金貨

森鷗外の作品に「金貨」というのがある。鷗外のものだからお読みになったことがある人もいるかもしれない。

左官職人の八が駅で見かけた立派な人物に惹かれ、後をつけ、その屋敷に泥棒に入る。

家人が寝静まった頃、屋敷内を物色するのだが、机の引き出しが目に止まり、中を探ると手紙や封筒ばかりだが、なかに銀金物を取り付けた金入れをみつける。中にはじゃらじゃらいうものが入っている。金入れは屋敷の主人が欧州に出かけた折にパリで買い求めたものだ。八が金入れをあけると貨幣が入っている。貨幣は大小さまざま。しかし八には見慣れぬ貨幣だ。それらのなかに八は金色燦然たる貨幣をみつける。

そうしてこれさえ取ればいいやと、腹掛けに入れる。それは八には光る金貨に見えたのだ。だが八は家人に見つかってしまう。

何をとったのか、家人が調べると、引き出しにあった西洋の貨幣がない、そしてなくなったのはそれだけだと。

主人はおかしさをこらえながら八を問いつめる。八は、「旦那、済みません」と罪を認める。

「皆外国貨幣だな」と家人がいう。

主人は「洋行したときに集めたのだが、Poundや二十Francsや二十Markのようなものは、入用なときに両替して使つてしまつた」といい、つまらない銀貨ばかりが残ったのだという。そのなかに黄色いのが一つ。八が金貨と思ったのがあった。

しかし、それは、「黄いろいには相違ないが、これは只のsouですよ」と家人が指摘する。主人は、「はゝゝゝ。確かにSouだ。大枚五Centimesだ」と。

Sou(スー)は昔の(フランス革命以降の)フランスの貨幣、それも小銭だ。小銭がアルミ製になる前の銅製の硬貨で、1フラン=100サンチームで、5サンチームに相当した。まあ、いまの五円玉くらいのものかもしれない。

八は主人と家人のやりとりをきいて、「黄いろく光つてゐるのが金貨でないといふことだけは分つた」。

八は主人に「お前は好いから行け、泥棒なんぞになるものぢあないぞ」といわれて放免される。

貧しい者がそうそう金貨など手にしはしない。八が赤金の銅貨を金貨と間違えたのは仕方がない。

ぼくは、ビットコインのようなデジタルゴールドを資産と思い込んで人が殺到しているのをみると、この作品を思い出してしまう。

デジタルゴールドがデジタル・スーであることに、八が笑われながら気付かされたのと同じように、人は気づかされることになるのかもしれないと。ビットコインも5サンチーム銅貨かもしらんよ。

One thought on “金貨

  1. 当初の投稿で、記憶違いから鷗外の作品名を黄金としてしまいました。ただしくは「金貨」でした。修正いたしました。

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