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quote of the day ドル崩壊の予兆?

アジアタイムスの金融危機に関する一文を読んだ。金融パニックがドル崩壊の予兆かもしれないとの議論が目にとまった。

「現在の危機と1929年のクラッシュとの間には平行するものが多くあるが、主要な相違は米ドルのグローバルな様相である。1929年には、ドルは上り坂で、まもなく世界の準備通貨として英国ポンドの影を薄いものにしていった。さらに米国経済は基本的にはたいへん強力であったので、1934年に米国は通貨を金に結びつけることができた唯一の大国であった。

以来、米ドルの特権化された「リザーブ通貨」の地位は米国の持続的な繁栄の主要な要因であった。このドルの難攻不落の地位が、米国の富の枯渇をごまかし、いまや公表された債務がGDPの100%近くにのぼるところまで米国国債を首尾良く増やすための米国の支配を成功させてきたのである。米国政府の債務の総量は、IOUや一時借り入れを含め、いまや驚異的な50兆ドル、GDPの5倍にもなっている。ドルがたんに別の通貨であったなら、このことはけっして可能ではなかったであろう。

しかし今日の危機で、ドルはグローバルな金融のドラマのなかで、おそらく主演俳優として最後の主役を演じている。別の、より強く、債務を背負い込んでいない通貨が舞台の袖で老いた紳士が最後の役目を終えるのを待っている。

ドルの崩壊は連邦政府が無視することで促進されている。米国経済を再構築し、生産性を取り戻し、インフレによらずに富を創造する政策を実行するのでなく、議会は単に、古くさい崩壊している建物にファイナンスしている。」(ジョン・ブラウン)

quote of the day 100%リザーブ

いま、昨秋の金融・経済危機を歴史の一こまにするかのような期待が、オバマの大統領就任の日に向けてふくらんでいる。噂では7000億ドルにものぼる経済刺激策が発表され、これが本年下期には経済を危機から脱出させるにちがいないという期待だ。

しかし、昨秋来経験している信用崩壊の現実は、より根本的な私たちの金融システムへの懐疑をもたらしているはずだ。

部分準備の金融システムが債務マネーをふくらませてきたことへの反省が、かつての大恐慌後提起された100%リザーブのシカゴプランへの関心を喚起している。

そんな折、「金融資本が産業資本を麻痺さる仕方:部分準備銀行業の役割」という一文を読んだ。文中に、ジョン・ホットソンからの引用を見かけたので、ちょっとご紹介。

「100%リザーブプランが・・・債務マネーを終わらせるだろう。・・・政府貨幣[法定通貨]が「良貨」である。なぜなら利子や債務とは無縁に流通に投ぜられるからだ。そうして改革の後、比較的僅かな置き換えの費用で貨幣の有用な機能が紙幣や鋳貨を歓迎されないものとする。・・・商業銀行が作り出す貨幣は「悪貨」である。なぜなら利付きで流通に投ぜられるからだ。そして誰かが利子の支払いを受け入れ、銀行が貸し付けを続ける意思がある限りでのみ存在するものにすぎないからだ。」(ジョン・ホットソン、「債務マネーシステムの終焉」[Hotson, J. "Ending the Debt Money System", Challenge, March-April 1985, pp.48-50.])

quote of the day 090104

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イスラエル軍地上部隊、ガザ侵攻。

第一次世界大戦に反対して暗殺されたジャン・ジョレスの言。

「雲が嵐をもたらすように資本主義は戦争をもたらす。」

ということなのかもしれない。

金融・経済危機で昨年、1バレル140ドル台から30ドル台まで急落していた原油価格は反転上昇の兆し。この2日には、WTIは46.34ドルをつけた。これにつられてか、コモディティ市場はどれも上昇に向かう気配だ。投機マネーが再びコモディティ市場に戻ってくるようなことがあれば、世界経済の不安定性は増すばかりだろう。

ケインズの『一般理論』第六篇末尾

「現在、人々はふだんと違っていっそう根本的な診断を待望しており、それを受け入れようとする気持ちはとくに強く、それが少なくとももっともらしいものであれば、それを試みてみることを熱望している。しかし、このような現在の機運は別としても、経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であるとみずから信じている実践家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透はただちにではなく、ある時間をおいた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、二五歳ないし三十歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、したがって官僚や政治家やさらには扇動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である。」

いま、根本的診断が必要なときではないのか。

quote of the day 081225 流動性の罠

深まるばかりの金融・経済危機のなか、各国中銀は競って政策金利を引き下げている。

しかしこれによって経済刺激の効果があるかはギモン。

いわゆる流動性の罠だが、「貨幣当局が利子率に対する効果的支配力を失っている」状況下、あらためてケインズの指摘の該当部分を振り返って確認しておくことも必要か。

『一般理論』、第15章、流動性への心理的および営業的誘因のなかで、こう述べられていた。

「利子率がある水準にまで低下した後では、ほとんどすべての人が、きわめて低い率の利子しか生まない債権を保有するよりも現金の方を選好するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。この場合には、貨幣当局は利子率に対する効果的支配力を失っているであろう。しかし、この極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、現在までのところでは私はその例を知らない。」(GT,p.207.)

私たちはケインズが見たことがなく、予測した事態を眼前にしているわけだ。

2004 Quote of the day

  • 「昨日の危機は明日の冗談だ。」La crise d'hier est la blague de demain(Herbert georges Wells)
  • 「凡そ學たるものは、いわゆる温故知新の道理てふものにて、古へを知りて今を知り、己れを知りて彼れを知り、四通八達至らさる所なからしむ、こを学問の本体とし侍る、それ故に学者いやしくも今を知らむとほつせは、かならす先つこを古へに考へ知らさるへからす、彼れを知らむとほつせは、必すまつこを(注:まずこれを)おのれに考へ知らさるへからさるものとす、故に今彼の西洋の學をなさむとほつせは、かならす先つ我か国古今のことを学ひそのうへ漢土の學を究め、しかして後ち始めて西洋の學を攻(おさ)むるを要すへし、近来書生の風習たる、都て己れの国のことを知らすして、徒らに彼の西洋の言語を学ひ、僅かに彼の書を読ミ、やゝ新奇のことなとを覚へ侍りて、己れは人の知らさることをも知れる顔にて、更になにらの考へもなく、ミつからもて足れるとし、常に意気揚々として人に誇る、いと片腹いたきことならすや、かく近来の洋学者と称するものは、往時の漢学者と称するものよりも劣り侍りて、実に(ケに:げに)その用をなすことなく、諺に言へるなま兵法は大疵の基なりとの譬(たとえ)の如く、却て害をなすことすくなからすと考え侍る」(西周、『十燈影問答』)

    こういう言は西周のような天才でなければ、容易に言い得ぬものですが、この国の知識人はまったく指摘される通りと思っています。農、環境等の分野にても然り。09:08:03morino
  • 「 あなたが電話をかける、クレジットカードで品物を買う、雑誌を購読する、税金を払う、どんなときでも、その情報はどこかのデータベースのなかに入っていく。そのうえ、こうした記録はすべて、リンクできる。だから事実上、あなたの生活の一つの調査書類ができあがる。あなたの医療や金融の履歴ばかりでなく、あなたが買ったもの、旅行した場所、交流した相手もだ。さまざまな組織があなたに関して保持するファイルのすべてを知ることは不可能だし、いわんやその正確性を保証したり、それにアクセスできる者をコントロールすることなどできはしない。各種の組織がそれら自身のためにさまざまな源泉から記録をリンクする。確かに、ローンの申し込みを受け、ジョン・ドウが過去二年間、四種の似た貸付に滞納がないか知ることは銀行のためである。こうした情報を銀行がもつということは、銀行が不良貸付のコストを転嫁するその他の顧客を助けもする。そのうえ、こうした情報は支払い履歴が完璧なジェーン・ロウが、彼女がこれまで一度も見たことがないお店で支払い口座を作ることを可能にする。しかしながら、その同じ情報が悪人の手に握られると、ビジネスの防御も顧客へのよりよいサービスも提供しはしないのだ。泥棒は盗んだクレジットカード番号を使い、犠牲者の支払い記録上で取引をする。殺人者は政府が保持するアドレスコードを調べてターゲットを追いつめる。別のレベルでは、合衆国国税庁はメーリングリスト運営会社が集めた家計所得の見積もりに基づき監査する納税者を選びだそうとした。個人に関してさまざまな組織が集めた増え続ける情報がリンクされうる。なぜなら、これらはどれも、米国では問題となる個人を識別するために社会保障番号という同じキーを使うからだ。この識別子に基づいたアプローチは必然的に個人の自由をトレードオフする。(その関心が彼らを詐欺から守るためか、マーケッティングの目標を決めるためかにかかわらず)組織がもつ情報が多くなるほど、人々が保持するプライバシーとコントロールはより少なくなる。・・・」
    (デビッド・チャウム、「電子上のプライバシーを実現する」、This article appeared in Scientific American, August 1992, p. 96-101.)
  • 「由来我公同自治の典制は、民衆が適所に就き、隣閭修睦して自ら治まるのであれ ば、其政治的施設は、只だ善く自ら治まる可く仕向くるが常例であり常則である。故 に大化令に於いて善く古来の成俗を正たし、井伍互に相検察するの法典を定められた ものにして、其遺習は我邑里構成の根基を成し、戦国喪乱の時代に於てすら「民の自 ら治まる所に随ひ之を統ふ」と云う根本大是を立て、邑里民衆に対しては、成る可く 官の干渉を避けたものである。若し万事都て官吏の手に治むるとなれば莫大なる政費 を要し、其負担の為に民衆を苦しめ、是に依り非違奸濫紛起し、遂には一民一官を付 するも及ばさるに至ると誡めてある。」(権藤成卿、「制度の研究」、第二巻、第三 号、昭和11年3月号)

    古来の誡めを知るべきときか。

  • 「世界のあらゆる国の貨幣制度において、各マルクにつき年間10プフェニヒの税を 共同社会がこのマルクを所有する者の負担で課税する。そのマルクが事業所のレジス ターのなかにあるか、ストッキングのなかにあるか、銀行に保管されているかは問わ ない。

    ・・・ 貨幣が商品とみなされず、商品所有者たちに商品交換の調停者とみなされるなら、そ こで、その交換に貨幣を調達するのはだれであろうか。もちろん、貨幣の保有者であ る。それで取引で扱われる商品は交換される、すなわち他の商品と交換され、商品の 製造者は貨幣がその交換を媒介するものと前提し、それゆえ、貨幣が存在しなければ 商品は販売されず、交換されなくなる。しかし、交換を媒介する貨幣の保有者は彼が 好むときに商品を購入することができる。彼は今日それをなしうるし、明日すること もできる。まったく彼は強制されることがない。商品は打ち負かされ、彼はこれを無 価値なものにすることができるのだ。彼は商品 に優位し、実際上その所有者である。なぜなら、彼は商品を交換に従わせるであろう 紙券を持っているからだ。

    貨幣が商品と区別されずに、傷み、商品のごとくさび付くなら、貨幣は商品と同じ関 係のなかで苦しみ、商品が死ぬのであれば、その配分者である貨幣もまた死ぬ。商品 が死ねば、その交換の媒介物であることがその存在目的、存在資格である貨幣も死ぬ のである。商品の販売を通してのみ製造業者はその所有者である。なぜなら販売のみ が所有権を、またその代金を彼にもたらすからである。」(シルビオ・ゲゼル、『社 会国家への架け橋としての貨幣制度における改革』、1891年、ブエノス・アイレ ス)
  • 「貨幣は決して統計ではないし、動的なシステムである。通貨は動き(Tat)なのであって、物質ではないし、今日まで間違って、人が金本位に期待したような貨幣をなす金属の自動的副産物でもない。」(シルビオ・ゲゼル)
  • 「凡そ負債者も、乙酉の年より以前の物は利を収めること莫かれ、若し既に身を役せられたる者あらば利のためにまでは役せらるヽことを得ず」(持統天皇元年丁亥の詔、権藤成卿、『農村自救論』より重引)
  • 「我々は敵を一人殺害するにつき32万2千ドル使っていると見積られている。
    米国におけるいわゆる貧困との戦争で<貧者>に分類された人間一人につき53ドルしか使っていないのにだ。それにこの53ドルも多くは貧者でない人間のサラリーに消えていく。我々はベトナムにおける戦争をエスカレートさせてきた。そして貧困に対する小戦闘を縮小してきた。我々が殺戮を止めねばならないとするなら、我々が変わりうるどのような生活を望むのか、その構想が問われている。」マーチン・ルーサー・キング・ジュニア、「ベトナムにおける戦争の諸原因」、1967年2月25日。
  • 2004-02-28市場経済と資本主義の相反性について
    「'資本主義'という表現は'市場経済'と同義ではなく、市場経済の独占的逸脱と 同じである。当然にも人は完全競争の市場経済を'資本主義'と呼ぶことに反対する -19、20世紀の「資本家的」と名付けられた経済の病理学的退行の形態つまり実 際の競争経済の実効的な対立物を強調する。しかし、もしそうであるならば、こうし た歴史的退行には異なった別の用語が必要である・・・したがって我々は完全競争の 自由な市場経済から、・・・つまるところ我々が「資本家的」と呼ぶ19,20世紀 の退嬰的な補助金に頼る、独占的で、保護主義的で、複層化した経済を区別する。」
    (aus dem Nachwaort von Sibylle Toennies "Die liberale Kritik des Liberalismus" zu Prof. Dr. Alexander Ruestow(1885-1963): Die Religion der Marktwirtschaft, Muenster 2001. Walter Eucken Archiv -- Reihe Zweite Aufklaerung Band 2.S.179-180. Besonders empfehlenswert ist das Kapitel "Der dritte Weg" auf den Seiten 41-100 dieses Buches.)
  • 2004-02-28市場経済と資本主義の相反性について
    「'資本主義'という表現は'市場経済'と同義ではなく、市場経済の独占的逸脱と 同じである。当然にも人は完全競争の市場経済を'資本主義'と呼ぶことに反対する -19、20世紀の「資本家的」と名付けられた経済の病理学的退行の形態つまり実 際の競争経済の実効的な対立物を強調する。しかし、もしそうであるならば、こうし た歴史的退行には異なった別の用語が必要である・・・したがって我々は完全競争の 自由な市場経済から、・・・つまるところ我々が「資本家的」と呼ぶ19,20世紀 の退嬰的な補助金に頼る、独占的で、保護主義的で、複層化した経済を区別する。」
    (aus dem Nachwaort von Sibylle Toennies "Die liberale Kritik des Liberalismus" zu Prof. Dr. Alexander Ruestow(1885-1963): Die Religion der Marktwirtschaft, Muenster 2001. Walter Eucken Archiv -- Reihe Zweite Aufklaerung Band 2.S.179-180. Besonders empfehlenswert ist das Kapitel "Der dritte Weg" auf den Seiten 41-100 dieses Buches.)
  • 2004-02-28私がそれを指摘した最初ではないが、共産主義を破った資本主義は民主主義に対して同じことをしているようにみえる。市場は立派に振る舞っているけれども、我々はそうではない。Ian Frazier
  • 「しかしアーヴィング・フィッシャーは銀行貨幣を考慮して貨幣数量理論 を厳密に論述した最初の人間たちのひとりとしてよく知られている。1911 年の『貨幣の購買力』で、彼は有名な交換方程式 MV+M'V'=PTを 提起しており、そこで彼は預金通貨のMと信用貨幣のMにつき、異なった速 度VとV'を区別している。取引量が独立な仕方で決定されると仮定すると、 たとえば需要と供給が唯一相対価格の動きを説明するような一般均衡理論 におけるような場合であるが、決済の習慣や金融機関がVやV'を決定し、M' は準備金の倍数であり、それで、一般物価水準Pは貨幣創造に比例して変化 する。人はもっとも伝統的なマネタリストの議論を知ることになろう。米国の歴史 に刻み込まれた、60年代の「緑背貨幣(グリーンバック)」から「大インフレ」へ の エピソードである。これについてエールの経済学者(フィッシャーを指す)は現代の 理論家がいうような諸個人の行動やポートフォリオの選択よりも金融機関の役割 を強調している。」(Robert Boyer, D'un krach boursier a l'autre: Irving Fisher revisite, 1988.)
  • 貨幣は鉄道のようなものだ、単に商品交換を媒介する国家の仕組みにすぎない。これを利用する者は誰でも利用料金を支払わねばならない。(シルビオ・ゲゼル、『貨幣の国有化』、1892年)
  • 『貨幣に関する座談会答問抄』より。2004-01-21

