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お金の始まり。

::Louis Even,

 

何事にも始まりというものがある、神様を除いてはね。
お金は神様じゃないだろ、ならば始まりがあるんだ。お金
はどこかで生まれているんだ。
 食べ物とか、着る物とか、靴とか本とか、役に立つ物が
どこで生まれるのか知ってるね。ぼくらが欲しがったり、
ぼくらに欠けていたりする富や物を、国じゅうの勤労者や
機械や自然資源が生み出しているんだ。
 じゃあ、お金はどこから生まれるんだい。ぼくらには、
必要としている物はあるのに、これを手に入れるのに必要
なお金がないんだけどさ。
 物事をよく理解もしないで、ひとは考えてるところをしゃ
べっているよ、まず、決まった量のお金があるってこと、
そしてそれを変えることはできないって。まるでお日様と
かさ、雨とか気温とかみたいに。間違った考えだよ。お金
があるってことは、どこかで作られたということでしょ。
それ以上ないっていうんなら、お金を作る者がそれ以上作っ
てないっていうことさ。
 それにもうひとつ。ひとがお金を考えるときは、お金を
作っているのが政府だって考えるんだ。これも違ってるよ。
いま政府はお金を作ってなんかいないし、お金がないって
いつも嘆いているじゃないか。お金が作れるんなら、この
10年、お金の不足に直面して腕を組んで考え込んでなん
かいないよね。政府は税金を取ったり、借り入れたりして
る、お金を作ってなんかいないんだ。
 じゃあ、どこでお金が生まれて、どこでなくなるか説明
しようか。お金の生と死をコントロールしている者がお金
の量を決めているのさ。お金を増やしたり、減らしたりし
ているとすると、そこに利点があるからなんだ。お金を作
る以上に破壊していけば、お金の量は減る。
 お金が足りない国での生活水準は物じゃあなくて、お金
で決まるんだ。物を買うときにお金を使うだろ、そのお金
次第なんだ。だからさ、お金の量の水準を決めている者が
ぼくらの生活水準を決めているってわけ。
 お金をコントロールする者や信用がぼくらのご主人様に
なるってわけ・・その許可なくばもはや息すること能わず、
ってとこかな。Louis Even, Syllabaire du credit social, 1941, p.6.

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