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金融ってなに?

金融とは、金と融、つまりカネを融通すること、融通する といえば、はやい話しがカネの貸し借り、です。 貸すということは、タダであげるわけじゃあないですから、 必ず返済してくれるはずとの期待があります。この期待 は貸した先を信用しているということ。こうした信用がなりたつ 根拠はなにかといえば、理想をいえば個人の人格、でも、ふつう は家計の場合なら期待される将来の所得、企業であれば、 予想される将来の売上代金、国(財政)であれば、将来の租税 収入。これにくわえて、担保が別途必要な場合がほとんど。 消費者の家計であれば、例えば家屋とか家具、企業であれば 工場設備、財政の場合なら国有財産かな。 しかし貸し借りというだけでは不十分。 カネつまり貨幣とその代用となる銀行券や当座預金だけを問 題にしているわけではないことを強調しないといけないかもし れない。銀行券や当座預金のような通貨そのものよりも、それ がどう機能しているのか、働いている仕方、それが金融という わけだから。そこで、家計や企業、財政という経済のプレーヤー のあいだでカネがどう融通され、回っていて、どんな働きをして いるかということをひっくるめて金融というと。

ということでカネの働きを融通しているのが金融だと。コレ具体的に常識で考えれば だれでも知っていること。例えば世の中、欲しいモノやサービスを手に入れるにはカ ネを払って入手するしかない。さもなければドロボーだ。人が欲しがるものを売った り作ったりしている企業は事業をしてカネを儲けるには、工場もつくらにゃならん し、原材料も仕入れ、労働者を雇わにゃならん。そのときカネが必要だ。この企業が 事業のさい元手にするカネを資本なんていっている。カネが資本として働くわけだ。 またカネは生活に必要な財やサービスを買うときにも使われる。この場合カネは は支払いの手段として働いている。つまり消費のために使われるわけで、企業が生産 のために使うのとは違う。それでこういう使い方をするところを家計と呼んでいる。 企業と家計以外にもうひとつカネを使っているところがある。国家や地方政府だ。タ ダで役人が雇えるわけじゃなし、必要な物品をロハで企業に納めさせるわけにはいか ない。こういう形でカネを使うところを世間では財政といっているんだ。ところで だ、企業にしろ、家計にしろ、財政にしろ、必要なカネが自分の収入(売上代金、賃 金俸給、租税収入)で全部賄えるなら世話はない。

いついつにはカネがはいるとわかっていても一時的な資金の不足が発生するのが現実。そこでカネの融通が必要になる。つまり金融というわけ。企業には資本不足に、家計には所得不足に、財政には税収不足にカネが融通される。(補足1)信用取引は金融取引に限定されない。信用とは貸し借りという相手を信頼する関係をいうので、信用取引の対象にはモノも対象になりうる。

金融の種類に入る前にその機能から。カネの貸し借り、つまり金融は経済全体にとってどんな働きをしているんだろうか。その役割ですね。通貨はいろんな機能をもってますが、それを融通する、つまり信用の対象にせざるをえないのはどうしてでしょう。まあ、カネなくして天下は一日たりといえども回らぬ、運営されぬといえば、それまで。しかし地域通貨を知っていると、このへんの事情もよくみえますね。自分の必要としているものを全部自分で作っているのなら辛い思いまでしてカネなど融通してもらわなくてもすむ。しかしひとの欲求に限界があるわりのあるわけでなし、よくご存じの分業ということになります。社会が分業と交換によって全体でみた生産を増加させていること、そのためには通貨が必要不可欠であることは自明です。ところが通貨が消費者の消費支出であれ、企業が生産のために使うのであれ、また財政が財政資金の受払いに使うにしろ、こうした貨幣の需要がいつも満たされるわけではありません。そこで不足する貨幣を一時融通する金融が社会的に必要とされるわけです。金融によって消費者はいま必要とする消費を希望通りに実現します。この場合、消費者の将来の所得が見返りになっています。(消費金融)また、企業は将来の売上を見返りに必要な資本などを手当てできます(企業金融)。さらに財政は将来の租税収入を見返りに財政支出をすることができます。しかしここで問題なのは金融はカネを貸した、借りたの関係ですから、信用の関係を離れられないということです。カネが必要だからといって担保(あるいは見返り)がなければ融通してもらうわけにはいかず、融資してもらっても貸し借りですから必ず利子の負担が伴います。カネは経済の血液といいますがその循環を円滑にすべき金融にはそれにブレーキをかける担保や利息が付随し、循環に抵抗(電流のオームのようなもの)を与えています。地域通貨は信用の状態を変え、いわば絶対零度の条件を実現しますから、電気(貨幣)はほぼ抵抗なく循環することになります。