    「問貨幣政策の具体的な目標--実行標準を問う。答物の価値は都て貨幣を以てその標準をとる。その合理不合理の議論は暫く措き、地球上に国を成したる各地域の各範囲内に於ては、金若しくは銀を以て貨幣の本位を定めている。それから産とは動産不動産であるが、これを細別すれば、その種類性質甚だ複雑である。
    併し人類存活の物質、例えば土地の如き、また物資を製作するの機関の如き、また物資の取り扱いをなす機関の如き、また物資の流通配給をなす機関の如き、皆な産として価値をなすものである。そこで産そのものを占有していれば自ら利益を取得さるるのである。而して貨幣は産そのものを占有する力を具備している。
    人類の心的、形的の労働は業である。衣食住物資製出の都ては皆この業の力に待つものである。故に業に対する政治的若しくは社会的措置が調斉を失えば、人類の共存は必ず不安全となるのである。経済の要則たる原料、労力、資本の均衡を全うするという意は、この義に外ならぬのである。併し資本力のみに特権の権力を認めてきた欧州の、近世幣帑組織を模擬した我貨幣制度は、今日の百弊続出を招致せし原因である。我国の現行法度に於て産そのものは如何なる程度に保証され居るや、また民衆一般の業、即ち労力は如何なる程度に保証され居るや、苟も彼れに利にして是れに不利なるものあれば、その調斉を破り、多数民衆の生存を脅威するに至るべきは、当然の結果と見なければならぬ。
    貨幣の占有者、その最も多く貨幣を占有している者は、謂ゆる資産家である。資産家は直ちに資本の供給者で、容易に産業の占有者となり、原料も直ちに資本権の支配に帰し、労力も亦資本権の支配に帰し、遂に人類の存活に利用されねばならぬ物資の配給は、その調斉を破り、今日の如き不自然界を現出する訳となる。
    我古来の産業制度は、単に民衆の衣食住を調斉する目的にあったから、法制の発布も亦この目的を離るるを戒めてあった。故に、資産に対する個人の特権を認めるのは己むを得ざる場合のみに限り、一般国民の職業に対し厚く保証を与えることとなっていた。これが大化以来、農地の売買、または宅地家屋の売買、または山林沢梁の独占が厳禁されて居った訳で、只だこの種の施設に依って貨幣の威力を緩和して、民衆の共存機関を保持したものである。
    明治に至って、我国も亦欧州式の私有財産制度に一変し、社稷全部の資産が恣ままに一部少数人に独占される事となり、法律の条規は随って之を保証して、株式会社日本銀行に、兌換発行の特権を与え、資本力万能の国となしたものである。
    その結果、農民ならざるものが農地を占有するを不合理としたる古制の大旨も、住宅の安定を以て民心和平の本源としたる政刑の目的も、全然滅絶し尽したものである。
    由来、共存共栄を以て社稷の要道となし、深く民物の独占行為を憎悪した我故俗が、現今の如き、農地兼併、住宅併有、山林も沼沢も幾んど余すところなく独占し、而かもその独占機能が時価を生じ、法律上之を有価物件と認められ、強制執行まで出来るようになり、そして謂ゆる資本主義機構の下、百事百般の梗塞、行詰りとなったのは、ただこれ異性異質の西洋文明を模擬模倣し、習慣を無視して不自然な制度を布いた結果である。
    日本には自ら日本の沿革習慣がある。何をするにも全く之を無視することは出来ぬ。仮令その沿革を襲わぬとしても、克くその利弊を明かにしてこれを決行せねばならぬ。明治の貨幣制度冊(原文はこの字にりっとうが付く字体)定は寧ろこの点の推究が漫然であったのである。」(権藤成卿)
  • 「かくてこの見方がどれほど簡単明瞭と思われようとも、しかし、 これを詳細な点にまで立ち入って展開するとなると大きな困難 に逢着する。われわれはほとんど一歩ごとに敵対的な見解に 突き当たり、しかもこれらの若干は素人だけでなく専門家の一 般意識にも深く根を下ろしている。あるいはまた、われわれは 一見すると矛盾そのものと思われる結論に達する。私はこの 困難をなんとか口先でごまかし去ろうなどとはせず、本当に 取り除こうと真面目に骨を折ってきた。しかし、もっと多くの文才 か、もっと多くの自由な時間をもっていたならば、すべてはまだまだ 簡単に、平易にかつまた明確に叙述できたはずであったろうと思っ ている。」(ヨハン・グスタフ・クヌート・ヴィクセル、『貨幣利子と物価』、 1898年)
  • 「なにが事実なのか、繰り返し繰り返し幾度も、なにが事実なのか。希望的観測を避け、神聖な啓示を無視して、星々が示すものを忘れて、世評に近寄らず、隣人が考えていることなど気にかけず、想像しえぬ'歴史の審決'など断じて考慮せぬ、なにが事実であるのか、かくも無数の小数点以下の桁数にとって。君はいつだって未知の未来にいちばんに入っていく、事実だけが君のチャンスなんだ。事実を我が物とせよ。」(ラザルス・ロング)

2003 Quote of the day

  • 2003-12-07「物理学の教科書が学生から相対性理論や量子理論の革命を隠し、アインシュタインやプランクの支持者たちが追放者のように扱われる世界を想像してみよう。それはたいそう異なった世界であるだろう。その積極面はわれわれが「爆弾」をもたないということだろう。しかし、マイナス面は、レーザーや電磁波もなければ、あるいはより大事なことだが、われわれが住んでいる複雑な宇宙についてこうした諸革命が与えてくれた深遠な知識がわれわれには欠けているということだろう。幸いなことに物理学の教科書はそうではない。けれども、おそらく経済学の教科書はそうである。」(スティーヴ・キーン、「均衡と一体への固執」)
  • 2003-11-28大蔵永常、『広益国産考』、岩波文庫より

    「國産を拵ふる心得の辨余嘗て諸國遊歴せし折から見もし聞もせし事ども多かる中に、或領主の國にて産物の基を開かんとて、役所をたて奉行を置き、それそれ掛りの役人有て、いろいろの物を仕立て給ふ事あり。其一二をあげて云はんに、紙を漉かんとて、新に紙漉場をつくり、他所より楮を買入れ、餘國より漉人(すきて)を雇ひ、手傳の者をかかへ、漉立てさせたまへり。是は利を起すに似たれども、却りて損毛多し。夫紙を漉く事は農人農業の隙に稼ぎとするもの也。先十月十一月までに麥をまき仕まひて、夫より冬紙とて漉きはじめ、翌三月四月末麥刈頃まですく也。三月頃より水暖になりて紙の出来あしくなるゆゑ也夫より麥収納田植草手夏作にかかり、又八月より漉きはじめ、九月中頃まですき収め、稲収納にかかり、前に云ふごとく十月迄に麥を蒔き仕まひ、霜月より又すきかかり、春三月までに漉く事也。紙をすき出す國にては何れもみなかくのごとく農業の隙々に漉く物なれば、家内の人數少なくては漉く事できず。人を雇ひ入れては引合ふ物にはあらず。故に紙の利分といふは亭主壱人其日の働き賃百五十文にもあたり、妻女の賃七八十文、老父母五十文づつ、十四五歳ぐらゐの子供三十文位、合して三百文か四百文位の利益にあたる也。紙を漉かざる農家の男は家内縄をなひ莚を織り、女は蠶をかひ糸をとり、綿をつむぎ、機を織り、その外種々其國所にて農業の隙々の働きある物と同じ事にて、農隙(のうげき)に家内打ちより働きて賃を取るばかりにて、外にもふけとてなきもの也。故(かるがゆゑ)に人を雇ひ漉かせては引合ふものにてはなし。農家にて漉立てても捌口不自由にては益と成らざれば、其とき領主より買上場などを立て給ひて取集め、都會に出して賣捌き給はば、其ときは御益にもなるものなり。故に領主方にてすきては却りて損毛なりといへるは此譯なり。又一つに蝋燭鬢附油になる櫨の樹を植ゑそだて、國用丈も賄ひ、其餘國産になさんとて、實まきを仕立て、山をひらき、不毛の地をしつらひ、植ゑ給へり。されど實の撰びなく接木にあらざれば、三四年して實少々づつ生(な)るといへども少さく、且ならざる木多く、物入に引くらぶれば大ひに損毛なりとて退屈おこり、又其奉行轉役し、其跡役の人は心にそまずなげやりになりて、終に廢する也。或は勝手かた重役先役の仕かけたる事は廻り遠く、かつは物入等も多く別のことを思ひたちたらんがよかるべしとて、櫨の事は再び沙汰もなく廢して、その弊のみをかぞへ、罪をその者と土とに譲りぬる事あり。愚案に是等は利にのみ委しくして、法を知らずとも謂ひつべし。」

 

  • 「・・・対外債務については、いまこの瞬間、ブラッセルでヴァン・ツィーラント氏と交渉で復興のための借り入れ120億を申し出ているようにみえるシャハト博士が新生ドイツには借款の必要性はなにもないと述べているのは当然のことである。すなわち、ドイツはただ数多くの生産物を他国と交換したいだけである。自国の商品に対して同程度の消費したいと望むものを交換したいだけなのだ。

    わがプルードンは1848年にこういっていた。

    「ある国の生産物のある量を他国の生産物の等価な量と交換するためにいかなる貨幣も必要ではない。これは、貨幣がある国の生産物のある量と他国の生産物の等価な量と交換するのに必要ではないことと同様であるし、また、貨幣が二人の当事者の間で商品のある量を他者の商品のある量とバーターするためにも必要がないということだ。『交換券Bond'Echange』があれば十分なのだ。

    我々に事前の貨幣借入れを介入させることを促す銀行という悪質な周旋屋はそこでなにをすることになるのか。なにも種を蒔かなかった場所で刈り入れもせずに、寄生的な先取りをするのだ。

    ところで、この「交換券」こそが、生産者自身が、また彼らだけが確立する根拠こそが生産者の関心をひく。生産物を抵当とするproduitjustifie「交換券」でないものはなんであれ、担保を欠いたsansjustification「アッシニヤ」でしかない。・・・」(ジャン・バラル)

  • 2003-10-04全国的な年金運動が逆風にあっているとき、カリフォルニア州では再び、新たな、より複雑な万能薬、「ハムとタマゴ」計画が生み出された。その1938年版では、「ハムとタマゴ」は50歳以上のすべての失業者に「毎週木曜日に30ドル」の支払いを準備した。そのもっともユニークな性格は、それが模倣したアルバータ州での経験のように、あらゆる支払いが代用貨幣でなされ、流通させる目的で一週に一度スタンプの貼付が必要であるというものであった(Hollywood,CaliforniaPensionPlan,1938)。この計画の発案者はロイ・G・オウエンスとロバート・ノブルのようである。1937年遅く、ハリウッドの広告業者で才能あるプロモーターのウィリス・アレンがキャンペーン・マネージャーとなり、元リーダーのタウンゼントとシンクレアらからなる11人の理事会が組織された。1938年の夏までに、ほぼ80万人のカリフォルニア州民が11月の選挙のさいにハムとタマゴ計画を州民投票にかけるよう憲法修正を求める請願書に署名した。一方では、元リーダーのエピックとタウンゼント、それにシェリダン・ダウニーが、大統領の反対にもかかわらず、新たな人気取りを望んだが、上院議員の再指名の争いで上院議員マクアドーに敗れた。民主党の知事候補クルバート・オルソンはタウンゼント博士がこの計画に反対したにもかかわらず、これに賛成した。選挙でダウニーやオルソン、その他の民主党員は勝利したが、ハムとタマゴ計画は10万票の相対的に小差で否決された。
    僅差の評決はハムとタマゴ計画の推進者に1939年11月の特別選挙で再び挑戦させることになる。このときはより考え抜かれたプランが発表された。欠点ありと言われていたいくつかを取り除き、発行される代用貨幣の使用を促すよう設計されていた。しかし、老人たちは、また落胆を運命づけられた。前年の僅差の記憶が、より徹底した反対を組織させ、辛辣なキャンペーンののち、ほぼ二対一で勝利したからだ。
    (JosephE.Reeve,Monetaryreformmovements,1943)「ハムとタマゴ」計画は人間の経済75号に掲載されています。
  • 2003-10-01「私の見解では(ケインズの)「金利生活者の安楽死」はこれらすべてに対する厳密な回答であり、公正な資本主義に対する批判がもたらしたものである。利子から解放された経済は集合主義に対するオルタナティブではないのか。・・・」(ロイ・ハロッド,Roy Harrod, Dynamische Wirtschaft, 1949)
  • 2003-09-30「上記の諸示唆についての簡潔な議論で示されたのは、誰も満足のいく、確実なゼロバリア及び流動性の罠の問題を低コストで解決しうる「王道」を与えていないということである。
     グッドフレンドやブイター及びバニギルツォグロウが、その実現がゼロ・バリア問題の確実な解決でありうると主張するのはシルビオ・ゲゼルの理念である。本位貨幣並びに帳簿貨幣への課税によって、技術上の諸制限からゼロ・バリアの制約が存在するが、中銀によってマイナスのエリアに切り下げられうるのである。名目利子率の低位バリアは流動性のわなにとって必然的な条件であるが、流動性への課税によって最終的には確実に除去しうる。・・」(Norman Ehrentreich, Geldpolitik angesichts der Nullschranke der Nominalzinsen: Ein UEberblick, Zeitschrift fuer Sozialoekonomie 136/2003)
  • 2003-09-20「科学はすでにその役目を果たした。もし我々が物理的で傷みやすい富のよりよい配分を望むのであれば、これまでその目的のために用いられてきた諸手段よりもよい分配手段を見いださねばならない。別言すれば、貨幣システムをば、生活の物理的諸要因に関する現代の知に対応したものに改革しなければならない。正当化できぬ、全く異質な諸機能に加えて、所得分配に影響を与えているのは貨幣であるからである。富の収入が複雑な現代の諸方法によって生み出されるかぎりは、そしていっぱんに、種の時期から収穫までの、また、ある意図の開始から達成までの長い期間、貨幣ないしなんらかのその完全な等価物がこうした機能を果たさなければならない。必要なことは貨幣が正当な目的以外のどのような目的にも使われないようにすることである。」(Frederick Soddy,The inversion of science,1924.)
  • 2003-08-25住基ネットが本格稼働するようですね。そこでひとつ。

    「理想的な圧制はその犠牲者がそれと分からず自ら管理されるものだ。したがってもっとも完璧な奴隷とはこの上なく幸福に、かつそれと知らずに我が身を隷属させる人たちである。」(ドレスデン・ジェームズ)

