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公正な利子率   マリオ・セッカレッチア 著    

:: Morino,Eiichi

      

森野 栄一 訳

(本稿は、Mario Seccareccia, Fair interest rate, January 1996 を訳出したものである。標記テーマに関するこのペーパーは カナダ、オタワ大学のマリオ・セッカレッチア氏より送付されたものであり、ある経済学事典の原稿作成のプロセスで執筆されたものである。パシネッティの著作への関心を示唆する本稿は、公正な利子率がどういう経済条件でどんな形をとるべきかを判断する理論的材料を提供しているとするパシネッティ評価を提供しており興味深い。)

 人類史を通して、政治経済学者やその他の修養を積んだ思想家たちは公正な考察に基づいて正当化されうるものとして、また、貸し手と借り手双方にとって公正でありうるものとして利子率を考えようと努めてきた。近年になって、再び、公正な利子率の概念が「自然」利子率という(不幸な)呼称のもとに取り上げられてきた。公正な利子率、われわれはこう呼びたいのであるが、これは、ヴィクセル的な自然利子率によって例証される新古典派の均衡率の概念とも、金融上の投資家が借入れ手段のリスクが与えられ採用してもよいと感じうる利子率とも違ったものであるべきである。公正な利子率は貸し手と借り手の活動を考慮せずとも利子所得と非-利子所得の間の配分を変更しないままであるような利子率に相応しいものだ。

 歴史的に、古代の哲学者も中世のスコラ学者も、利子率の基準であるべきもの、正義と社会秩序を考慮した決定を導くべきものに多大の関心を示した。古代のギリシャ、ローマ、ヨーロッパ中世初期には、静態的な経路に従った経済がみられる。支配的であった農業活動は、周期的に開催される市での限定的な交換を除いて、貨幣の仲介なしに実行されたため、貨幣はその使用の見返りを正当化しえない不妊のトークン以外のものではなかった。貸付の元来の意味をより正確にするなら、中世の教父たちが濫用と分類した人間欲求の搾取の一形態を意味したということである。正の利子率は社会的に破壊的な力であると認識され、その効果は共同体における貨幣貸付者の利益のために所得と富の分配でチップをやるようなものであった。

 古代の経済が商業的に興隆し始め、借り手に対して金融上の見返りを要求するような生産に融資する目的の信用が発生すると、アリストレテレスの利子の見方は厳しい攻撃のもとに置かれるようになる。中世後期まで、公正な利子率を巡る論争はスコラ学者の間で共通のものとなり、彼らのなかには、最終的に利子の生産性理論を支持する者もでた。生産的活動は生産における純剰余を生成する資本財を必要とするがゆえに、資本財を保証する金融手段を提供する者たちにはその節欲から見返りをうるため、これを任した他者から報酬を受けるべきであるとするのだ。古典派や新古典派の手にかかると、こうした考え方は貸付資金説の本質に仕立てられる。この理論の目的は利子の「均衡」率の説明を提供するものであるからだ。しかしながら、公正な利子率の概念を探求し続ける者たちもいたのである。

 パシネッティの著作(Luigi Pasinetti 1981, ch8)に多くを負っているが、公正な利子率の観念は、近年、非常に厳密な意味づけを与えられている。実物タームでみた公正な利子率は消費財を生産し、生産的能力を増加させるために、直接的にか間接的にか要求される総労働量の生産性における増加率と等しくなければならないというものだ。別言すれば、この率は多要因からなる生産性の増加率であり、この生産性はわれわれが総合生産性と呼ぶであろうものだ。利潤率が一定であるような経済ではこの増加率は実質賃金の増加率とイコールであるだろう。物価騰貴があるなら、公正な利子率は賃金騰貴の平均率、すなわち総生産性の増加率プラス物価の騰貴率と等しいことだろう。したがって公正な利子率が、超過した労働時間需要でみて、借り受けるか、貸し付けるかされた資金の購買力を維持し、借り手と貸し手の間のインターテンポラルな所得分配を維持するのである。

 数字を使った事例が公正な利子率の観念を明確に理解するのに役立つかもしれない。5%のインフレ率の経済を考える。平均賃金が当初、時間当たり10ドルとし、借り手は1万ドルの融資を受けるものとする。したがってこの借り手は1000時間の労働時間と等しい額を借り入れたことになる。そこで、実質的な平均購買力、すなわち総生産性が2%上昇したとする。それで、名目賃金が7%まで上昇し、一年後、時間当たり10.70ドルに達する。もし借り手に課される利子率も7%であるとすると、すなわち、それが総生産性の伸び率プラス物価インフレ率であるとすると、借り手は翌年、10700ドルの額を返済しなければならない。しかし、平均名目賃金率はいまや時間当たり10.70ドルに上昇しているから、借り手が返済する額はいまだ1000時間の労働時間と等価である。上記で定義したように、実効利子率が公正利子率とイコールであるかぎり、貸し手と借り手の間で一時的に変更されている購買力は労働時間でみて一定のままである。

 パシネッティの著作は、なにゆえ初期のスコラ学者がどのような正の利子率にも反対したかについて新たな視点を提供している。当時、価格インフレも技術の進歩率もゼロにとどまっていたと推測される。もしそうであったなら、公正な利子率もゼロであるべきであることはたしかなことだ。対照的に、多くの産業化された諸国では、総生産性がほとんどか、あるいはまったく増加しないのに、現行の実質利子率はこの40年近く、5%近辺であった。このことは現行の利子率が金利生活者階級のために所得分配を広範に歪めていたことを示唆している。

Selected References

Noonan, John T. (1957) The Scholastic Analysis of Usury. Cambridge, Mass., Harvard University Press. Pasinetti, Luigi L. (1980-81) "The Rate of Interest and the Distribution of Income in a Pure Labor Economy", Journal of Post Keynesian Economics, vol 3, no 2: pp.170-182. Pasinetti,

Luigi L. (1981) Structural Change and Economic Growth. Cambridge: Cambridge University Press. Seccareccia, Mario; Lavoie, Marc. (1989) "Les idee revolutionnaires de Keynes en politique economique et le declin du capitalisme rentier", Economie Appliquee, vol 42, no 1: pp.47-70

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