之を無視することは出来ぬ。仮令その沿革を襲わぬとしても、克くその利弊を明かにしてこれを決行せねばならぬ。明治の貨幣制度冊(原文はこの字にりっとうが付く字体)定は寧ろこの点の推究が漫然であったのである。」(権藤成卿)

  • 「かくてこの見方がどれほど簡単明瞭と思われようとも、しかし、 これを詳細な点にまで立ち入って展開するとなると大きな困難 に逢着する。われわれはほとんど一歩ごとに敵対的な見解に
    突き当たり、しかもこれらの若干は素人だけでなく専門家の一 般意識にも深く根を下ろしている。あるいはまた、われわれは 一見すると矛盾そのものと思われる結論に達する。私はこの
    困難をなんとか口先でごまかし去ろうなどとはせず、本当に 取り除こうと真面目に骨を折ってきた。しかし、もっと多くの文才 か、もっと多くの自由な時間をもっていたならば、すべてはまだまだ
    簡単に、平易にかつまた明確に叙述できたはずであったろうと思っ ている。」(ヨハン・グスタフ・クヌート・ヴィクセル、『貨幣利子と物価』、 1898年)
  • 「なにが事実なのか、繰り返し繰り返し幾度も、なにが事実なのか。希望的観測を避け、神聖な啓示を無視して、星々が示すものを忘れて、世評に近寄らず、隣人が考えていることなど気にかけず、想像しえぬ’歴史の審決’など断じて考慮せぬ、なにが事実であるのか、かくも無数の小数点以下の桁数にとって。君はいつだって未知の未来にいちばんに入っていく、事実だけが君のチャンスなんだ。事実を我が物とせよ。」(ラザルス・ロング)