  • 2003-07-24「諸国が豊かになるほどに、正貨なしで済ます状態となる。なぜなら誰にとっても正貨が交換券という名の一片の紙券によって表現されうる世界が存在するからだ」(ボアギュベール)
    昔の話ですので、ここで正貨とはespeces、貴金属貨幣の意。
  • 「交換銀行の名の下に知られている諸商業団体の基礎に 役立つ根本理念を定式化した名誉はマルセイユのマゼル 氏に属する。ひとがいやしくも彼に異議を申し立てようとす るのは看板でである。マゼル氏は1818年にその理念を 抱いていたし、1829年から、マルセイユやパリ、ブリュッ セルで交換銀行を設立した。彼はこうした種類の機関の もっとも熱心な推進者であり続けた。」 (Alfred Darimon, De la reforme des banques, 1856)
  • quote_of_the_day230703 Date: Wed, 23 Jul 2003 12:03:03 +0900 From: Morino,Eiichi 数年前にイタリアでSIMECというオルタナティブマネーを始めたGiacinto Auritiの 文章から・・・

    「貨幣価値をそのリザーブを使って正当化しようとの議論には深刻な欠点がある。なぜなら、価値の物質主義的概念に基礎を置いているからである。上記でわれわれが説 明したように、価値は物質の所有ではなく、一時的な関係とみなされるからである。 なぜならそれは常に予測や予見からなっている。ペンが価値を持つ場合、われわれは 書くということを予測する。貨幣もまたわれわれが購入することを予測するがゆえに 価値をもつ。通常、黄金の価値は金属の属性をもつものとして考慮され、従って、そ の「内在的価値」という誤った概念を登場させた。しかしどんな物とも同様に、黄金 はそれが価値をもつであろうとの同意を得てきたから価値をもっているのである。金 属が伝統的に貨幣象徴とみなされてきたために、生みだされた価値が慣習上金属に付 与されてきたのである。」(Giacinto Auriti)

  • quote_of_the_day220703 Date: Tue, 22 Jul 2003 11:29:47 Morino,Eiichi おそらくは地域通貨の淵源の一つである フルクラン・マゼルの宣言の一部を引用 しておきます。 ・・・

    貯蓄は死をもたらし-交換は生命を与える

    宣言

     公衆の理性が真剣に進歩の諸手段の研究に専念しており、 交換のシステムが広範な基礎の上で、有利な諸条件のなか で実践に移されねばならないようにみえる今日、もはや私 には沈黙を守ることは許されない。

     交換の理論の最初の提起者であり、1829年以来、私 はある協会によって我が国の厚生を現実化しようと企て、 その支店は少なくとも6か月のうちに我が国境を越えて広 がり、商業企業の観点からみて驚くべき結果をみた。しか し、その生成が成熟することはなかった。フランスは人間 的な進歩を開始したが、けっして十分な準備ができている わけではなかった。そしてもう一度間違った方向へと向か い、明々白々たる真理の地平を知ることがなかった。私の 理念に広がりや、それに含まれる、さらにいうならその論 理の力やその流れが要求する詳細を与えず、むしろ私はじ ぶんの仕事を中断した、待つためである。

     その後われわれは十分に前進した。誰もが時は来たとい う。交換とその、掲げられた旗幟の最初の擁護者は実践の 場に呼び戻される。私はここにいる!  かつて我が著作で定めた以上の確信をもって、私は我が 周囲にあらゆるその理念の支持者たち、未来の闘士を集め る。かろうじて信仰をもつ人は、これらの人々が加わらな いとあえて告白するであろうか。

     私は真理の理念である交換を宣言する。・・・

    (フルクラン・マゼル、『交換の一般協会約款』、1849年) ・・・

  • 2003-03-24「この世界は厭わしい。愛することも見ることも能わぬ。いつの日か私が所有者であるなら、神と人間たちを作り出すであろう。貧者たちはどこでであれ、私を許すのだ!」(P.J.Proudhon, Theorie de la Propriete.『所有の理論』、これは遺作3部作の一つ)
  • 2003-03-08「それにしても、人々の決定がいかようのものであろうと、我々は事態を憂慮せずにおれる。個人はちっぽけなもので、ある点までは事態の進行を妨げるのは彼らにかかっているが、それをなしながらも彼らは自分たち自身を傷つけるだけである。人類(HUMANITE)のみが偉大であり、間違いを犯すことがない。さて、人類の名において、人類はもはや戦争を望まないということができると思う。」(P.J.プルードン、『戦争と平和』より
  • 2003-02-06 全 定根、「韓国における地域通貨の現状」
    「人間の経済」、第67号、2003年2月6日刊行予定)より
     韓国における地域通貨は、ちょうど1997年のIMF事態の危機を迎えて、全地域での 経済自立及び経済活性化そして失業救済等を目的に始まっており、現在は地域共同体 の再構築やコミュニケーションの活性化 又は相互扶助等の多様な目的をもつ地域通 貨が2002年末現在、研究中のところも含め全国約20ヶ所のところで行っている。そし て現在全国の所々で地域通貨に対する関心が高まり、その運動や導入を始めようと慎 重に研究したり、試みているところも多い。しかし地域通貨が当初の意図通りに行か なく、活性化されていない地域共同体もあちこちある。これはつまり地域通貨を始め る前に十分な対話や討論そして実験等を経ないで急いで手がけたので、結局、開店休 業になったわけである。そして地域通貨の種類もLETS型が多く、又LETS型としても、 通帳を使用することなく取引のすべてを事務局か運営委員会に電話をかけて知らせる 形態を取っていた。つまりサービスを提供したい側とサービスを提供してほしい側、 また事務局のスタッフが互いに大変面倒で繁雑な作業を要求された。唯一、通帳を 使っていて盛んになっているところは、忠淸道にある大田市の「HANBAT LETS」であ る。そして時間を利用したボランティア通貨や教育通貨もある。
  • 2003-01-15: 「われわれの誰にとってもおそらく十分には明らかでないこと は諸個人やとくに個々の消費者にとって 企業の行動との共謀の 程度である。・・・我が国のほとんどの人々、またどうやら 『先進国』であるらしい世界の人々はその衣食住のすべてを生 産し提供することを企業に委任してきた。これにともなう問題 は自然自体やわれわれの自然の利用を懸念することがわれわれ の委任状の保有者によってではなく、われわれ自身によって実 行されねばならないということだ。実行することなしに心の有 り様や価値観を変えることは受動的な消費生活の別な仕方の無 意味なぜいたくにすぎない。実際、『環境の危機』は個人的に かコミュニティにおいてか、人々が配慮もなしに与えてしまっ た委任状の責任を果たす場合にのみ解決されうる。もし人々が その経済的な責任のかなりな部分を自分自身に取り戻す努力を 始めるならば、彼らが見過ごすことなく最初に発見することは 『環境上の危機』がこんなことではなく、われわれの環境や近 隣の危機でもなく、個人や家族のメンバ、コミュニティのメン バ、市民としてのわれわれの生活の危機であるということであ る。われわれが『環境上の危機』をもっているのはわれわれが 食べたり、飲んだり、働いたり、休息したり、旅行したり、ひ とりで楽しんだりすることでわれわれが自然や神が与えた世界 を破壊している経済に同意してきたからである。」 (Wendell Berry)
  • 2003-01-14: ・・自分の意のままになるNPOづくりを行政が仕掛けることは、NPOによる社会監視、新たな社会ニーズの発掘や社会サービスの提供といったNPO本来の機能を失わせることになる。しかも、行政とNPOの協働自体が歪められることにもなる。行政はコントロールできるNPOを作ろうと考えたりしないこと、市民側もそういう『官製NPO』を作ることに荷担しないことが求められている。良かれと思ってやることが、実はNPOが活躍できる市民社会を阻んでいるのである。」(「NPOってナニ? 第11回、官製NPO」、「おうみnet」第33号、2003年1月、P.1)
  • 2003-01-14: 「社会経済における流通はなにに基づいているのか。-貨幣。
    どのような原理がそれを動かすのか-貨幣。
    生産物に市場の門を開けたり閉めたりするのはなにか-貨幣。」
    (ピエール・ジョゼフ・プルードン)
  • 「貨幣はプラスの利子に導く3つの優位性を有している。
    1、貯蓄手段としてきわめて適しており、いかなる保蔵のコストも発生させない(ゲゼル)。
    2,それは貯蓄手段として高度な流動性価値を有してもいる(ゲゼル/ケインズ)
    3、他の交換手段、交換手法よりも格段に優れた取引コストの優位性をもつ(ゲゼル/ズーア)。これらの卓越性は貨幣を『交換の王座』(プルードン)につけ、貨幣に市場におけるジョーカーの地位を授与する(ズーア)。」(Klaus Schmitt, Geldanarche und Anarchofeminismus, 1989.)
  • 2003-01-12 :21世紀になったというのに、人を権威主義的に支配する左右のおぞましい傾向が目に付きます。
    ゲゼルの同志であったハンス・ティム「我々は柵のなかに押し込められたいかなる群衆にもなりたくはないし・・・また人種的ないし民族主義的集団をも望まない。」(H.Timm, "Zur Kritik der Freiwirtschaft", in "Die Freiwirtschaft",1925.)
  • 2003-01-12 アインシュタインで思い出しましたので、彼の文言をひとつ Morino,Eiichi

    「私はシルビオ・ゲゼルの魅力的な文体に熱中した。保有することが許されない貨幣の創設は所有をば別の本質的な形態で作り上げることに導くであろう。」(アルバート・アインシュタイン)[E.H.Schnell, Kapitalismus und Freiwirtschaft,1947, S.146.]

  • 2003-01-11戦争が近づいていますね。 どんな理屈をつけるにしても、戦争が強者による弱者から略奪に 変わりはないのでしょう。 そこで、経済学者、ヴィルフレート・パレートの文言をひとつ。 Morino,Eiichi

    「歴史のどの時期でも・・・われわれはやり口の似た事実に気づく・・・それは一定の人間が他者 の財を領有するために策略を使うことを可能にするものだ。われわれが変わらなさとして主張しうるのは、人間の活動が二つの異なった仕方で行使 されることを歴史がわれわれに明らかにしている ということである。生産ないし経済財の加工にこだわるか、あるいは他人が生産した財をs領有することに執着するか、である。様々な人々の間で、 戦争は、古代ではいたるところで見られたが、強者が弱者の財を領有することを可能にした。そうした人々の間では、弱者から略奪することは法によるものであり、別の時代には革命によるものであった。」 (V. Pareto, Manuel d'economie politique,1909)

  • 2003-01-10 Morino,Eiichi

    「現在、我々は"国家債務"にかかる利子を一日に百万ポンド近く支払っているが、その約三分の二は銀行が保有している。この利子が支払われる"元本"のほとんどは戦争の期間に帳簿記入で創造されたものであり、けっして現金のかたちで存在していたものではない。」(C.F.G.ギャロウェー、『豊穣の中の貧困』におけるペス・ヴィック、『国家債務』からの引用の重引。sans date. 戦前の書物です。)

  • お年玉QUOTE レオン・ワルラスもこう言っていました。 Morino,Eiichi

    「我々が享受している民主的で議会制の国家がこうした活動の水準にあるにしても、しかし経済的なまた社会的な理論の価値がそれが持つ機会には必ずしも依存していないとか、あるいは直接的には実践されないということが真実であると私は考えない。紀元2ないし3世紀のストア学派の何人かの哲学者は奴隷を解放するための道と手段とともに、奴隷制なき社会状態の厳格で正確な定式を与えたが、その計画がローマのあらゆる社会組織と矛盾することを人々に示し、どのような場合にもけっして適用されることはないであろうと主張する見事な役割を果たしたとき、短期的にみて人々が事物の秩序に満足する理由をもったにしても、そのことは彼らが真実と将来をもつのを妨げなかったのである。」(Leon Walras, Economie sociale,1885.)

  • 年始QUOTE 民族とはなにかに、年頭に当たり、思いをいたしておくのもいいかもしれません。 そこで、グスタフ・ランダウアー、「民族問題に関して」、1915年に言及したトマス・ケラーの論文から一節を。 Morino,Eiichi

    「ランダウアーは民族の概念を実体からみる観点から解放した。民族は『ひとつの多様な関係』であるので、それは絶対性でありえず、その個性は一個の文化領域を形成するあらゆる諸民族との関係のなかでのみ決定される。それ自体として民族は存在しない。またひとつの民族の内部では異質な諸要素からなる、連合的な構造による関係性が形成されねばならない。こうした関係はさまざまな信念や確信による内部的な差異化である。人種ではなく、いわゆる関係をもつ個性や『類似性』、『差異における等価性』が民族を形づくる」(ThomasKeller, Die Personalismen der Zwischenkriegszeit und diedeutsch-franzoesischen Beziehungen: Wider die deutscheKontingenzscheu.)

  • 年末QUOTE 02年もそろそろ終わりですね。今年一年も全国各地の 地域通貨の関係者の皆様にはたいへんお世話になり ました。新しい取り組みがぞくぞく登場すると同時に、 そうした取り組みがさして話題にもならぬようなかたちで ごく当たり前に登場してくる時代になりました。 その現場に居合わせていただく喜びのなかで体感 してきたものは、行き詰まったこの国の形式的な「民主 主義」ではなく、現実の多様性を尊重しあうなかで連帯 関係を築き上げる実質的な民主主義の形成が始まって いるのかなというものでした。 地域や地域主義、分散型の社会経済などが語られはじめ ました。19世紀から欧州で始まった人格主義personnalismeや 連合主義の哲学や思想がこれまでのように無視されるのでは なく、現実のなかで消化されてゆく時代がくるのかなという感じ がしています。 そこで、アッティリオ・ダネーゼの論文から・・・ Morino,Eiichi

    「実際、もともとの民主主義システムはどちらかといえば量や 多数性、数字上の平均を偏重するものである。ひとが形式的 な民主主義から実質的な民主主義に向かって進化していき たいと感じるのはそのためである。エティエンヌ・ボルヌはこう 述べていた。『人格主義と民主制は相互に、事前に調和がある わけではないが、弛緩することなく調和を確立し、再確立する ものだ』と。そしてそのなかへと新-人格主義はかけがえのない 貢献をもたらすことができる。 -人格主義的民主制のために- 人柄(personne)を語ることは多元性(pluralite)を語ることと同じ ことである。人格主義は融通の効かない全体を包摂するような 仕方で市民社会を組織しようとは思わない。反対に、ありうべき あらゆる領域を保持することを望んでいる。 ムーニエの意図しているところは民主主義に実質的な中味を 与え直すことである。形式的で量を重んずる民主主義、それは 1789年のイデオロギすなわち個人主義と抽象化の非嫡出の 成果とみなされるが、それは少なくとも間接的な仕方で、貨幣が 支配する王国のなかで、自由と内発的に動き始める力を押しつ ぶしている。・・・」 (Attilio Danese, Critique de la democratie formelle et quelques idees neo-personnalistes pour l'avenir europeen)

