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お金ってなんだろう

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お金って?

   お金が富であるとはいえないでしょ。お金は一時的な欲求を満足させるこの世の財ではないから。

 ひとはお金を食して生きるわけにはいかないし、衣を満たすために、千円札のたばで外套を仕立てるわけにはいかない。お金を当てにできないことがわかるでしょ。お金を患部にあてたからといって病状が回復するわけでもない。額にお金を載せたからといって知識が増えるわけでもない。

 お金は富ではないんだ。富というのは、人間の欲求に応える役に立つもののことだ。  パンとか肉とか、魚、コットン、木材、せっけん、道路を走る自動車、病人のところに訪ねてくれる医者、知恵のある教師とか、そうしたものが富なんだ。  現代世界では、誰もがなにからなにまで作っているわけではない。お互いに販売しあうことが必要だ。お金は売ったものと引き替えに受け取るもののしるしにすぎない。他人が欲しいものと引き替えに渡すしるしなんだ。

 富は事物のこと。お金はしるし。このしるしは事物の後についていかなくちゃいけないよ。

 ある国で販売するたくさんの物がある場合、たくさんのお金も必要だ。そうして物があればあるほど、お金は回らなきゃなんない。さもないとなにもかにもが停滞してしまう。

 いまある欠陥はそうした釣り合いがとれていないことだ。応用科学や発見、機械の進歩のせいで、欲しい物はたくさんあるけど、多くのひとには手に入らないんだ。多くの職業が無用で、無益なことをしているということ。破壊するために雇われて仕事しているわけさ。

 なぜならお金は、生産物を回すために作られたのに、生産物の間に関係をつける人々の手の中にあるのかい?   お金には種類がある   お金は支払いや購買に使われ、財やサービスと引き替えに国じゅうの誰もが受け入れるものだ。

 お金がどんな素材から出来ているかは重要なことじゃあない。お金はこれまで、貝殻や革や木片、金銀銅、それから紙なんかであったわけだけど。

 実際のところ、どこの国にも二種類のお金があるんだ。ひとつは、ポケットのなかにあるお金、これは金属や紙でできてるね。もう一つは、帳簿上のお金で、数字からなっている。ポケットのなかのお金はそれほど重要じゃあない。帳簿上のお金のほうが重要なんだ。

 帳簿上のお金っていうのは、銀行の口座にあるやつ。どんな事業家も銀行の口座を使って商売をする。ポケットにあるお金は市場での商売に応じて循環したり、立ち止まったりするけど、事業はポケットのお金に依存しているわけじゃあない。事業は事業家たちの銀行口座で活発に行われているんだ。

 銀行口座を使って、支払ったり、購買したりするんだけど、金属や紙のお金を使うわけじゃあないんだ。帳簿上の数字を使って購買するってわけ。

 ぼくは銀行口座に4000円、もっている。自動車を1000円で買う。ぼくは小切手で支払う。商人はこの小切手に裏書きして銀行に預ける。

 銀行は二つの口座を処理する。まず、商人の口座だ。そこで1000円増やす。それから、ぼくの口座だ。1000円減らすんだ。商人が70000円もっているとすると、71000円になる。これが銀行口座に記載されるというわけ。4000円もっていたぼくはといえば、いまは、3000円をぼくの銀行口座にもってるということになる。  どこの国でも、こうしたことのために、紙のお金が動くことはないんだ。ぼくは商人に数字を移したんだ。数字で支払ったというわけさ。  事業の9割以上がこうした形で行われている。現代のお金は数字のお金なんだ。紙のお金より10倍くらい豊富なんだ、それに確実だし、盗まれる心配もないと。

  お金にも歴史がある    お金の歴史はお金のなかったときからみてみなきゃいけませんよね。まず物々交換のこと考えてみてください。実際自分がそうすると思って。  実行するのが難しいというのがわかりますか。そう、難しいんです。

それは、  
1 お互いバラバラの人間が、自分の欲しがっているモノを自覚する。  
2 代わりに与えるモノを自分がもっているか知る。  
3 欲しがっているモノをもっているひとを探す。  
4 そのひとがいた場合、自分の持っているモノと引き替えに欲しいモノを引き渡してくれるか交渉する。  
5 交渉が成立しなければ、また別の人間をさがす(3に戻る)  
6 交渉条件をつめる。自分と相手の双方の引き渡し条件を決める。  
7 こうした条件を相手が十分に履行する人間かどうか調べる。  
8 相手が信用するに値しない場合、あるいは信じるにつきかなりのリスクが伴うとき3に戻る。  

 物々交換が難しいというとき、このように、(A)取引実現に取引コスト、情報コストがかかり、さらに、(B)販売と購買を同時に実現しなければならない、という難点があるのがその理由です。

 ところが、お金の導入は、(A)と(B)をかなり解決しましたね。

  (A)そのひとが信用できるかどうか(実質的信用)をお金の信用に代えた(そのひとがどんなひとであろうが、そのひとのもつお金は信用できる)

  (B)お金があると、売りと買いを分けることができて、違う時に違う場所で売りや買いを実行できる。

  そうして、お金は商品貨幣→貴金属貨幣→紙幣→信用貨幣(帳簿貨幣)→電子貨幣と発展してきました。ひとは(A)(B)という利便をお金によってえた反面、(C)お金に過大な力を与えてお金という道具を主人とするようになってしまったのです。

 ところが、ここで、交換リングのような仕組みを考えてください。これ、難しくは、多角間清算システムというんですが、物々交換の昔もありました(例、神殿交換:ひとびとが神殿に余ったモノを持参し必要なモノをもらっていくシステム、神様がみているのでズルはできない。また穀物振替制)。

 いま、社会関係が深まったり情報システムの発展したりして、(A)(B)を解決し、(C)のお金への従属を回避するシステムがバータークラブというかたちで実現できるようになりました。つまり、(A)については、コミュニティの信頼を深めることで、(B)については、信頼の輪が多角間の交換ができるようにすることで。

 つまり昔の物々交換の難しさは解決され、道具として役立つお金で精算されるバーターのシステムが可能になったのです。  これにはいくつもの利点があります。  
1 お互いの信頼の輪ができることで、ひとの実質的な信用が確立する。つまり、輪の仲間になることで、お互いに興信所を頼まなくても信頼しあえる。これは取引コストの削減効果もあり、取引者双方にメリットとなる。  
2 これまでのようなお金のような、取引用途で資金を借り入れると利子という料金を支払う必要がないので、これまた取引コストがへる。  
3 1,2の削減分は信頼の輪の維持に必要なコストかあるにしても、それを補ってあまりある。  

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