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ダールベルクのロビンソン物語 1

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彼のロビンソン物語には、

ロビンソン・クルーソー、冷蔵庫を発明する (持続的交換の必要性)、の段

ロビンソン・クルーソー、銀行家となる (貨幣の制度上の性格における進化)、の段

ロビンソン・クルーソー、カネを貸す (ドルと銀行貸付の性格)、の段

ロビンソン・クルーソー、破産する (破産の根拠について)、の段

の全4話があります。 ..........

ロビンソン・クルーソー、冷蔵庫を発明する (持続的交換の必要性)

 もしロビンソン・クルーソーが島で一人だけで働いているなら、一生懸命働けば働くほど、また器用であればあるほど、彼の生活水準は高くなるだろう。また彼の仲間のフライデーが彼と関わりをもたずに一人で働いていたなら、フライデーの生活水準も彼の勤勉さと仕事の効率のよさで決まってくることだろう。時がたち、二人の男は分業をはじめて、専門化していった。ロビンソンが生産物の半分を作り、フライデーはもう半分を作った。二人の男の総生産物はもちろん以前より増加した。二人の男が専門化し、お互いが全力をあげて活動し、その生産物をすぐにでも物々交換する(つまり支出する)ならば、二人の生活水準は専門化のゆえに上昇していくであろう。

 この段階で、ロビンソンとフライデーがそれぞれ生活用品の半分ずつの生産に特化したとき、二人の男の生活水準が、彼らの生産の効率性や意思ばかりか、交換する意思や「支出」の意思にも依存していることに注目しよう。また、彼らが分業に頼ろうとしたとき、彼らは新たな危険にその身をさらしたことにも注目しよう。つまり、ロビンソンだけが木材を作り、フライデーだけがバターを作っているとすると、それぞれは自分以外の別の誰かの、いわゆる「有効需要」に自分の生存が依存することになる。木材を使ってバターを手に入れるロビンソンの能力はバターで木材を入手しようとするフライデーの意思に依存することになる。経済に専門化が始まるやいなや、持続的な支出が経済の安定には必要であり、躊躇なく実行される必要があるのである。

 二人の人間が貧しく、彼らが専門化することでお互いの生産物の剰余を交換する意思をもっていたころの、島の発展がはじまったときを考えてみよう。こうした条件のもとでは、すべてがうまくいく。この島に1000人以上の人間が移民してきて、自分の生産物を各労働者が滞りなく、すみやかに物々交換すると仮定しよう。

 新規参入者がいかなる自発的な支出への意向をもっていない場合さえ、彼らは生き延びるために支出せざるをえないであろう。劣化していく財をもつ経済では、それぞれ専門化した生産者は自分が専門的に作りだした物の剰余を他者の生産物とすみやかに交換(支出)しなければならないだろう。まったくわずかの例外はあるが、あらゆる自然の産物は時間とともに減価する。トマトは腐り、果物は駄目になり、肉は腐敗し、レタスはしおれ、バターは悪臭を放つようになる。島の労働者たちは鉱業に従事せず、ただ傷みやすい財を生産しているだけなので、どの人間も自分の固有の生産の剰余を交換してしまわなければならない最低のスピードというものがある。緩慢に物々交換をする者はポテトを腐らし、ミルクを酸っぱくし、手に持った卵を腐らしてしまう。

 明らかに、われわれが見ているような産業発展のバーター段階では、島民は自分の財の購入者を見つけることで、その労働効率の大部分を燃え尽きさせてしまうことだろう。サービスの販売者(ハウスメイイドや管理人、説教師、教師)と財の生産者(農民や鍛冶屋、大工、靴屋)は個人的に、自分の望む財やサービスを販売するひとを探しだし、同時にまた、自分のもつ余った財やサービスを売りにださなければならない。単に見つけだすにすぎないこうした仕事は、右の穴にあう右用の釘を見つけるようなもので、各人の労働時間のかなりな部分を費消させる。

 まさしく世界じゅうのさまざまな人たちが選び出したように、価値の物差しにして、交換の媒介物である、あるひとつの商品が選び出された。たばこ何ポンド、牛何頭、小麦何ブッシェル、銅何オンス、動物の皮何枚などというように。そこで、島民は交換手段として使うためにバターを選ぶこととなった。お金としてそれを使うのを容易にするために、彼らはバターを4分の1ポンド、2分の1ポンド、1ポンド、5ポンド、10ポンドのパッケージにした。それで島民が生産したバターは消費財をなすばかりでなく、以前は彼らがバーターで浪費していた時間を節約してくれる効率的な用具ともなった。そしてそれは共通の価値の尺度であったので、バターのパッケージは単に生産者から消費者に移るものではなく、生産者の間を何度も何回も行き来するようになった。ちょうどパットとマイクのニッケルのようにである。