2002 Quote of the day

  • 「・・・贈与経済の実行は依存性を取り除く論理的な第一歩である。依存性の除去を通して、特権のない者は彼ら自身の相互的な支援の構造を作り出しうる。」http://www.rationalanarchism.org/downsizing.htm 2002-11-30
  • 白川昌生、「文化は平和-産業なのか」、SAISON ART PROGRAM NEWSLETTER, No.40 / October 2002 より
    「・・・高度成長の中、『文化は金になる』という利益追求の価値基準 が柱であったことが、歴史認識、批判の不徹底さをまねき、『文化とは 野蛮の歴史である』(W.・ベンヤミン)と認識する現実感覚の欠落を放置 させてきた。歴史、倫理を無化する教理的理論の徹底は、かえって原理 主義と普遍性に根拠を求める美術の脱イデオロギー化とフォーマリズム のさらなる精緻化を求めさせたのだが、その軌跡は利益と結果重視の 経済発展と深く共鳴し合って同時進行していたのだ。オウム事件、ニュー ヨークのテロ事件は、この教理的世界が反転したそのままの位置から共鳴 現象と一緒に生産されてきたのである。モダニズムの徹底は、『大きな物語』 を消滅させると同時に、戦争というカオスを不可避的に引きおこすのか、 あるいはゆるやかな秩序への道を作り出せるのか、私達は根底から問われて いる。  規範、原理、普遍を根拠にしてきた近代体制は、これまでにない方法での解体 と再構築を要求されている・・・」
  • 「・・・株価が下落すれば、新聞を中心に、いつものことながら、株式市場が警鐘を発しているという発言が目立つ。なぜこのような紋切型の陳腐な解説が繰り返されるのであろうか。株価が投資家の投票の結果であり、市場は経済情勢を常に正しく評価しているとみているからだ。だが、80年代の急騰やその後、今日に至る株価の異常な変動は、株式が経済実態から大きく外れた修正であることを忘れてはいけない。株式相場は経済を過大評価したり、過小評価したりしながら、常に不均衡な状態にあるのだ。現在の株式市場は、80年代に日本経済を過大評価した修正過程にあるといっていい。流動性の高い株式市場の宿命ともいえる流通市場の膨張と収縮は、実体・貨幣経済に深刻な影響を及ぼしている。それは、株式が実体経済から遊離して過剰反応したからであり、実体経済を正しく反映した相場であれば、89年末のような暴騰やその後の崩落も起こらなかったといえよう。つまり、株式市場あるいは株式市場への参加者は、経済の実像を正しく捕らえることができなかったのである。株式市場があたかも「見えざる手」のように、つねに正しい評価を下していれば問題は出てこないが、実際は多くの参加者がいるとはいえ、所詮生身の人間の判断であるから、市場の経済判断はしばしば間違った。投資家の行動が長期予想をすることではなく、目先の市場に変化を及ぼすような変化に関心を注いだことも経済からの乖離を大きくした。株式市場が経済の上部にあるという発想から「市場の警鐘」という文言が生まれているはずだ。株式市場は経済のなかの一部分でしかないのだ。「市場の警鐘」を聞き、90年代幾度となく補正予算を策定し、実行してきた結果がこの無残な姿だ。今、求められているのは、株式市場は経済の発している声を真面目に聞かなければならないことだ。真面目に聞く耳を持たなかったつけが、底なしの株価下落に繋がっているのである。9,000円が妥当という根拠はどこにもない。確かなことは不良資産・債権は増加し続けており、日本経済の病は重くなるばかりだということである。病気が悪い方向に進んでいるなかで、株式が活況になることなどあり得ない。汗水たらして得たお金が、不良資産・債権の穴埋めに消えていくのでは、経済に活力がでないのは当たり前のことだ。当たり前のことが当たり前にみえず、「市場の警鐘」などと市場を崇め、歪める報道は社会に悪影響を及ぼす。このような大本営発表が続くことが、泥沼に陥っている日本の回復を妨げている要因のひとつと考えられる。」(曽我 純、「経済収縮と いう異様に気づきつつある株式市場」(「人間の経済」、第50号、02年9月16日)
  • 川野英二、「SEL(地域交換システム)とRERS(知識相互交換ネットワーク)のフィールド調査から」、「人間の経済」、第49号より引用。・・・「当たり前のことのようであるが、地域通貨ではシステムが自動的に動いているわけではなく、ヒトが動いているのである。日本でも地域通貨導入の目的は様々あるが、フランスの地域通貨の議論でとりわけ共通して重視されているのは「社会的つながりliensocial」である。人と人とが出会う場があり、そこで新しい社会的つながり、友人関係が広がっていることがフランス地域通貨の活発さの基盤となっている。新しい技術やシステムの導入が交換を活性化させるのではなく、重要なのは人間関係が交換を活性化させるのだということである。」
  • 「ひとは軍隊の侵略には抵抗するが、思想の襲来には抗わない」(ヴィクトル・ユーゴー、『犯罪の歴史』)2002-08-18
  • 「誰であれ指数的成長が有限な世界で永久に続きうると信じる者は狂人か、さもなければ経済学者たちである。」(ケネス・ボールディング)
  • 「生産物は人類のものではない。それを彼らに与えるのはエコシステムである。したがって、貧困も汚染も正当化されない。大地が我らが真の冨である。」(GlobalResourceBankhttp://www.grb.net).2002-08-08
  • 青木秀和「国公債利払いの致命的重荷」(「人間の経済」、第39号、2002年6月11日発行)より。フルテキストはgrsjまで。
    「一九六五年に国債発行に踏み切って以来今日まで国家財政のプライマリーバランスは一貫して赤字であり、黒字になったのはバブル期の八七年度~九二年度の六年度のみである。ところがこの間であっても国債残高は減るどころか逆に累増していた。

    どうしてこのようなことになったのか。答えは至極単純である。「利払い」が原因なのである。既存債務は元本部分と利払い部分とで構成される。ここで借金をして債務返済をしたしよう。すると、まず元本部分は返済した分を新たに借り入れるという関係になるから変化しない。しかし利払い部分は純然たる新規借入なのだから、これが元本に組み入れられて借金返済後の元本は利払い分だけ膨らむことになる。

    逆にいえば、債務返済の一部を借金で賄ったとしても、利払いをすることができる現金収入があれば累積債務を減らせないまでもそれ以上増大させることない。財政用語を使えば利払いを賄うに足りるプライマリーバランスの黒字があれば、債務累積はストップするということである。

    つまりバブル期にプライマリーバランスが黒字であっても、それは利払いを全額賄うには足りず不足分を新規借金で調達せざるを得なかった。このため結果として累積債務は暫増していったということなのである。したがって〈骨太の方針〉が言うように「元利払い以上の借金を新たに行わないこと」だけでは債務残高の増大は止められないのである。」
  • 「米国に欠けているものは恥の文化だ。どんなビジネス・リーダーもたとえなにか悪いことをしてもどろぼーとはみなされない。これは一種の癌細胞だ。」ギイド・ロッシ(GuidoRossi)テレコム・イタリア前会長
  • 農民による農地の個人的所有に基づく相互主義は農工連合にまで組み上がる多元化、多中心化、権力という絶対性の相互牽制による脱権力化を特色とする社会構成を構想している。2002-07-03 Morino,Eiichi
  • 西周『百學連環第二編下』(全集、第四巻、242頁)にいわく
    「第七Money(泉貨)Circulation(通用)既に物成りて交易するも、其互に交易するところの物品其價常に互に均しきことを得す。故に其不足を暫時補ふか為に、或る他の美なる貝の數を附して互に交易せしより起るところなり。今の金銀の貨は古昔の貝より變し来るものなるか故に、化の下に貝の字を加へしものなり。此金貨、銀貨たるものは、物品の如く用をなすものにあらす。故に物品なくして金銀あるも更に用ゆる所なく、都て用をなすものは物品なり。金銀は物品のmedium(媒)にして、themeasureofprice(直段ザシ)なり。直段ザシとは物の價を測り極める矩尺(モノサシ)なり。故に金銀の貨幣たるものは別に其用あるものとなすは大なる誤りとす。凡そ人生を便利にするは、貨幣たるもの必すしもなかるへからさるものなり。」
  • 「内閣府が公表している「景気動向指数」のうちDI(ディフュージョン・インデックス、3ヵ月前に比べて景気が改善、悪化しているかを指数化したもの。50%を上回れば景気は回復方向にある)の一致指数は4月まで3ヵ月連続で50%を上回った。こうした景気動向指数の変化から、「景気は、依然厳しい状況にあるが、底入れしている」(6月の月例経済報告)との判断を示している。「景気動向指数」にはCI(コンポジット・インデックス、景気の量感を示す)という指数も公表されている。CIの一致指数は昨年12月を底に上昇、先行指数も同9、10月を最低に上向いており、景気の短期循環は上昇しているといえる。

    だが、足元の経済情勢が変化したという感触は得られず、短期的にはいくらか回復しても、近いうちに反落するリスクを抱えたままの状況ではないか。すでに「景気動向指数」のなかには、今回の景気回復が短命に終わりそうなことを示唆しているものがある。CIの先行指数よりも先行性のある一致・遅行指数は昨年7月を底に上昇しており、先行指数に5ヵ月先行している。景気が回復していけば、一致指数は上昇する半面、遅行指数は低下しているため、一致を遅行指数で除した一致・遅行指数は転換点の前後で急上昇する傾向がある。

    CIのそれぞれの前年比伸び率を比較すると、景気の変動が一層明らかになる。90年代の一致・遅行指数は、景気の山谷のいずれに対しても最も早く変化していることが分かる。4月の一致・遅行指数は前年比21.0%上昇しており、過去のピークを超えている。ということは、これ以上伸び率が上昇することは考えにくく、早晩、急低下することになり、数ヵ月遅れて先行指数、その後、一致指数という具合に下降していくことになろう。

    前回の99年1月を谷とする景気回復過程では、一致・遅行指数の前年比伸び率は谷の6ヵ月後に早くもピークを付け、その15ヵ月後が山となった。昨年12月を景気の谷とみなせば、伸び率はその4ヵ月後にピークを付けた可能性が大きい。景気に広がりがみえないことから、今回の景気循環は来年央に山を迎えることになるのではないか。99年1月を谷とした景気回復は21ヵ月と戦後最短となったが、今回はさらに短くなりそうだ。」(曽我純、「反落のリスクが窺われる景気」「人間の経済」第41号、02年7月2日)2002-07-03
  • 「消滅貨幣と地域経済」

    2001年のマネーサプライ(M2+CD)は前年比2.8%増加したが、名目GDPは1.9%減少した。GDPをマネーサプライで割った貨幣の流通速度は0.77に低下した。98年以降の貨幣の流通速度の低下は急激であり、不良債権・資産が貨幣流通の障害物として立ちはだかっていることがわかる。企業の債務免除や金融機関への公的資金の注入では、不足分を補充しているだけであり、貨幣の流通速度への影響はゼロである。貯蓄や退蔵されにくい消滅貨幣の発行により、流通速度を引き上げ、経済成長率を高めることが必要だ。東京都の全世帯542.3万世帯(2000年国勢調査)に一律20万円の消滅貨幣を配布すると、約1兆円の購買力に結びつくことになるが、月1回減価する消滅貨幣であれば、最低でも年12回持ち手が代わり、年12兆円のもの・サービスが売れることになる。消滅貨幣の導入で円の使用が減少すると予想されるが、東京都からの贈与であるので、「円」の使用量もそれほど落ちないであろう。東京都のGDPは83兆円(99年度)だが、売上高12兆円のうち付加価値を4兆円とみなせば、GDPを4.8%引き上げることになる。99年の小売業の売上高(174兆円)へのインパクトは6.9%と大きく、需要の拡大に伴い物価も上向いていくのではないか。1兆円の消滅貨幣を発行しても、東京都の財政は傷むことはない。1年後の貨幣価値をゼロにするのであれば、貨幣価値の12分の1を毎月証紙の形で回収できるからだ。1年後には発行した消滅貨幣の価値をすべて回収でき、家計は消費を楽しむことができるのである。

