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借用証書式清算システムと交換リング

:: Morino,Eiichi

ポラン交換リング情報誌「つめくさ」No.13号(2000/12/23発行)所収

 円を使う関係ではカネの切れ目が縁の切れ目。お互いに相手を信用しているわけではなし、信用はカネ止まりで、その意味で後腐れもないわけだ。相手がどんな人間か知ったこっちゃない。生きようが死のうが相手の事情で我が身には無関係。円はそういう関係しかくれない。もちろんそういうことを承知したうえで、みなさまご商売をなさっている。商売だからカネになると思えば理屈もこねる。場合によっては理想だって商売になる。それは人のよく知るところ。

 ところがこれと対照的に交換リングは、お互いを尊重し育てあうという意味では教育マネーシステムとさえいえる。そこで、人は支え合いを生む人の関わりの大事さや貴重さを体験することになる。人はあい寄り、親交を深め、学び合う。そこでは関わる仲間の人生のプロセスがそこにあり、情報の共有と深化が相互の関与を生み出す。関わりの程度に応じて他者の人生の幾ばくかが我が身の人生に意味をもつことにもなる。

 それは凝集力を生みだす。これは交換リングの得難い利点だ。しかし、これを運営するにはかなりの労苦や煩労が必要なことはどの交換リングでも経験してきた。それは人が相互に関与しあうことに不可避なことでもある。人がバラバラで我関せずの関係なら事は楽だ。しかしそこでは人が相互に関わりのなかで自己発展の契機になりあうということはない。関係の統一性は、あるいは世界の統一性は、はなから存在しないのだから。人の関わりは一面で、たくさんの意義あるものを持ち来たし、人を育てるけれども、そのシステムが作用していくについては他面で負担も発生するし、摩擦も起きる。交換リングの利点が欠点に転化してしまわないような発想も必要とされるゆえんである。

 これは人は自律し(教育の変わらぬテーマだ)、そのうえで人と適度な距離感を維持しながら最適な関わりを求めていく関係も必要だとの自覚でもある。つまり、交換リングは求心力を現していくような仕組みである。と同時に、遠心力が現れるシステムも必要になってくるということだ。この二つのベクトルのバランスが取れないと人は自分と他者との関わりのなかでの位置が決められない。放っておくとバラバラになってしまいかねない危うさのなかで、自己に責任をもつ自律した人間が信頼しあうシステム、嫌だったら、すぐにでもそっぽを向けるけれど、しかし人がつながり、なにか未知の可能性を関係者誰もが自分に引き込めるシステム、そういうものも必要になってくる。それは、お互いが取引の関係で、お互いの信用を判断していけるようなシステムである。交換リングはようやく濃密な体験のなかから、それを知る段階に発展してきたといえるのではないか。求心力でつながる連帯は、支え合いがもたれ合いに堕してしまう危険性もある。支え合いは自立を達成する契機をくれるが、自立を抑制してしまうなれ合いに転化する危険性も同時に存在する。

 そこでその良い面をそのまま維持しながら、それが参加者にとってマイナスに転じてしまわないようにするシステム、つまり遠心力のシステムも必要になってくるだろう。

 ワットのような借用証書式のシステムは遠心力のシステムである。自分がしっかりしていないと、自分がどこに飛んでいってしまうかわからないシステムだ。つまり、自分に信用がなければ誰も新規に借用証書の発券を認め、代価として受領してくれないわけだ。しかし同時に、孤独のときも、自らを支えてくれる人のつながりを信じさせてくれるシステムでもある。

 交換リングという凝集力の仕組みのなかで、そろそろ、遠心力のシステムも併用したほうがいい段階にまで、ぼくたちは登ってきているといえるのかもしれない。それは凝集力によって支え合い、関与しあってきたシステムの運営の成果でもある。

 ワットのような借用証書式清算システムは、会費も入らず、需要リストや供給リストもなければ、会員名簿もない。ただ、ワット清算システムであれば、ワットという信頼の輪だけが存在する。しかし、誰がその輪の人間か、具体的な人間の関わりを通してしかわからない。君がワットを受け入れる会員であることを別のワット会員が知っていたとしても、君が信用されなければ、彼は黙っているだけ。取引は自立した会員が自分の責任で実行する。苦情を持ち込む先は我が身しかない。

 交換リングは、交換という経済関係から発想されて作られたシステムである。ところがワットは信用経済という関係から発想されている。誰でもが取引で必要なときはワット券を発行できる。もちろん取引相手がそれを認めればの話だ。それは一種の支払い約束である。だから約束手形といってもいい。しかしこの約束手形は不思議な約束手形である。支払い約束をいつ実行しなければならないという取り決めのない、つまり清算期日のない約束手形である。

 この手形は受領した人間は他の人間との取引にこれを使う。これを使う人間はすでに、これを発行した人間に信用を与えているわけで、それだけ信用してよい人間であることを彼が購入したいモノの販売者に対して示している。そうしてこの券は使用時に裏書きされながら会員の間を回っていく。人の信用が積み重なっていくわけだ。そうしていつかある日、その券を発券した人は自分の提供したモノを販売したとき、自分が発行したワット券が戻ってきたことを知る。そのとき自分が発行したワット券は役目を終える。

 この仕組みは遠隔地の取引にも向いている。自分が発行した約束手形は交換の手段として、裏書きされながら全国を回っていくわけだから。ワットはいま全国で回りはじめている。ワットを使う人は人知れず、各地で増加している。

 交換リングもこれまでの通帳式の良さは残しながら、同時に借用証書式清算システムを併用するとよいかもしれない。このシステムの紙券は地域やある集団やその周辺の人たちによって発券され、会員の中を回っていくだろう。それは流通しながら人をつなげていく。なにしろ、その券を使う人は使うときに、裏に自分の名前と相手先の名前を書くわけだから。この紙券は、いつか必ず、地域や集団のなかにいるひとたちの提供する財かサービスで清算されることになる。清算されるまでの間は、関係者のなかを、発券者の名前とそのひとに信用を与えた人の名前と、それから流通するほどに裏書きされることで裏面に書き記された名前をつなげて回る。人はこのシステムにしばられれず、しかし、お互いに必要としたときだけ、つながりながら、取引をしていくわけだ。

 この仕組みはすぐ始められる。勉強も不要。費用もかからない。併用していくと交換リングのほうもシステムをシンプルにしていけるかもしれない。借用証書式清算システムは、紙券型の交換リングというべきものだから、通帳式のシステムともすぐなじむはず。会員は自分が望む、人とのつながり方に応じて、ごく親しい関わりを望むならばこれまでの通帳式で、地域の人間や関係者ではあるけれども、もう少しサラリとした関わりがいいなと思えば、借用証書式清算システム券を使うというように使いわけることもできる。

 通帳式のほうはやめようという人がいた場合には、そのひとがマイナスだったら、交換リング宛に、その額の借用証書紙券を発券してもらえばいいわけだ。プラスの人の場合は、交換リングが、その人宛にその額の借用証書紙券を発券してあげるか、誰かが発行した紙券で交換リング運営団体が手持ちしている券を支給すればいいだけである。そうした意味で併用を始めるのも簡単である。

 借用証書式清算システムは各地の交換リング運動に役立ち、全国の運動を固くつなげていくはず。なぜなら、志を同じくする者たちのマネーが誕生するわけだから。これもこの1年くらいの期間、交換リングをしてきた成果といえるだろう。ようやく別のシステムも入れることができる可能性がでてきたわけだから。ワットのような多角間の清算システムは交換リングのような求心力のあるシステムが先行しているとうまく導入できる。

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