無情講

quoteoftheday2016-04-14 無情講

地域通貨が熱かった頃、それを説明するのに手を変え品を変えて説明しなければならなかった。それでその仕組みの有り様を説明するのに、大衆が何を必要とし、どのような組織や社会的枠組みを自発的に作り出してきたのか、歴史的事例を取り上げる機会もしばしばだった。

例えば、講である。これは、フォーマルに統治機構によって作り出されたものではない。あくまで衆庶がその社会的ニーズに応えるために自主的に取り組まれたものだ。

そのニーズは多様だから講の種類も多かった。貧者には身につまされる例もあった。例えば無情講である。なんで無情なのか。葬式を出す講だから。

「近き頃貧賤無禄のやから無情講とて組々をさだめ少ツヽの懸銭を集め其中に死の先だつものあればそのつみ銭を以て講中より合 のべ送り不足なき程にとり調ふ
[近ごろ此事大に流行り木魚講と称し大なる木魚に紐付て首にかけてこれを打ツヽ念仏をとなふれば其外これにつれて大声に念仏してのべ送りするなり(入子枕)]」

と、喜多村信節、『嬉遊笑覧』(文政13年)にあり。喜多村信節は文献考証家であり随筆家であったが、貧乏人が少しずつ掛け金を積立て、死んだら講中の仲間にのべ送りしてもらう光景が目に浮かびますね。

これ相互扶助の枠組みのひとつですね。信節が「入子枕」から引用している木魚講の文章もいいですね。

(森野榮一)