    税制を弄るようなことでは現状のデフレを退治することなどできはしない。家計部門の購買力を強化する以外にデフレから抜け出す方法はないのである。時価評価すれば200兆円以上の評価損を計上しなければならない土地や株式を、ここまで根気よく持ち続ける日本の経営者や過去に通用しなかった政策を飽きもせずに俎上に載せる政治家・官僚に任せておいたのでは、日本経済の再生はあり得ない。経済財政諮問会議は「骨太方針第2弾」を打ち出したが、こうした出涸らし施策では、骨粗鬆症は酷くなるばかりだ。中央に依存する姿勢を改め、地域がみずからの頭で地域のことを考えていき、解を求めていくこと以外に現状を打開する術はない。「消滅貨幣」は地域が主体性を発揮できる道具になると思うのだが。」(曽我純、「消費拡大で過剰資産解消」、「人間の経済」、第40号、02年6月27日刊行予定)
  • 「且つ金銀銭の通用出来より、聖人、自由を達し華美し、貯へ賁(かざ)り心に任す。衆人之れを視て、金の通用成りて以来、欲心始めて発り、万人凡て金を以て諸用を弁じ、栄華を欲す。故に欲心盛んに妄行の世と為る。是れ聖人の罪なり。此の金を以て諸物に易代し、己れが欲する所に足る。故に、上下、万人、金を得る則は、身望寛楽成し易し、故に一命に代へ金を惜しむ世と為る。故に人性、自然の真清神、正直の心、金銭の為に妄欲、乱情して真性を埋む妄感の世と為る。万国凡て皆、妄欲一般なり。故に船を以て万国に渡り、国産物を金銀に代へ、亡命を省みず渡海を為し、毎国市を為し、都鄙凡て物と金銭替代す。之れ売買と為し、商と名づけ之れを制す。耕さずし賁り衣(き)、貪り食ひて成る故に、妄妄として利欲のみに極泥して、自然、人倫の道は夢にも知ること無し。旅に迷ひて路を失ひ、狐狸に誑かさるる者の如し。彼は此れを誑かして利を欲し、此れは彼を誑して利し、主従、親子、兄弟、互ひに言を巧みに利を欲し、俗僧、男女、只一に金銭の為にして、身命亡滅を知らず。転下を奪ひ奪はれ、国を取り取られ、家滅を起し、人を殺し人に殺され、大盗、小賊、刑罪の為に刑戮せられ、上下貴賤、只一に金を欲する一業なり。」(安藤昌益、『自然真営道』)2002-06-23
  • 「ここで時空は異なるが、貨幣の弊害について星湖(注:18世紀朝鮮の実学者、星湖李?を指す)ほどに悩み、その弊害から抜け出す方法を考えた三人の哲学者が浮かび上がる。日本の江戸時代の三浦梅園(1723-1789)とフランスのボアギュベール(1646-1714)、そしてドイツのシルビオ・ゲゼル(1862-1930)である。この三人と星湖には、貨幣についての共通の視角がみられる。第一は貨幣の三つの機能である交換の手段、価値の尺度、保蔵の手段のうち、三つ目の貨幣の保蔵の手段に否定的視角をもっていたということである。第二は真の財貨とは金銀宝貨ではなく人間を生存させる食べ物や着るものなどの一次生産物であるという主張である。第三には、みな重農主義的な経済観を持っていた点である。」(韓睿?、「星湖李?の批判的貨幣観ー経世思想の一側面としてー」、第6回東アジア実学国際シンポジウム論文集(日本語版)、p.1162000年11月26日ー29日、日本福井県芦原町国際会館)
  • 「・・・取手という町の郊外に設立された芸大の新学部と、その活動をふくめて、アートマネージメント、またきたるべき美術の姿や働きを求めての、川俣などを中心にして動いているグループの人たち----ほとんどがそれなりの力をもっている美術関係者ばかりだが----の活動と、彼の発言の間には、ある距離、ズレがみられないだろうか。芸大は新興の郊外の都市状況を美術活動等を通じて地元の人や商店街をまきこんで活性化(?)したいともくろんでいたのだが、それはうまくいっていないと聞いている。しかし、日本の各地では、美術で町おこしという動きがあちこちでひとつの決まったパターンのように繰り返されて企画され、そうした場には川俣やその関係者がいつも顔を出す----招待されるというパターンが出来あがってしまっている。この現実はどう理解すればいいのだろう。先にのべた「文化立国21プラン」を現実化してゆくための行政勢力とみるべきだろうか。あるいは自治体自らの自発的努力とみればいいのだろうか。それにしても、これらの決定、活動はいつも下からではなく、上から、あるいはどこかの企画者が上に働きかけてやってゆくパターンになっていて、これも公共事業の方法とほとんど同じではあるまいか。」(白川昌生、「美術と公共(4)」、「人間の経済」、第37号、02年5月12日、p.4.所収)MAASサイト
  • アイルランド、ダブリンに本拠をおく持続可能な経済のための基金theFoundationfortheEconomicsofSustainabilityの文書のオーストラリアのERAによる要約です。「金融システムの運用手口が強制する経済成長A地球は有限である。そしてどのような経済成長も地球の資源活用を必要とするので、無際限な成長は持続可能性と両立しない。不幸なことに、世界中で使われるほとんどの貨幣は債務の基礎のうえに創造され、債務が返済されるときには存在することをやめる。このことが意味するのはもし世界経済が崩壊すべきでないのであれば、こうした多くの貨幣が貿易を可能にするために必要とされるがゆえに投資家がつねに魅力的な投資機会をみつけ、したがって返済する以上に借り入れられることを確保する必要があるというわけだ。言い換えれば貨幣システムは常に社会的、環境的諸限界と直接的に衝突しており、これらの諸限界に優先されねばならないと。B国内的な、また多国間の諸通貨は若干の世界の富裕な諸国によって創造され、それらはあたかも世界通貨のように使われる。擬似的な世界通貨を発行するこれら諸国は巨大な権力をもち、それら以外の諸国の犠牲において優位性を手に入れている。C個々の政府はグローバルなシステムの崩壊を阻止するために成長が社会的に、また環境的に維持可能かどうかを考慮する余地がない。というのも、経常収支や資本勘定のマネー・フローが為替市場が通貨の為替レートを決定するときひとまとめにされてしまうからだ。このことは移動する資本の所有者に為替相場を超える、さらには政府を超えるほどの過大な力を付与している。また、このことは、関係諸国の実体経済を不安定にする投機的なカネの流れが引き起こす不安定性を作り出してもいる。」
  • quote_of_the_day030100.........言葉ともの、心と体、自然と文化を商品に変えてしまうことで、我々は世界の不平等をいっそう悪化させている。世界全体の基本的な食料の生産はいま、世界のニーズの110%に達しているが、しかし毎年3千万人がいまだ飢えで死んでおり、そして8億人以上が栄養不良である。1960年には、世界の人口中、最も豊かな20%が最貧の20%の収入より30倍も多くの収入を得ていた。今日、その20%の富は82倍も多いのだ。この惑星の60億人の住民のなかでわずか5億人が快適な生活をしている、困窮する55億人の生活を置き去りにして。LeMondediplomatiqueにいつもいい記事を書いているイグナチオ・ラモネIGNACIORAMONETが「2000年」という記事を書いています。全文を参照したい方は下記。英語で読めます。
    http://www.monde-diplomatique.fr/md/en/index.html
  • 「イサカアワーズは、われわれの時間、われわれの道具、われわれの森林・土地・川などの真の資本によって支えられている。」
  • 『軍歌の後に付いていける者には脳味噌は要らない。脊髄で十分。』アルバート・アインシュタインCeluiquiestcapabledemarcherderriereunemusiquemilitairen'apasbesoind'uncerveau:unemoelleepiniereluisuffitAlbertEinstein(1879-1955)
  • [gesell2631]quote_of_the_day200100quote_of_the_day200100.........「きみは旋盤を必要としないかもしれない。十分なパンをもっているかもしれない。しかし旋盤メーカーの労働者は旋盤をつくらなければパンをうることができない。それで彼らはいま手に入るパンを獲得するために戦争用の砲弾を作る旋盤を作っている。」(ダグラス)......「新しい自動車工場は雇用を提供するとして歓迎される。しかしわれわれは新たな工場を必要としているのか。自動車工場は十分にあるのではないか。販売不振のため閉鎖されてきているのではないか。マーケットで生き残る厳しい競争を強制されて、産業はコストを削減し、消費者が商品から自分を守る必要性があるような点まで、つまり、消費者に安全でないような安価な点にまで品質を低下させてきた。」(ローボッサム)
  • quote_of_the_day160100.......10人の人間が賭け事をしようと一軒の家に集まっている。テーブルの上に銀貨を置く代わりに、彼らは賭博場が現金と引き替えに、あるいは賭博人が債務の支払い能力があればサインと引き替えに渡してくれる賭札を使う。勝負が終わると、胴元が保有者に賭札の払い戻しをする。賭博人たちは決して自分たちで清算しはしない。この小さなサークルのなかで、胴元が保証し、また受領する金額や信頼するに足る署名によっても保証されている賭札は真正の貨幣なのである。交換銀行は、ここにいう賭博場と同様の役割を果たす。(ピエール・ジョゼフ・プルードン)
  • quote_of_the_day110100........腰を下ろして、わずかな残り火で、つまり今の政治経済学で、一生懸命手を温めようとするとき、その消えゆく煌めきと、それがかつて勝ち誇ったうぬぼれの強い科学であったことを対比ぜずにはいられない。(ステファン・リーコック)
  • quote_of_the_day070100
    キリスト教徒の方は下記の言葉をどうぞ・・・..........利子を認めるどのような立法も無意味であり、無効である(教皇アレクサンダー3世)蓄財してはならないnolithesaurare(教皇クレメンス9世による鋳貨への刻印)お金を流通させず家に置いておく者は誰であれ破門されるであろう(教皇ボニファス8世)
  • 「もちろん、これはユートピアだ。しかし、こうしたことが意味ある改革のうねりを活気づけてきたのではないのか?19世紀はトクビルによって、自由のユートピアとナショナリズムの覚醒をもった。20世紀はマルクスによって公正のユートピアと社会主義を有した。両者ともその成功と悪夢をみた。歴史が示したのは自由と公正は両立しないということであった。21世紀はそのユートピアとして自由と公正を和解させる価値、すなわち友愛をもつであろう。」
    ジャック・アタリ(JacquesATTALI)マイクロファイナンスのプロジェクト(PlaNetFinance)人間にWMI(ワールド・ミニマム・インカム)を保障するようなシステムの趣意書より
  • quote_of_the_day010300「一方で、アフリカの最貧緒国の政府は、政府の収入の25%を外国の貸し手に債務支払いとして支払っている。我らが債務支払額は政府の全収入の25%に匹敵するということだ。」ガブリエル・ファビアオ・マンボ(GabrielFabiaoMambooftheMinistryofPlanningandFinanceinMozambique)
  • 「好景気の中では不良な事業契約が数多く取り結ばれる。債務は返済不可能なまで背負い込まれる。財は利益を上げて販売するのが不可能なまで生産され、蓄積される。貸付は返済が不可能なまで貸し出される。金融の領域でも、生産の領域でも、好況が破裂するとき、こうした不良契約が暴露される。いま再び回復が始まるために肝要なのは、こうしたポジションが清算されるべきだということである。」(ライオネル・ロビンズ、1935年)
  • qute_of_the_day060200........................「あなた(プルードン)が考えているような、通貨なして済ませるという考えは、別に新しいものではありません。この道の本職は何年も前から通貨の必要性は社会組織の欠如に他ならないといっております。私は、すべての人びとが勘定の振り替えによって互いに決済できるような社会を考えております。どのような形でも、あなたは公衆にこのような考えの旗を高く掲げ、この実現のための計画を提起した最初の人であるという栄誉を与えられるでありましょう。」(マドールのプルードン宛書簡、藤田勝次郎訳)
  • quote_of_the_day230402「われわれにとって生活の仕方を維持していくためにはわれわれはお互いに嘘をつかなければならない、とりわけわれわれ自身に対して。この嘘は真実に対するバリアーとして振る舞う。この障壁はそれがなければ悲惨な行為が不可能になるだろうから・・必要なものなのだ。」デリック・イエンセン(DerrickJensen)
  • quote_of_the_day260500
    「ワルラスの理論やこの線に沿ったあらゆる理論はナンセンスも同然だ」(ケインズ、ヒックスあて書簡、1934年12月9日)
  • 「自分(達)が必要とする物は自分(達)で作ろう。世界的な分業は、人を、ほんの一握りの作る人(機械があり大量生産可能。儲かる)と、大勢の作れない人(国際市場で売れる技術が無い。貧乏)に分けてしまう。分業体制に組み込まれず、自分達で出来ることをして、自給の経済をつくることが、一人一人を豊かにする。」(「ガンジー自立の思想」マハトマガンジー)
  • 世銀の言ってるデータですが・・
    イスラエル-パレスチナ戦争の経済コストはパレスチナ経済の所得の50%以上(パレスチナのGDPは45億ドル、その53%)、つまりパレスチナのGDPの半分以上がふっとんだわけだ。物理的損害は6億ドル、世銀などの国際援助者は少なくとも17億ドルが今年の緊急援助だけで必要だろう(あっ、これはInternationalHeraldTribuneからの引用だ・・)。こうした被害には、もちろん人的被害は入ってないわけ。 Morino,Eiichi
  • 「資本主義のもとでは人間が人間を搾取する。社会主義のもとではその反対が真実である。」ポーランドのことわざ
  • 「こんにち権力の頂点は貨幣を発行する権力である。もしこの権力が民主化され、最優先に社会的でエコロジカルな関心の方向に焦点が与えられるならば、いまだ世界を救済する希望が存在しうる。」(トーマス・グレコ)
  • こういう経済的に停滞した時期は人はほんとうに必要としているニーズはなにか模索し、新たな消費行動のスタイルを確立しようとしているんでしょうね。地域通貨のなかでそれを感じます。そこで、「人は自分がなしで済ませることができるモノの数に応じて豊かである」というソロー(HenryDavidThoreau)の言葉を思い出します。私は自動車は捨てましたが、これからたとえば100万円自由に使えても自動車は購入しないでしょう。なしで済ませられないモノが別にあることにも気づいてきました。 Morino,Eiichi

  • 「最終需要である個人消費を喚起する以外に経済を立ち直らせることはできない。政府のデフレ対策は法人企業ばかりに向けられているが、観点を180度変える必要がある。金融機関への資金注入や企業の借金棒引きなどの手段を講じて救済しても、経済が好転しなかったことが、90年代の教訓として活かされなければならない。30兆円を超える資金を家計のバランスシートの改善等に役立てていれば、事態はこのように深刻にはならなかったであろう。消費を刺激するような税制改正はいくらでもできたはずだし、消費税をゼロにすることもできた。相続税、贈与税、住宅資金への非課税枠の拡大等早急に変更する必要がある。消滅貨幣の導入は消費を刺激するきわめて重要な施策だ。民間部門では賃金カットが行われているが、赤字国債を発行しておきながら公務員給与にはほとんど手をつけていない。本来ならば、大幅な給与削減がなされなければならないのに、国の信用で借金し、給与に当てているのだ。公務員の給与の半分は消滅貨幣で支払う等の措置を講じる必要がある。」
    (曽我純「政府のデフレ対策、当局の貧弱な発想が露呈」、「人間の経済」第32号、02年3月11日)

  • 「公債費とは、いうまでもなく過去にした借金の元利償還に要する経費である。歳出のうち支出が義務づけられ、任意に削減できない経費を「義務的経費」という。人件費や生活保護などの扶助費そして公債費がこれにあたる。しかし、例えば愛知県がここ数年行ったように職員団体との合意が整えば「給料カット」により人件費は押さえ込むことが出来ないわけではない。この人件費とは違い公債費はどのような手段を使っても調整できるような性質の経費ではない。義務的経費中の義務的経費なのである。これが最大の伸びを示しているということは、フリーハンドで予算規模を定めることができない県財政の「硬直化」が著しく進行していることを意味する。」(青木秀和、「破綻への坂道をまっしぐら-2002年度愛知県予算案から-」、「人間の経済」、第29号、02年3月2日、p2)

  • 連帯経済はスローガンでしかないのでは?
    いいえ。20世紀は権力の集中化、位階的システム、中央集権化された経済の世紀でした。21世紀は新たな技術によって地域やコミュニティがネットワーク化する世紀でしょう。そして連帯経済がその役割を享受すべきなのです。それは社会的で互酬的な法が支配的にならねばならないということです。いま、このことは市民社会の覚醒によってオルタナティブを作り上げるということでもあります。(フランスの連帯経済大臣のギ・アスコエさんのインタビュー23日付けリベラシオン紙)

  • 「金融機関のバランスシートに記載されている資産は、貸出や有価証券から構成されているが、有価証券では貸出ができないので、日銀は買いオペなどで金融機関の所有する有価証券を買い上げ、その代金を日銀当座預金に振り込み、金融機関の手持ち現金を増やしているのだ。これが日銀が行っている量的緩和だ。日銀にとっては有価証券と銀行券が増大し、金融機関は有価証券が減少する一方、現金が増加することになる。金融機関は資産構成が変化するだけのことであり、量的緩和を実施したからといって、金融システム外に資金が豊富に流れ出すわけではない。」(曽我純、"国民を煙に巻く日銀の量的緩和"「人間の経済」、第22号、p.3)

  • 君がどれくらい連銀について知っているかのテスト。はい、か、いいえ、で答えよ

    1連邦準備制度(Fed)は連邦政府の機関である。2Fedは米国の通貨を印刷し発行する独占的な権限を有している。3Fedが会員銀行に貸し付けた貨幣につく利子は連邦政府の借金を減らすのに使われる。4Fedは準備金として指定された保有金の量によって印刷しうる通貨量が制限されている。5Fedの帳簿類は毎年監査され、公的な記録である。6大統領は連邦準備制度理事会議長を任命するけれども、議長は独立して行動する。
    NaderontheU.S.FederalReserveということでネットに回っている話

  • 「形はさまざまかはれども、心の商売に非ざるはなし。かくまで久しく人の心に染みたる金銀なればたとひ聖人出でたりとも、一朝一夕に金銀の軽く、六府の重きをば知らしめ難かるべし。」(梅園)

  • 「事態がきわめて悪いほうに向っていることを知っている者に、事態は根本的には健全であるといわせることが、資本主義にたいする脅威である」(ガルブレイス、『大恐慌1929』)

  • 「・・・金融機関に巨額の公的資金を注入し、中小企業に資金を貸し付けたけれども、実体経済は回復しないばかりか、一段悪化の方向にある。消費や設備投資がまったく盛り上がらないのは、こうした資金は不良資産・債権の処理に使われているからだ。公的資金は、金融機関のバランスシート上の返済されない不良債権になっている貸付の付け替えにすぎず、資金は瞬時に消えてなくなる。いくら公的資金を注入しても、単に、資金は実質的に帳簿価値を下回っている債権を回復させるだけで、経済的な効果は発生しない。これで不良資産・債権が完全に処理されれば、前向きな貸出等が可能になるが、これまで処理は巨額の不良資産・債権の一部を処理しただけで、大半は各経済主体のバランスシートに残っているのである。土地だけで約1千兆円の価値が消滅している現実から判断すれば、法人および家計の不良資産は天文学的な数字となっていることは想像に難くない。金融機関及び非金融法人に巨額の資金を注入したが、経済はますます混迷の度合いを強めている。これは、金融機関発表の不良債権額は氷山の一角に過ぎないことの証左ではないか。貨幣の仲介機能を主たる業務としている金融機関や最終需要家でない非金融法人に、いくら資金を注入しても経済を回復させることができないことも実証された。経済の足取りを少しでも上向かせるには、法人に資金を注入するのではなく、家計のバランスシートの改善や税制面から個人消費が上向くような支援が不可欠なのである。」(曽我純、"米大恐慌以来の資産デフレに喘ぐ日本経済"、「人間の経済」、第二号、11月30日)

  • 「(渡辺)華山はもともと現状保守的な儒教道徳を重視し、それを実地に生かすことを目標にしていましたが、いつしか『波をおこし、時代を引き上げ、はるかな世界へと進んでいく』ことをめざす尚歯会の精神運動にコミットします。そして、遂に時代の先端部まで押し出されて政治の謀略にまきこまれ、悲劇的な最期を遂げることになったのです。」(別所輿一、「書評、石川淳『渡辺華山』(筑摩書房)」

  • 「2000年度の人件費・売上高比率14.1%を80年代までの平均である12%まで引き下げるには、30.3兆円の人件費を引き下げる必要がある。一人当たりの人件費を一定と仮定すれば、人員数(役員含む)では4536万人の15%に当たる680万人を解雇しなければならないことになる。かりに、人員を現状にとどめ人件費をカットするとすれば、現在の年平均人件費は446万円から379万円になる。9月の完全失業者数は357万人だが、人件費・売上高比率を適正水準に引き下げるには、さらに680万人の整理が必要だ。約1千万人が路頭に迷うことになりかねない。今、行っている政府の緊縮財政は、失業者1千万人時代の到来を予感させる。・・」(曽我純、"消滅貨幣の導入で経済危機脱出へ"、「人間の経済」創刊号、2001年11月23日、p.5)

  • 「利害や偏見から自由で、政府の影響を受けた著述家の高慢とも無縁な情報は、きれいな空気や水が人体に必要なのと同じくらい人間精神に必要だ。」(WilliamRees-Mogg)

  • 「富の倫理的分配を促進せよ。弁解をまぎれこませるのでなく。日に1ドルに満たない所得の人間たちが暴力を鼓吹するという事実は明らかに思える。すでに、1789年のフランスの革命家たちはこう叫んでいた。<われわれが何も所有しないがゆえに万人が危険な状態におかれる>」「バットマンのいない世界でジョーカーのテロをいかに制圧するか」抜粋(10月18日付け記事)

  • 「彼らがチョコレートを食べているとき、私の肉を食べているのだと彼らに言え」とスクリーン上で19歳の奴隷状態に置かれたココア労働者が言った。」(MichelDussandier)

  • 「いま世界中で2700万人が奴隷状態に置かれている。彼らは暴力によって支配され報酬を受けずに労働を強制されている。どの国でも奴隷状態に置くのは非合法であるにもかかわらず彼らが作る生産物がグローバル経済に送りだされ、家庭に流れ込む。私たちの誰もが彼らの隷属状態から利益をえている。」http://www.freetheslaves.net/

  • 「国家それ自体が頭上に吊されたダモクレスの剣である。債務が国家を蝕み、国家を存続させる公債は他の物と同様に信用を失う。」(ルイーズ・ミシェル)(LouiseMichel,L'erenouvelle-Penseederniere-SouvenirsdeCaledonie(ChampdesCaptifs),CHAPITREII,1887.)