カネの貸し借りがあれば、当然当事者がいます。貸し手と借り手(インターバンク市場では出し手と取り手)です。借り手は、これまで述べているように企業、家計、財政でしょう。では貸し手とは誰でしょう。誰でも答えは分かっています。銀行などの金融機関だと。しかし、普通の金融機関は消費者や企業、財政に貸し付けるカネを打出の小槌をもっているかのように自由にいくらでも作り出せるわけではありません。近代の金融機関は預金創造といって当座預金をつくりだせますが、そのためにはまず誰かから預金を預入てもらう必要があります。でなければ銀行には資本金のほかカネはありません。では銀行に対する貸し手とは誰でしょう。ここで不思議なことに気づきます。銀行に貸しているのは、銀行から借り入れをする企業や消費者、財政なのです。要するに貸し手は借り手であり、借り手は貸し手なのです。これは世の中全体からモノをみているわけですが、具体的に見てみると理解しやすいかもしれません。例えば、消費者は受け取った賃金や俸給のうち貯蓄に回す以外を消費に向けます。貯蓄する分はさまざまな形で運用されますが、ふつうまずは銀行や郵便局などへ預貯金として預けらるでしょう。また、消費に充てられる部分も所得を得た日に全額使われるわけではなく、日々に少しずつ使われていきますから、支出されるまでの時間的なズレの間、消費に充てる予定の資金を金融機関に預け入れることができます。企業の場合も同様です。利益があがると、そこから税や配当を支払いますが、残りは手元にとっておきます(内部留保)。これはいつでも引き出せるように、銀行に預金されるでしょう。また企業は建物や機械などの固定資本のうち、使えば年々、減耗していく、つまり値打ちが減っていく部分は売上代金から留保される必要があります(減価償却)が、これは固定資本が完全に減耗して新規に更新されるまで銀行に預けておけます。その上、売上代金が入金しても、直ちに全額、原料の仕入や賃金支払いに使うわけではなく、ここにも支出までに時間的なズレがあり、銀行に預けられます。これらの預金は実際に支出されるまでは銀行にあずけられているわけです。財政においても事情は同じです。ある年度間に歳入が歳出を上回る黒字財政の場合、余裕資金は融資されるでしょう。また黒字財政になるかどうかにかかわらず、歳入が生じてから支払いまでや

ので、やはり一時的な資金の余裕が生まれます。社会の隅々で複雑なかたちをとりながら、消費者や企業、財政のような経済の当事者には絶対的にも一時的にも貨幣の余裕が生まれ、資金の貸し手にもなっているわけです。社会全体で資金の過不足が貨幣が効率的に融通されあえば経済社会にとって好都合です。しかし、金融の当事者には重要な役割を演ずるところがあるのです。消費者や企業、財政のような当事者が直接金融取引をする場合も多いですが、これら三者の間に入り、金融取引を円滑にしている機関があります。銀行などの金融機関がそれです。

まず、ふつうそうだと考えられている金融機関の姿について簡単に押さえておきましょう。金融機関は一方で、消費者や企業、財政から預金を受け入れ、また債券(金融債)を発行し、資金を集めます。他方で、企業や消費者に貸出しをします。また、社債や公債を買い入れ資金を融通します。

(注:公債とは国や地方公共団体の発行する借入証書で中央財政の負担で発行されるものを国債、地方財政の負担になるものを地方債といい、ひっくるめて公債という。信用度の違いにより、国債のほうが地方債より利子も低く流通性も高い。)

カネの貸し借りのことを金融取引といいます。当然、取引をする場所や組織があります。それを金融市場と呼びます。ここで企業や消費者、財政、金融機関がプレーヤーとして活動するわけです。/市場ですから取引は常に継続的に行なわれます。つまり取引は継続的で、単発的に行なわれるわけではありません。また市場というと証券取引所のような具体的に建物のある場所を指すばかりではありません。取引の当事者となるたくさんの人々や企業、金融機関が取引を規則的に行なっている場所や組織があれば市場が成立していることになります。多数の市場参加者が頻繁にカネの貸借を行なっているのが金融市場ということになります。\貸借の性格の違い、つまり金融の種類の相違によって金融市場はさまざまに区別されます。資本金融が行なわれる資本金融市場とか消費金融市場とか。しかし重要な区別は長期金融市場と短期金融市場の別です。資本市場と貨幣市場という分け方をする人たちがいましたが、消費金融を別にすれば、取引される資金は資本として使われることがほとんどですし、前者が設備資金の市場、後者は運転資金の市場といえますから、貨幣を長期にか、短期にか取引する市場の区別が重要といえるでしょう。/長期金融市場。これは文字通り、貸付から返済まで長い期間がかかるような資金の貸借が行なわれる市場を指します。こうした長期の金融で融通される資金は企業の設備用資金であったり、在庫の積み増しに伴う運転資金であったりします。/こうした長期にわたる資金融通は銀行による間接金融にたよる場合も我が国では多かったですが、原則的には、企業であれば社債や株式、財政であれば長期公債のような有価証券を発行して調達されるべきものと考えられています。つまり、有価証券を販売し、その見返りに資金を得るわけです。この銀行貸出との違いは、銀行貸出が銀行と企業との個別的な、つまり単独の貸借であるのと違い、市場によって、つまり不特定多数の者が多数集まって売買されるところにあります。/こうした市場は売買される有価証券の種類に応じて社債市場や株式市場、公債市場として成立することになります。これらそれぞれが、二種の市場にわかれます。発行市場と売買市場です。前者は新規に社債や株式、公債などを発行し、公衆を相手として購入希望者を募集する市場をいいます。ただ我が国の場合は割り当てといって、これまでの株主に、つまりすでに発行されている株式の持ち主ですが、そうした人に購入してもらう場合が多く、一般から公募する場合は多くなかった経緯があります。ですから発行市場というものはあいかわらずたいして問題にならないともいえましょう。しかし、社債や公債は株式に比べれば公募は多いですから、その点馴染みがありますから、社債であろうが公債であろうが、みな含めて起債市場という言い方があります。/より馴染みなのは売買市場です。これはすでに発行されている社債や公債、株式を売買する市場です。有価証券を発行した企業からみれば、いくら売買が行なわれようが、新規の資金調達をするわけではなく、資金の融通をする金融市場というわけにはいかんといえるかもしれません。しかし、売買市場あっての発行市場です。売買市場あればこそ有価証券はいつでも望むときに処分や購入ができるわけで、こうした前提があって発行市場の公募、つまり買い入れがうまく成立しているといえます。このことは有価証券の購入者からみれば、新発の証券であろうが既発であろうが、カネを出して購入するに違いがあるわけでなし、実際に区別をする意味は見当たりません。理屈の上で区別して

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