 こうした媒介物の役割で、島のバターは効率的な用具として振る舞ったが、予期しない保有やバターを流通させておけなかったときは、全コミュニティが効率性の低い段階に舞い戻ってしまった。実際、貨幣の使用が可能にした高度に専門化された生産物やサービスの多くは、流通からのバターの引き上げで売れ口がなくなってしまった。交換手段がないと労働者たちは生産者が提供する物をほしがり、他の消費者が購買したいと思う物を販売する最終消費者を捜すのに労働時間を費やす状態に舞い戻ることになった。バターの保有は生産者をして、効率性の低い段階へと落ち込んだり、お互いに雇用を失ってしまうようなことを回避するために、熱狂的に貨幣を手に入れさせようとした。しかし、大量のバター保有はバターの傷みやすさのゆえに島民の間では実行できなかった。

 「錆び付く貨幣」のシステムのもとでは、不均等な所得の分配でさえ島民の間にそれほどの打撃を与えるものではない。所得の不均衡は若干の者に奢侈に向かわせたり、他の人間を相対的に貧困にさせたりするが、失業を生み出すことはない。不況を生み出すことは全体的には困難なのである。不況のなかでは、劇的に、ある人間や一団が長期にわたって支出を減少させなければならないのだから。

 別の人間より利口で効率的な労働者であったロビンソンでさえ、彼が別の人間より豊かになったときに、自分が蓄積した貨幣を生産物やサービスと交換するよう強いられたのだ。こうした財やサービスは彼自身の良好な生活や資本設備に付け加えられたわけである。実質的な「バターという購買力」をロビンソンが獲得したとき、その減価する性格、価値の保蔵手段としてのその制限が彼自身の生活水準を上昇させるためにそれを使わせたのである。彼のバター通貨の傷みやすさが、彼が生もの保蔵設備が腐敗を遅らせることができるまでは、どの人間もが失業しないように保証したのである。彼のバター貨幣の減価する性格が彼に新しいボートや網、家具などを望むか否かにかかわず購入させたのである。母なる自然自体がどのような目に見える損害をも専門化した労働者たちに与えるのを妨げたのである。  

 ロビンソンが豊かになればなるほど、彼のバター通貨は自分のための新しいサービスを提供してもらうために、フライデーや隣人たちを雇わせることとなった。ときには彼は裏庭の掃除に彼らを雇ったり、また庭の草取りや倉庫の拡張に雇ったりした。バターは時には「消費財」であったり、また「生産財」であったりした。彼は所得を得ると、すぐにそれを支出した。そしてこうした状況にあって、彼は常に労働者に注文を出さざるをえなかった。労働者はこうした状況では有利に交渉ができた。結果として、所得の不平等はこの島ではたいした問題ではなかった。しかし、不幸なことに、こうした幸福な状況は長い期間は続かなかった。破滅的な事態が発生したのである。ロビンソンが冷蔵庫を発明したのである。

 ロビンソンは独創的で頭のいい奴であった。自分の貨幣の自然の減価を妨害しようとして、自分の倉庫に冷却コイルを設置したのだ。その結果、自分の貨幣を冷蔵保存することが可能で、隣人たちが彼の生産物の代わりに支払ったバター貨幣を限りなく保存できるようになった。こうして彼は段階的な減価を広範に回避できるようになり、彼や別の富者たちが時間によって支出を強制されることがなくなったのである。当然、その保蔵の可能性は雇い人に対する交渉力を途方もなく高めることになった。彼の雇われ人はそれまで効果的に交渉できた。彼らが仕事を受け入れるのを引き延ばせば引き延ばすほどロビンソンは傷みやすいバター貨幣のゆえに彼らの条件を呑まなければならなかったからだ。いまや、彼や同様に冷蔵庫の助けを借りる豊かな人間たちは、彼らの条件を押しつけることができる。結果的に、富者はその雇用者を相対的にさらに貧しくすることになったのである。

 富者は島の所得の多くを手に入れ、コミュニティの投資資金を支配するようになった。幸運なことに、冷蔵設備が保有し続けることを可能にしたけれども、そのときから数年間、彼らの巨額の所得を彼らはビルの建設に支出しようとした。しかし、周期的に、ここではその理由に立ち入らないが(原注1)、彼らはその「貯蓄」を投資しせず、代わりに彼らの資本財から労働者を切り離した。もちろん、そうすることで、彼らは市場の大部分に提供してきた所得を削減したのである。そして市場の購買力が低下すると、富者はその活動を削減することになった。結果的に、あらゆる活動が同時に減少することになる。ロビンソンと他の豊かな人間たちが知ることになるのは、偏った分配が存在するので、ますます彼らは資本設備への投資を拒否するようになり、これは冷蔵設備が可能にした富の偏りと投資の拒否であるが、専門化した労働者の土地での、産出と所得を削減し、そして最後に「不況」を生み出すことになるということであった。  

 交換の媒介物としての貨幣は必然的に価値を保蔵しなければならない。しかし冷蔵庫の設置はそれを価値の保蔵にとって余りに良い物にしてしまった。なぜなら貨幣は限りなく保有しうるようになったからである。「保有」とは交換の媒介物をもつ者が、産出されるには新たな人間の時間が要求される新たな財やサービスを適切な率で媒介する貨幣と交換することを拒否するということである。こうした拒否は冷蔵庫の設置で容易なものとなる。