  • 「意識なき科学は人間にとって常に現実を語るものの残骸でしかない。ここに、商品化を第一義にすると行き着くところがある」米国のDNACopyrightInstituteについての記事があります。http://www.liberation.fr/quotidien/semaine/20010820lunh.html

  • 「豊富なエネルギーがわれわれがしているような仕方で生活することを可能にしてきた。しかし、豊富なエネルギーは「枯渇しよう」としている。北米で天然ガスは2005年までに、原油生産は2010年までに。200年間で、作り出されるのに60,000,000年も要した蓄積された太陽エネルギ(化石燃料)は燃やしつくされるであろう。」
    詳しくはhttp://www.eia.doe.gov/oiaf/aeo/index.html Morino,Eiichi

  • 生まれたばかりの人民が、政治の健全な格律を好み、国家規範の根本原則にしたがいうるためには、結果が原因となるべきこと、制度の産物たる社会的精神が、その制定自体を司ること、そしてなにより大切なのは、人々が、法が生まれる前に、彼らが法によってなるべきものになっていること、などが必要である。ルソー「社会契約論」よりaoki.hidekazu

  • 「異端的貨幣理論家は歴史的に、・・・貨幣を財とみる支配的な考え方を放棄してきた。こうした批判のなかでよく知られたもののなかには、貨幣理論に対するエントロピー法則の意義と適用という物理科学から流出してきた見解がある。もし、古典派や新古典派が推論するように、貨幣が財であるかのように扱われうるならば、それはまた、物理的世界を苦しめているのと同じ自然の帰結に苦しまないということがあるのか、ということでもある。時の経過のなかで減価を被る物理的財と異なって、貨幣債務は複利で増大していくし、だからエントロピー法則の影響から逃れているようにみえる。こうした貨幣と物理的財の非対称性のゆえに引き起こされる周期的な再調整あるいは金融危機を防止するために、シルビオ・ゲゼルやフレデリック・ソディのような19世紀後半から20世紀初めの異端的な思想家は、こうした不均衡が流動資産の保有に対する課税によってのみ除去されると考えた。まったくといってよいほど知られてはいないが、こうした異端的な思想は資本主義の診断において思想の重要な底流としてケインズによって『一般理論』で認識されている。」(マリオ・セッカレッチア、「貨幣、信用、金融、歴史的概観」、「自由経済研究」第19号、pp.62-63.) Morino,Eiichi

  • 「今日、われわれには、正しく配分された需要(rightlydistributeddemand)がより大きな総需要よりもいっそう必要である。大蔵省は困窮した領域を特別に支えるための費用をまかなうために別のところを節約する権限を与えられるであろう」(JMK,xxi,p.385.)

  • 米国財務省の助言者であったラッセル・L・ムンクはこう書いている。「銀行は顧客に融資を提供することで新規にマネーを創造する。私的な商業銀行は予備金1ドルにつきおおよそ6ドルを融資によって作りだせるのだ。・・それは融資を受ける顧客向けに単に帳簿記入するだけで行われる。それでこう言うのだ。貴君は私どもに6ドルの預金を持っている、と。・・・顧客はただカネを借りただけなのだが、銀行はその新たなカネをもっているわけだ。それで銀行がこの新たなカネから利益を得るとはあきれたものだ・・・借り入れた貨幣につく利子を支払うための貨幣も、別の貨幣が別の源泉から生まれるように、同じ源泉から発生する・・」

  • 「銀行業は、邪悪な存在であると思われており、罪を背負って生まれている。銀行家は、この地球を支配していて、彼らから貨幣を奪い去っても、信用を生み出す力が残っているため、ペンのインク一滴で、必要な貨幣を生み出すことができるであろう。彼らからその力を奪い取り、鉱山のような偉大な財産が消え去ることによって、この世界は、生活するためにより幸せで豊かな世界になる。しかし、あなた方が、銀行の奴隷となり、そのコストを払い続けようとするのなら、銀行家に貨幣をコントロールされ続けられることになる。」(SirJosiahStamp,Director,BankofEngland,c1940)

  • 「米国の所得を三つに分けたとするなら、人口の上位10%が3分の1を手に入れ、次の30%の人間が3分の1を、下層の60%が残りの3分の1を手に入れていることがわかる。米国の国富を3つに分けるとするなら、上位1%の者たちが3分の1を所有し、次の9%の人間たちが別の3分の1を所有し、下層の90%の者たちが残りの3分の1を所有している(これらの数字は少し時代遅れになりつつある。上位1%の人間が保有する国富はいま、国富の40%から50%の間にある)。」(DavidSchweickart)

  • ・・・

    ぼくは知っている、地球が有限であることを。ぼくは知っている、人口の増加、資源の枯渇、公害、ガンやその他の病気、アレルギーが起こりやすくなってることを。ぼくは知っている、支配的なイデオロギーが経済学の領域の理論や公理に基づく経済成長であることを。で、ぼくは知っている、こうなっちゃうまでの時間の問題にすぎないことを。-地球の温度が水が沸騰するまでになるか-(科学物質や核の)ごみのなかで呼吸が出来なくなって、悲惨にも朽ち果てるか-さもなければ、最後に残された資源をめぐる戦争で死ぬか

    ぼくが知らないことは、災厄が起こるシナリオのどれが起こりそうかということ。

    ぼくは知っている、人々はこの惑星上で凡そ8千世代も環境と無理のないバランスをとって暮らしてきたということを。ぼくは知っている、このバランスはこの10世代で持続できないものに本当に変わってきたということを。ぼくは知っている、いまの趨勢ではちゃんと暮らせる最後の世代が子供や孫だということ。

    ぼくは思うんだ、尊敬されるオピニオンリーダーたちはあまりにも、フェルディナンドが彼の著作の最後で述べているCO2のゼロエミッションを考慮するのを恐れて躊躇しているし、撥ね付けていると。

    CO2のゼロエミッションに焦点を当てることは自動的にその他の排出削減の必要性にも焦点を当てることになる、人口の削減、特に豊かな国でね。

    で、なんで1700人の請願する者たちや、その信念を恐れるんだろう。

    自分のためにぼくは出来る限りよい人生を続けたい。人生は死をもって終わっちゃうんだ。EricAucielエコロジー・エコノミクスのMLにあった文章です。

  • ecoleconのMLにあったAdamGottschalkさんの投稿より......

    つまるところ利子がわれわれの膨大な諸問題の原因である。森は、銀行口座のなかに放り込まれ、せいぜい10年から20年の寿命で設計された建築物に変わってしまう。D.Kortenが書いているように、純粋な金融経済(融資、利子、金融商品、デリバティブズ、その他非常識で陰険な諸活動)は現行の実体経済よりも30から50倍も巨大であり、ほとんどの貨幣は融資を通して創造される。

    この事実以上に、破滅的な運命をもたらすものはない。バブルをポンとはじけさせるだけで、ただそれだけで、これまであった以上のはるかに信じがたいことが起きるし、それは一国に限られるものではないであろう。........

  • 「実際、不労収得を生み出さず、独占的で官僚制的な支配関係の形成を引き起こすことなく、経済上の不安定性を最小限に保つためには、市場経済の制度的枠組みが根本的に改革されなければならない。」(MauriceAllais,L'impotsurlecapitaletlareformemonetaire,1988,p.247.)

  • quote_of_the_day131099_2諸国家を破滅に導くあらゆる悪徳、なかでも重要なものに4種ある。すなわち国内の争乱、高率の死亡率、土地の不毛化、貨幣価値の下落である。これらのなかで、初めの三つはあまりにも明白だ。議論の余地はない。けれども四つ目の悪徳は、貨幣から引き起こされるものだが、ほとんど認識されず、真剣に考える者もわずかだ。国家全体が瞬時に破壊されるわけではないからだ。諸国家は緩慢に、目に見えぬ仕方で衰退してゆく。コペルニクス

  • quote_of_the_day131099-2我らが経済システムにおいて、貨幣は人間身体にとっての血液と同様の機能をもっている。生命に必要なあらゆる機能が果たされるために、血液循環が間断なく保証されねばならない。貨幣についても同様である。完全雇用を実現するために貨幣を流通させる必要があるのだ。元フランス首相、エデュアール・ダラディエ、1934年ロンドン会議での発言。

  • quote_of_the_day13109999%の人々がお金の問題を見ようとしない。科学もこれを見ようとしない。経済理論もそうだし、「存在しないもの」として定義しようとさえする。われわれが貨幣経済を問題としないかぎり、我々の社会の、いかなるエコロジカルな転換の見通しも存在しはしないのだ。Hans-ChristophBinswanger

  • 「要するに、自由放任laissez-faire,laissez-passerの時代は間違いなく禁止のシステムの時代と同様に過ぎ去った。今後は、科学の諸原理が援用され、発展し、組織される。それは有機的な原理である。なぜなら、公的行為と私的行為の正常にして積極的な競合、また集合的利益と競争が共に含まれるからである。」

    チェシコフスキー、「信用と流通について」(1839)

  • われわれはカネを手に入れるために働きにいく。カネを手に入れるのは食料を手に入れるため。食料は働く力をつけるため。働く力をつけて働きにいくのはカネを手に入れるため。カネを手に入れるのは食料を手に入れるため。食料は働く力をつけるため。働く力をつけて働きにいくのはカネを手に入れるため。カネを手に入れるのは食料を手に入れるため。食料は働く力をつけるため。働く力をつけて働きにいくのはカネを手に入れるため。カネを手に入れるのは食料を手に入れるため。・・・以下同様UptonSinclair

  • data_of_the_day031099
    米国による金融の量的緩和や為替介入資金の非不胎化政策の強要など、日本がインフレ政策をとるべきとの圧力が強まっています。変調を来し始めた米国の利害が背景にありますが(もちろん国内にもインフレを期待する事情もあります)、このかん、好調を続けてきた米国というイメージの陰で、あまり言及されなかった事実があります。それは第一次大戦以降、世界じゅうへの資金供給者の地位にあった米国が80年代に入ると債務国となり、世界中から資金を吸収し、信じがたい債務を積み上げている事実です。クリントンが大統領に就任して以降の時期だけで、新規借入が1.3兆ドルもあるんですよ。途上国の累積債務額2000億ドルなんか、霞んじゃいそうですね。米国のGDPに占める対外債務の割合が増加していくスピードのすごさを示すグラフとわかりやすいコメントをDougHenwoodが提供してくれています。ご興味のある方は下記をごらんください。http://www.panix.com/~dhenwood/USForDebt.html
    このGDPに占める債務割合の急増の行き着く先は何でしょうか。せっかくの日曜、もうしわけないですが、この不気味なグラフをごらんください。

  • #1地球は球形であり、有限である。さらに、それは不変の生物物理学的法則によって支配されている。有限の空間の中での、果てしない物理的成長は不可能である。#2貨幣は、銀行がローンを与えるとき創造されるが、銀行は地球の規模を拡大することはできない。
    JayHansonのペイジ参照http://www.dieoff.org/

  • 「貨幣は、現金や金融上の信用が変換可能であるかぎり、それらのさまざまな形態をとるが、ウォルカー教授の「貨幣、交易、産業」で定義されてきたように、それがなにから出来ているかにかかわらず、またなにゆえ人がそれを望むかにかかわらず、誰も自分の生産物と引き換えに受け入れるのを拒否しないものである。こうした定義が当然とみなされるかぎり、貨幣の保有あるいは貨幣に変換しうる金融上の信用が、扱われる総ストックの一部に直接に比例して他者のサービスに対する絶対的な紐帯を確立する。さらには世の中にある信用を含む金融上の全資産が、この定義からみると、世界の物的資産と予想される生産の総帳簿価格とバランスするであろう。」(クリフォード・ヒュー・ダグラス、「経済民主制」)
  • 「恩恵とは依然として、人が道徳的楽しみを手に入れるために自分の所有物や時間を捧げる交換である・・・」(DestuttdeTracy,Traitedelavolonte)
  • 「銀行が貨幣を創造するメカニズムはいっぱんに理解されていないし、このことは明らかに高度な重要性をもっているので、ここで説明を繰り返しておくのもよいかもしれない。新しい銀行が作られるとする。・・・10人の預金者がこの銀行にそれぞれ法定貨幣で100ポンド預金する。公衆に対する銀行の債務は1000ポンドである。この10人の預金者はお互いにビジネスをしており、現金を引き出し個々に支払いをするよりも銀行に彼らの口座で調整させるほうが事業に都合がよいことがわかる。少しして銀行はビジネスのわずか10%(英国では0.7%から1%)が現金でなされることに注目する。残りはほとんど帳簿上でなされるにすぎない。このとき、製造業者である10番目の預金者は大量の注文を受けた。彼は販売するまでに、賃金や給与、その他支出という、彼が注文を受けた時点でもっている以上の「資金」を支払わなければならない。・・・こうした困難のなかでかれは銀行に相談する。・・銀行は彼自身がもつ100ポンドの預金を引き出す以上の、100ポンドの当座貸越を認める・・全部で200ポンドである。3か月後の返済が102ポンドという条件でだ。・・100ポンドの当座貸越は10番目の預金者の口座に振り込まれ、200ポンド引き出せるというわけだ。・・

    ・・新たな貨幣が100ポンド、銀行家のペンの一走りでつくりだされた。10番目の預金者は幸運にも当座貸越を得て、従業員に賃金や給与を支払う。こうした賃金や給与は、銀行家の利子も含めて、すべてがコストに入る。あらゆるコストが公衆がその財を購入するさいの価格に入るのだ。・・・財の販売で公衆から得た102ポンドが銀行に支払われる。・・」(ダグラス少佐、「信用の独占」)

  • (アルベルト・メロ、「テリトワール(生活圏):地域民主主義評論」誌、369号、1996年)の続きです。ま、5年前の時点での話ですが。

    「私的権力の覇権!500年前に起こったことと対照的に、征服する企業に命令を下すのはもはや政治権力ではない。いかなる者をも代表せず、あるいはなんの正当性ももたない私的権力が存在する。それは、資本や商品の流通の規制緩和のおかげであり、障壁を次第に低くすることに負っているのだ。日々、1兆ドルを流通に投じる巨大な金融グループは50兆ドルもかき集めることになることを想起してみるだけで十分だろう。この額はどんな中央銀行の資金力をもうわまわっているし、各国のそれを足しても届かないものだ。例えば、先進7か国(G7)の準備金の総額は40億ドルを越えない。

    この事実から、現代の征服者たちは国連加盟各国の政府を人質にとっているともいえる。また、経済危機は実体経済に由来するよりもむしろ個人を富裕化する用具としての金融権力による人為的創造物に由来する。

    経済危機の中心には私的金融権力が自由な市場で獲得した公的債務証券が存在する。この私的権力は政府の政策まで直接にコントロールしようとする。例えばムーディーズグループは最近スウェーデン政府に社会政策の変更を迫ったし、カナダは社会保障費用や行政のコストのドラスティックな切り下げを迫られた。こうした抑制をせまる別の手段は為替相場での投機であり、彼らの収益率を一定の仕方で損ないうる社会的、環境的な政策をあえて課す国家の通貨を急落させるわけだ。米国では、1994年に、利子率の高騰がウォールストリートによって直接引き起こされた。それは金融上の債権者を害するインフレの高騰を抑える目的で行われたのだ。それはまた、連邦政府の債務に係る支払い利息の高騰をまかなうため社会保障支出を大幅にカットする事態をもたらした。今日、最も恐るべきことは現在の、深刻なかたちで現れうる状況にあるのではない。より恐ろしいのは、このメカニズム、そしてその論理的な一連のステップ、その支配的文化がこうした世界大の征服戦争の一般化と拡大をあおっていることである。われわれは、超国家的な権力センターに向かうのでなく、民主的に選挙され、コントロールされているようにみえるが、無責任でコントロールされず、ただ個人の富裕化という利害のみを擁護しようと活動する国民国家の権力へとむかうプロセスを目撃している。すでに世界大の規模で限りのない無責任さをわれわれはみてきた。

    モンテスキューの民主主義の定義である権力の均衡は金融上の全体主義のなかで消滅している。民主的システムはいまある世界的な戦争の犠牲のひとつとなる危険に瀕している。グローバル化のプロセスはその過程で、権威的な国家介入の構造を含んでいる。外へと向かう自由化は各国において増大する内的抑圧を自動的にもたらすであろう。自由な世界市場は国内の産業諸部門の、また地域の重大な危機をもたらすであろうし、それゆえ、人々を保障し支持する補助金の適用に導くであろう。このことは市民生活にしだいにまとわりつく官僚化と課税強化を推し進めるだろう。そのうえ、資本の自由化は制御されざる流動性を与えられた資本に対するゼロ課税に等しい。増大する社会上の、また環境上の危機に苦しむ国家において、そのもたらすものは多数の市民の所得に対する課税の強化でしかない。こうした市民は世界大の規模のカジノ経済で賭を行うほどの資金などもってはいないのだ。

    他方で、そして重大な損失の事例として、大企業と私的銀行の債務が公的債務に転換されるということがある(メキシコの事例)。これは公債を山ほど抱え込ませ、大多数の国民にこれが押しつけられることになる。このことから出てくる収益はごく少数者のものとなり、それにかかるコストは他の大多数と・・・そして環境の負担するところとなるのだ。勝利したマネタリズムはあらゆる権力が貨幣とそれによって収益をうる者へ与えられることを意味する。社会の残余の者たちと敵対しながら、与えられるのだ。貨幣を貸し付ける者、債権者の利害を守るための、第一級の目標はゼロインフレ率を維持することであり、これは実体経済と市民社会の崩壊に至り失業の増加と社会的排除、犯罪に行き着くものだ。・・・」
  • 「政治経済学の公理、自由放任、これは「各自は自分のことだけ構えばよく、他人のことなど神に任せておけ」(chacunchezsoi,chacunpoursoi,Dieupourtous)とイコールであり、需要と供給、これは「天は自ら助くるものを助く」のことである。「嬰児殺しと貧困」「人間による人間の搾取」を論結する政治経済学は、実証的でも、現実的でも、真実でもないこと、これは二月革命において人民自身が宣言したことであったのだ。」(プルードン)

  • 「朝目覚めてから夜寝るまで、もっと広くいうなら生まれた瞬間から死ぬときまで、そしてその後まで、彼の活動はマネー・システムによって支配され、制限されている。着るもの、食べるもの、家、教育、より散文的に、また広くいうなら世界を旅したり観たりする能力、人生における職業、・・・が広範に貨幣に関わっており、しばしば貨幣以外のなにものでもないのである。」(C.H.ダグラス、「民主主義に警告する」)

  • 「金融、すなわち貨幣はコミュニティの協同や、あるいはその資産の活用を必要とするどのような行動にとっても出発点である。その主要な範囲で、金融のメカニズムのコントロールによって個人の活動や組織的な活動がコントロールされるならば、なによりも教育や情報周知、系統的な情報収集が・・・コミュニティから効果的な活動のための正常な力量を奪いさる不満の発生を最小化する・・・」(ダグラス、「信用の独占」)

  • 「民主主義の自由は、もし私的権力が国家それ自体より強力になる点にまで成長しても人民が寛容であるならば、安全なものではない。このことは、本質上、私的権力をコントロールする個人や集団、その他が政府を所有するファシズムなのである。」

    かつて、30年代、フランクリン・D・ルーズベルトはファシズムの脅威に対して上記のように警告しました。しかし、今日、国家の経済規模をしのぎ、誰の統制も監視も受けぬ多国籍企業が地球を闊歩しています。そこでは民主主義なんて存在すらしないし、彼らからは子供の戯れにみえているのかもしれません

  • 「仕事の、合法で、平均以下の報酬によって、日々の取引が控えめにつりあっている、それは極端な単調さが存在する砂漠。・・地平線上に夢を燃え上がらせろ、1スーを使って100スーを稼ぐと約束させろ、誰にでも、とてつもなく恐ろしい場所で、二時間のうちに数百万を勝ちとらせるような、不可能を追い求める催眠を提供しろ。そうすると商業のなかにエネルギーが恐ろしく満ちてくる・・」(エミール・ゾラ)[EmileZola,L'Argent]

  • 「人の言に曰く、銭は妖物たり、それ虚費、民の貧乏なる所以なり。」李星湖(18世紀朝鮮の実学者)、「銭害」より。

  • 「経済的合理性はただ、収益を極大化し費用を極小化することだけからなるのではない。より正確には、収益を継続すること、さもなければ永続化することと結びついている。・・それは統計分析が明らかにする直接的なデータ以外に、多少とも長期の予測に基づいた、あらゆる<環境>、アルフレッド・マーシャルが定義した<外部経済>を考慮させる・・。」(PierreDieterlen,L'ideologieeconomique,1964.)

  • 「現代の銀行システムの基本問題はその信用の基礎が通貨であるということである。」
    (MajorC.H.Douglas,TheMonopolyofCredit)

  • 貨幣システムの最大の攪乱要因は常に人間自身だ。シャルル・リスト

  • 巨大な力が存在する。その総計は地上の強国を幾倍にもしたものだ。それは無意識の精神である。(ユング)

  • 同等者の間でのみ正義が存在しうる。ジョン・ロールズ(JohnRawls)

  • 銀行業は不正といわれ、罪を負って生まれた。この世は銀行家のものだ。彼らから所有するものを取り去っても、彼らに信用を創造する力を残しておけば、ペンを軽く動かすだけで、彼らはこれを買い戻すに十分な貨幣を創りだしてしまうだろう。彼らからこうした力を取り去れば、どのような高貴な財宝も消え失せ、彼らも消え去っていくはずである。そうすればこの世界は住むべき世界としてもっと幸せで、よりよいものであるであろう。だがあなたが銀行家の奴隷であることを望み、あなた自身、奴隷制度のコストを負担しようとするなら、銀行家に貨幣と信用をコントロールさせなさい。SirJosiahStampバンク・オブ・イングランド(BankofEngland)総裁、1940年。

  • 一国の通貨を発行し管理することを私に任せなさい。そうすれば誰が法律を作ろうともかまわない。MayerAmschelRothschild

  • 欧州の人間や米国人の大多数は中国人と同様、貨幣権力のもたらす災厄を知ってはいるが、どんな点でみても貨幣システムの法則についてまったくなにも知らないのである。(孫文)

  • 「夫れ天下国家を有する人の豊穣と云ふは、全く金銀の上にあらず。金銀を有して豊穣とするは、商買のことなり。此故に今は上下交(こもごも)利を射て、錙銖(きわめて稀少なるもの)を争う程に、悪しく心得たる人は、政を執れる身にも、商買の術を以て国を治めんとする人もあり。乾没と経済と同じく利を求むる者なり。其差別、商買は利を以て利とす。経済は義を以て利とす。」(梅園)岩波、p52

  • 「困難の根源に立ち入るならば、まさしく複利の法則が部分的にかつ限界あるかたちでしか受容されないとき、それを人が非常に大きな範囲にまで適用したいと望む場合は幻想でしかないということである。例えば、公債の償還をなすような場合がそうだ。・・・複利で公債につぎ込まれた資金、それが生み出した創造を絶する金額は精神の戯れだ、算術の教室に放り込んでおけ。・・・実質資本は幾何級数的には増大しなかろう。一般に幾何級数は観念のなかでしか存在しないものだ。」A.A.Cournot,Traitedel'enchainementdesideesfondamentalesdanslessciencesetdansl'histoire,1861(OEuvrecompletes,TomeIII)

  • 「限りなき人の慾を、極り有る財宝にて償はんことを求めば、天下の大山高岳をして、盡く金を出ださしむるとも、米粟布帛の至宝を生ずる者をして、其業を棄てしめ、衣食器械にもならざる物に、人巧を費さしむるにすぎず。是を以って今たとひ金銀をして、天下の米粟布帛の如く多からしむとも、世唯債数の多くなるまでにて、至宝の生路は日々に薄く、人の賑ふことは有るまじきなり」(三浦梅園、「価原」)

  • 「マルクはマルクとイコールじゃあない。カネはカネと同じじゃあない。貸し付けたマルクは使ったマルク以上の価値がある。貸し付けたカネは使ったカネよりも値打ちが増えるんだ。」
    ディーター・ズーア、「失業の上に構築された経済」

  • 「購買だけでもまず開始させることができれば、事業の借入れが続くことだろう。(購買を直接刺激するという)目的のために、ユニークな"スタンプドル紙幣"のプランが編み出された。これは一種の保有税である。このプランは本書を書き終えるまでは私の注意を引かなかったが、貨幣保有をコントロールする最も効率的な方法であり、恐らく不況からの最も速い脱出の途である。」

    アーヴィング・フイッシャー、『好況と不況』、1933年。

  • 「貨幣上の債務は生産物が貨幣に変えられのでなければ、また変えられるまでは、生産物によって返済されえない。生産はそれが貨幣に変えられる場合以外は融資に対していかなる価値をももたないのだ。そして金融業者は、現存のシステムのもとでは、その繁栄を他者の債務に頼っている。金融業が見誤ってきたのは、彼らが収益を上げうるこうした債務状態には限界があるということである。」

    (ヴィンセント・ヴィッカーズ、『経済上の苦難』)

  • 「ゲゼルにはジョン・ブライトとかなり共通したところがある。・・・彼の注目すべき示唆は著者が明晰さと文芸的才能を併せ持っていることを示している。・・・取引の諸条件は理論がこれを予測し、経験がこれを改善しなければならぬ。自由に紙券を使用する諸国における不況、これに対する適切な政策は理論上は完璧さの域に達している。これ(ゲゼルの提起)は景気変動をもたらす手に負えぬ要因に関して提起されたものの一つである。通貨政策に関し、見かけ上、積極的な拡大政策を採用しても不況が長期化するのは、ただ貨幣の流通速度のいっそうの下落に原因があるといえるのだ。」

    (H.T.H.Gaitskell英国の元蔵相)

  • 「土地所有と貨幣を尊重する前世代の考え方に活用すべきものはない。新たな貨幣利子に関する考え方が最先端からやってきたのだ。それはシルビオ・ゲゼルが発展させたものだ。自由インドは資本家や大土地所有者、カーストの国家ではなく、社会的にも政治的にも真の民主主義国家であろう。」

    (チャンドラ・ボースChandraBose1897-1945)

  • 「貨幣操作の最も興味深い事例の一つが、中央ヨーロッパで1150年から1350年にかけて行われた貨幣改鋳(Bracteates)の中に見いだせる。・・・統治者は一年間に二度、三度と発行硬貨の全量を回収し、約25%の貨幣鋳造税を控除した後で新しい硬貨と引き替えた。国民のこうした貨幣改鋳から逃れようとする熱意が手工業や芸術に刺激を与えた・・・」

  • 「貨幣の流通速度管理に似た最初の事例は、興味深いことに通貨の安定化の歴史のなかにある。貨幣改鋳が1350年頃に姿を消してから、この原理は、シルビオ・ゲゼルの著作の中で再度、決定的な形で現れるまで忘れ去られていた。彼の死後、ほどなくして貨幣の流通速度の管理は1931年から33年にかけて、スタンプ貨幣の形で適用された。」

    (アーヴィング・フィッシャー、『安定通貨』、1934年)
  • 「敵対関係を構成するのは、財の希少性、主体の志向性、その不確実性である。」(PierreDieterlen,L'ideologieeconomique,1964.)