 結局のところ、こうしたことから、この島では時間は厳しくなった。失業は増大し、産出高 は減少し、人々は飢え、悲惨な状態が広まった。飢えに苦しむ人間は効率的な工場の外に立っている。そこが彼らのニーズにあうように作られているというのに。彼らは生き延びることから隔離されて立っているのだ。それは所有者が停滞を選んだことによる。こうして立ちつくしている人間が最初に困惑させられるのである。そうして悲惨な状態、絶望が増大するにつれて、あれこれあった後でひとつの粗野な提案でサポートされる。すなわち、売上税と慈善による施し、「産業への融資」、「使用のための生産」、消費者向け「融資」、生産者助成である。こうしたすべてが使用されざる購買力が冷蔵庫で保存されているとき、勧告されるというわけだ。  

 深い悲しみと騒乱、経験や試みの後、島民は「ホット・マネー」の提案を適用することで経済苦境を解決した。島民はすべての島にある冷蔵庫はその冷却コイルを共通の回路に接続しなければならないと決めた。それで、彼らは通貨委員会を任命した。その機能は冷蔵庫の温度を管理することであった。彼らは中心ステーションに座り、使用率を読みとった。彼らは富者が非貨幣財やサービスを生産し交換する意志が十分でないことが分かる。また、富者が交換手段として使用されてきた、これまで生産された生産物を直ちに交換する意志があることが必要であることも知っており、富者が交換手段を十分なほど迅速に流通させないことも知っていた。それで、過去の生産物の一定単位が果たす不適当な媒介機能が産出高が制限される要因であることも認識していた。

 富者が靴や帽子やじゃがいも、あるいはミルクだけを保有しようとするなら、その保有はバターの保有ほどには島の活動のダイナミックな機能には影響を与えなかったことであろう。バターは交換手段として、これまでの生産物の特別な品物として、効率的であったのである。バターの保有がシステム自体を停滞させたのである。結果的に、島の通貨委員会はこう布告した。交換が最大の雇用をうるのに十分なほど急速に行われるのでなければ、冷蔵庫の温度は数週間、上昇させられるべきであると。  

 実際のところ、彼らは冷蔵庫のなかの貨幣が減価することに合意したのである。温度を何度にすべきか決定することで、同委員会はバター「通貨」の保有者を財を需要させたり、ひとに財を作らせたりさせるよう動かす決定権をもつことができた。支出に対するこうしたコントロールはコミュニティのあり方や行動、状況を変えてしまった。

 同委員会がそうしたコントロールを確立してからというもの、貨幣の保有者は彼らが支出を停止するときはいつでもペナルティを課せられるようになった。定期的に同委員会は彼らが労働用益を必要とするようにした。そういうとき、貨幣保有者は自分たちのサマーハウスを建てるために大工を雇ったり、仕立屋にスーツを注文したりした。また、ボート製造の機械を発注する者もいた。つまり、所有者の誰もが、労働者に彼らの急速に減価する貨幣を受け入れ、代わりに何らかのサービスをもたらしてくれるように懇請したのである。そうするプロセスで、島の生産能力は解放され、いっそう重要なことだが、社会的コントロールのもとに置かれたのである。 そうして生活は平静なものとなった。数世紀というもの、ロビンソン・クルーソーの島は非金属財しか生産しない幸せなコミュニテイであった。交換は持続的に行われ、雇用は完全であった。島の貨幣の優れた特質が誰もが専門化しているにもかかわらず、どの人間の生産物にも完全な需要を保証した。それが、ある日のこと、住民の一人があるものを発見した。金である。まったく不思議なことに、この出来事はすぐに、牧歌的であった島に不均衡をもたらすこととなった。  

 発見直後は、島の経済生活で、義歯や宝石のような用途でのみ使われ、金はたいした役割を果たしていなかったが、そのうち大きな役割を演ずるようになった。その変質することがなく、均質で、コンパクトであるという性質のゆえに、人々は交換手段をバターから金に変えたのである。こうした変化によって貨幣保有ははるかに便利になったのはもちろんである。なぜなら温度の変更はその価値になんの影響も与ええなかった。それで、貨幣用途に金が使われるようになってしまうと、島民は法律を変更した。それで、これからすぐ見ていくことになるが、彼らは新たな種類の資産が創造できるようにしたのである。つまり、「債務証券」である。これは金と同様に保有しうるもので、さらに、保有するにつき、識別するのがはるかに容易な性格をもっていた。それで、島民は交換手段として「債務証券」と金の二つを使うことを選び、保有することの問題を強めていった。そして債務証券に金の減価しない性格を付与していったのである。契約を実行するのに、証券の力を使うように決めてから、島民ははからずも、そしてまったく自然なごとくに、そういう性格を付与していったのである。次章ではこうした証券の進化とその詳細を取り上げよう。 ダールベルクのロビンソン物語 2へ続く

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