  • 「ヘブライ語で"利子を取る"ということは"拘束する"ということをも意味している。タルムードは利子を支払う者も受け取る者も連署人として斥ける。『利子を含むどのような取引も当事者双方にとって彼らがもはや連署人として受け入れられないという帰結をみる。』『利付き契約を結ぶ者たちは利子を受け取る者も支払う者も証人に耐える価値がない。』(TalmudBabli,TreatiseSanhedrin,Folio25,PageA)」(テオフィール・クリステン、「自由経済、競争と私企業に基づきながら社会的不正義と不労所得を除去した経済秩序」、1929)

    まことに利子は自立的人間を隷属状態におくということで・・

  • 「考えたり探求したりする楽しみが強制の手段や義務の感覚によって促進されうると考えるのはたいへん重大な誤りである。」(アルバート・アインシュタイン)

  • 「共同体でも、専制主義でも、孤立分散状態でも、無政府状態でもない、秩序における自由、統一における独立であるような社会的平等の状態を見いだすこと。これが解決されたら、次に残っているのは、その過渡期の最良の様式を指し示すこと、これこそ人間的な全問題なのだ。」(P.J.Proudhon)

  • 豪州経済改革(ERA)

    我々は何者か豪州経済改革はなによりも持続維持可能な発展と経済及び金融改革に関心をもつ非営利、非政党の組織である。メンバーは、世界中で利用されている債務を発生させる貨幣システムが持続不可能であり、民主主義や社会的公正、環境の尊重が成し遂げられるべきであるとすれば改革が必要であることで合意している。さらに、債務に駆り立てられる経済と緊密に結び付いた経済成長と消費は不可避的に環境破壊を加速し、高水準の失業と貧困を発生させる。ERAの基本的な哲学と目的に賛同できる人間はだれでも会員になれる。ERAはCOMER(貨幣並びに経済改革委員会)と提携している。同委員会は数多くの職業の会員からなる国際的なシンクタンクである。各ERAのメンバーは定期的に刊行されるニューズレターを購読できる(またCOMERの経済学者たちによるCOMERペーパーとして知られる季刊のニューズレターも要望があれば、購読できる)。これらは、制作費と送料を負担すれば入手可能である。

    オーストラリアは長期にわたる金融上の、また貿易上の規制緩和によって破壊されてきた。その結果として、巨額の債務、とりわけ対外債務を発生させ、金融システムは外国為替市場の投機や海外の債権者によって支配されてきた。これはひとりオーストラリアばかりではないが。今日の国際金融システムは地球上の生存システムの主要な脅威となっている。それは、オーストラリアや第三世界の諸国を含めた多くの国民経済を隷属させる債務とそれに係る利子の水準を発生させているのだ。

    オーストラリアにおいて、公的部門と私的部門の債務の総計は1兆ドルを越えている(つい最近のデータはオーストラリア統計局並びにオーストラリア準備銀行から入手できる)。この債務のほとんどは私的部門におけるもの(とくに企業のそれ)ではあるが、政府の負債のゆえに納税者が毎年負担しなければならない額がおよそ200億ドルにもなるということは明白な事実である。この資金は必要不可欠なインフラ整備や環境プロジェクトに支出されるべきであるのだ。さらに、国内の債務総額は海外からの資金総量を越えている。このことの目をそらすことのできない帰結は、過大な債務がときがたつほどに払いきれなくなっていくことだ。こうした状況のなかでは、全般的な金融危機が近い将来、不可避にみえるということである。

    ERAの長期的な目標は、社会的に、また環境的に、そして金融的に持続維持可能な経済システムを実現することである。短期的な諸手段には下記が含まれる。

    1経済的主権借款方式2インペックス(Impex)スタイルの外国為替管理。3金融取引税4外国投資監視委員会の改革
    ERAはまた下記の諸方策も支持している。
    5より公正な所得分配と雇用を実現する課税システム6適切な市民の所得保障7LETS(ローカルイクスチェンジトレーディングシステム)8環境的に持続可能な産業を奨励するインセンティブタックスと規制
    http://dove.mtx.net.au/~hermann/erahome.htm

  • 近時、貨幣発行権は細心の注意を払って保護された国家の特権である。貨幣を発行しようと試みる私的個人は反逆罪を理由に処分される。このところ国家の発行する貨幣量は銀行が小切手システムで発行する量に比べてあまりにも微微たるものである。議会は銀行が銀行券を印刷し、流通させることを、これが公共政策に反する貨幣創造であることが明白であるとして反対し、1844年のピール法を完結させる一連の諸法案によって、ついにはこれを押さえつけてしまった。しかし、その後の70年間は、金(きん)が急速に拡大する生産物の流通に対応しなくなるときでさえ、国家紙幣の発行は少しも認められていない。こうした理由から議会が国家の貨幣発行に関する特権を保護しようとした試みは正反対の結果をもたらしたのだ。銀行にとっては貨幣印刷が妨げられることで、小切手のシステムが発展し、印刷機の助けを借りずに貨幣の創造、破壊が可能になったのである。

    フレデリック・ソディ、『貨幣と政体』

  • NewMoneyのMLでEwaldYanBarvinekが言ってました。

    「貨幣と神は幾分、あい似ている。両者ともわれわれがそれを信頼するがゆえに、ただそのゆえにのみ存在する。」

  • 「(経済学者によっては)貨幣が交換の媒介物ばかりでなく、貯蓄の手段であるという事実を見過ごしてきた。貨幣とじゃがいも、貨幣とライム、貨幣と布は、どのような状況においても貯蓄家の収納庫のなかで、等しい価値をもつものとみなされはしない。老境に備えて貯蓄する若者は大きな倉庫の収蔵物よりも、一枚の金貨を好むであろう」シルビオ・ゲゼル、『自然的経済秩序』

  • 「スタンプ代用貨幣は、適切に使用されるなら、米国を3週間以内に不況から脱出させるであろう。わたしはこのドイツ系アルゼンチン人実業家の控えめな弟子である。」(アーヴィング・フィッシャー)

  • 「健全な経済は小さなコミュニティの活力次第である。ちょうど健康な肺がこれを形作る小さな空気胞に依存しているように。だから、ドルは、自然資源の枯渇や社会の腐敗によるよりも、エネルギーに溢れた地域通貨のコミュニティに支えられることで、かえって強化されるだろう。」

    ポール・グローバー(イサカ・アワーズの創設者)

  • 「もしひとが貯蓄するなら、すなわち己が消費する以上の商品を生産するなら、そしてまた、一定期間経過後に己が貯蓄を利子なしで、しかし損失なく返済するとの条件で貸し付ける誰かを見つけだすなら、貯蓄者はきわめて有利に取引を成し遂げている。なぜなら、彼は己が貯蓄を維持するための支出を回避しているからだ。彼は100トンの収穫したての小麦を若者のとき与え、老境に入り等しく良好な品質の新鮮な小麦を100トン受け取るというのだ」(ゲゼル、『自然的経済秩序』)

  • 「債務が自然に増加していくという不合理な人間の慣習をば、富が自然に減少していくという自然の法則に対抗させることはできない。このことは、債務の増加を決めている単利や複利に関係なくいえることである。明らかなことだが、相当長期にわたる場合の複利の法則の作用は、これまでのところ示されてはいない。しかし、重大で憂慮すべき事実はこの不合理な法則が金融業者や企業のトラストのもとへ、貨幣を集中させることで、いまや日々にますます多大な影響を及ぼすようになってきていることである。中国の皇帝にチェスを教えた男が褒美になにが欲しいかと尋ねられたという話を聞いたことがあるひとがいるかもしれない。男の願いははなはだ遠慮がちにみえた。彼はチェス盤の最初の目に1グレーンの小麦が欲しいといった。そして、第二の目には2グレーン、第三の目には4グレーン、第四には8、という具合に64番の目まで等比級数的に小麦を増やしてもらうよう望んだのである。話では、チェス盤の最初半分は楽に支払われたが4分の3になるに及んで皇帝は約束を取り消さねばならなかった。使いの者が戻ってきて、帝国にはそれだけ大量の小麦(実際には2300万トン)がないことを報告したからである。もしこれを64番目まで進めたとすれば、小麦の数値は2の64乗よりわずかに少ない約1兆トンになったはずで、これは現在の世界の総人口が有史いらいの時間をかけて消費できる以上の量である。これが複利の法則というものである。」(フレデリック・ソディ)

  • 「バーナード・リエターによれば、貨幣はわれわれがエネルギーを交換する仕方に関する情報である。貨幣は交換手段として何を使用するかに関する共同体内部の同意である。この同意は意識的でも無意識的でも、規制的でも自由でもありうる。我々のほとんどは意識的に自分たちの貨幣を選択してはいない。我々にはこれを変更する機会があるのだ。インターネットはそうしうる空間である。わたしはこれからいくつもの貨幣システムが花開くことを期待する。これらの経験の95%が失敗するだろうが、しかし成功する5%が世界を変えるであろう。」ハワード・ラインゴールド、「インターネットと将来の貨幣」より

  • 「第93項。日常生活の革命が創造した時空は国家と商品システムの管理から解放されたテリトリーの総体であり、集合的に、また個人的にその存在の各瞬間を作り出す仕方を学んだ諸個人によって持続的に変容される。」

    TotalSelf-Management(Chapter3ofRaoulVaneigem'sbook>FromWildcatStriketoTotalSelf-Management)全文をごらんになりたい方は下記参照。(英文)/http://www.slip.net/~knabb/CF/selfmanagement.htm

  • 「不労所得、これは物質的財の所有に結びついた純粋報酬に一致するが、つまり、その所有者の固有な活動から独立したその所有のみに由来する報酬に対応しているが、この報酬の集合的領有を認めることで、価格の安定した競争的経済の枠内で適用された資本課税は、公正な所得分配を実現しうるし、経済的効率性の観点でもまた政治的自由の自由な実行の観点からも不可欠な組織様式を受け入れることができる。これはまた、私的所有に基づく市場経済における所得分配という重要な問題に有効な回答を提供するであろう。」モーリス・アレ、「資本課税と貨幣改革」より。」(MauriceAllais,L'impotsurlecapitaletlareformemonetaire,1977.)

  • 「豊かであるためには、広大な領地と莫大な貴金属を所有するだけでは十分ではない。前者が耕されず、後者がそれなしでは生活できない食料や衣料のごとき生活必需品と交換できなければ所有者は悲惨さのなか死ぬだけである。」(ボアギュベール、「富、貨幣、租税の本質に関する論究」)

  • 「自由の阻害の最たるはまさにかくのごときものであるゆえに、私は交換銀行(バンクデシャンジュ)を設立し、これを打破することを提案する。通貨を当てにせず、投機資本の利益追求を抑え込むのだ。この銀行の原理および理論については別の機会に詳述したのが、その定式ないし根本思想というべきものは為替手形の普及である。新たな信用取引体制を採用するとき、流動資産がどうなるか、支払い方法、担保、および証拠金をどうするかについてはすでに述べた。結果として国は手形割引だけでも最低限400万フランの財政収入を得られるだろうと証明してみせた。その考えは今も変わらぬ。・・・ところで交換銀行は市民各位の自発的な同意によってその力を得るものであるから、市民の総意によってしか存在しえない。ところで、全生産者、全消費者の自発的同意、3500万市民の暗黙の同意はたとえ20年間にわたって、いかように声を大にして宣伝しようが容易に得られるものではない。しかし、政府次第では、わずか1週間で実現できる。政府次第ではわずか1週間で「革命」を完了させることができる。政府は人民の名において左記のごとき布告を出さねばならない。・・・」P.J.Proudhon,Programmerevolutionnaire,1848.

  • 「社会の経済において、血液の循環はなにに基づいているのか--通貨であり、金である。その原動力はなにか--金生産物に市場の門戸を開くのは何で、また門戸を閉ざすのは何か--金交換を支配するもの、取引の基礎となるもの、価値の原型となるものはなにか--金では果たして、金は循環に必要欠くべからざるものなのか。かかる問いに対して、慣習は然りと答え、科学は否と答える。生産物は生産物と交換される、と経済学者はいう。すなわち、交換は自由で媒介物なくして、直接的で平等でなければならぬということだ。生産物は金と交換されると慣習は言う。つまり、金は媒介物であり、投機の手段であると。これは交換の自由の阻害にほかならぬということだ。さらに言うならば、金は利を生まぬところには動かぬゆえ、このシステムにあっては循環は絶えざる価値の減少をまぬかれがたい。社会という肉体のさまざまな部位に全身衰弱と多血症を同時に招来するゆえんである。まさに金は循環の障害であり、交易と生産の自由の障害である。それ自体がいうならば、あらずもがなの器官であり、余計な機能であるし、その及ぼす結果を見ても、全身衰弱の原因にほかならぬ。」P.J.Proudhon,Programmerevolutionnaire,1848.

  • ・・ケインズにとって、家計の貯蓄性向が高いような経済で認められる投資の周期的な不足と行き過ぎた投機はより大きな構造問題の兆候でしかなく、もっぱら生産者と金利生活者の階級の間の所得と富の分配に帰着するものである。現存の剰余の分配状況がすべての潜在的な生産能力の最大限の活用を妨げていることを示しつつ、ケインズは現行の資本主義を原理的に特徴づけるものとして、これらニ大社会集団の間の闘争を理解していた幾人もの異端派と手を結ぶのである(3)。・・

  • quote_of_the_day040501・・・・・誰もが富裕であることを願っている。そうなるためにほとんどの人間が昼も夜も働いている。しかし人はそこへの途上で思い違いをしている。永遠でありうるような本当の富の獲得におけるこの思い違いはなによりも豊かさについての観念における思い違い、また貨幣の観念における思い違いに原因がある。人々がもつべき貨幣に関する正しい観念と世間に受け入れられている貨幣についての腐った観念との食い違いは天地の差以上のものだ。人は貨幣を持ちすぎても罪を犯すことなど断じてありえず、いかなる状態におかれたにしても貨幣を余計に持ちすぎるとか、過分に手に入れるとかということはありえない物質と考えている。・・(ボアギュベール、「富、貨幣、租税の本質に関する論及」冒頭部より)

  • 現代資本主義の興隆は教会が利子の禁止から撤退したことで大いに促進された。現在、利子経済は大きな対立を人類にもたらしており、そして貧しい人たちと豊かな者たちの間の顕著な相違が世界的大に達している。神学者とエコノミストが変わることがどうしても必要だ。利子の禁止の伝統は、無視されてしまいがちな禁止よりも、金融システムに対する対重を確立し、また利子から解放された経済にいっそう効果的にたどり着く方途と手段を探求するために公衆の意識に再び持ち来たらされるものでなければならない。現在、明確になってきていることは、主にキリスト教の環境のなかで発展してきているが、国際的な金融権力が利子の行使を犯罪次元で確立してきたということである。経済的に見て、利子をとるということは、財やサービスの生産に結びつかない貨幣の増加を意味する。このプロセスは長い目で見ればどのような経済にも崩壊をもたらさずにはおかない。

    DietrichSchirmer,HeadoftheLutheranAcademyinBerlin,1980:Churchandprohibitionofinterest

  • quote_of_the_day270401・・・「・・したがって86の県へのフランスの人為的分割は封建的で地方的なゴールを打ち破るところに、また、厳格な中央集権化を作り出すところにその効用があった。かかる高慢な民族性(ナシオナリテ)のなす事業はいまだ達成されてはいない。だがわれわれが気候や人種、産業の相違にしたがって土地のより自然な分割を準備し、目標として、国をなす各郷土に特徴と個性的容貌を与えねばならないということは、これ(注:中央集権化)とあい反する兆候のように思われる。」(P.J.Proudhon,Delacreationdel'ordredansl'humanite,1843.)

    企業家が見た利子

    ErnstAbbeツァィス・カンパニー創立者

  • 「私は一産業部門の領域で今日の経済生活の姿をじっくり観察する機会をえた。・・・自分の仕事上の義務から、私はその姿を企業家、資本家の観点から観察しなければならなかったし、同時にまた、労働者の観点からも見てみなければならなかった。・・・したがって、出来事を同時に異なった二つの側面から観察し、自分の考えを公的利害や公共の福祉の観点から作り上げることができた。労働のみが富を創造するので、ひとびとのなかで勤労に従事する者が全所有者のためのあらゆる財を生産しなければならず、国民財産の所有者はこうした労働の対象物を保有し、生産手段として人々に貸し付けていることは疑いのないことである。したがって、全産業領域のすべての労働者が全所有者・・のために、平均週二日働かなければならず、利子が上昇しなければならない・・・経済の観点からみると、利子は強制の状態があることのサインにすぎない。そこでは、生産的労働の諸手段として絶対に必要である対象物が所有されることと労働が対立している」

  • 「人が、"自分にはなにがなしうるのか"と自問する代わりに、"どうなってしまうのだろう"と自問し始めるとき、社会の衰退が始まる」(DenisdeRougement)DenisdeRougemont,Penseraveclesmains,Paris1936.

  • 「貨幣利子は独立した資本すなわち貨幣の産物であり、中世には追い剥ぎ貴族が、つい最近までは国家が取り立てた、道路使用の料金に比されるものだ。貨幣利子はいわゆる実質資本(家屋や工場など)の利子に影響されない。その逆は・・・真であるが」(ゲゼル、『自然的経済秩序』)

  • 「いわゆる単利や複利の法則になんらかの物理的根拠が存在すると仮定することは完全に誤りであるだろう・・・。それらは、必要とされるどのような物理的根拠をも全く欠いた純粋に恣意的な、慣習上の取り決めにすぎない。」(フレデリック・ソディ、『貨幣の役割』、1934年)

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