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グローバル経済を視野に入れつつ最初の交換リングを創設する方法

::Heloisa Primavera(エロイサ・プリマベーラ), primaver@clacso.edu.ar 広田 裕之 訳

グローバル経済を視野に入れつつ最初の交換リングを創設する方法

Heloisa Primavera(エロイサ・プリマベーラ), primaver@clacso.edu.ar

メデジン/ボゴタ(コロンビア)、1999年1月

21世紀を間近に控え、期待や楽観主義、それに現実主義に満ちながら生きるための新たな概念や計画とともにこの時代を始める責任がわれわれにはある。

この文章では、アルゼンチンのRGTの実験をエクアドルやコロンビアでさまざまな領域で紹介した経験をもとに、誰もが主役の社会で現在始まっているプロセスを発展させるべく、私が自ら筆を取りたいと思う。

この経過はキト(エクアドルの首都:訳注)のマキータ・クスンチック生協で1月始めに始まり、ボゴタ(コロンビアの首都:訳注)でも最初の結び目が結成され、メデジンやペレイラ、その他のコロンビアのグループでも同様の試みが行われている。それからフランスやコスタリカ、ホンジュラス、それにグアテマラへのわれわれの訪問もある。これは経済のグローバル化に対する、RGTという市民社会の返答なのである。

どのように、わずか数行でわれわれの間にある最大の違いを明らかにし、それを解答としてではなく参考例として利用してもらえるようにしたらよいだろうか。

ということで、ここでは以下のような内容で進める。:

アルゼンチンの交換リングの歴史の要約

世界のその他の地域の実験についての、さらに短い言及

RGTの道徳的原則

どんな社会的状況においても最初の交換リングを創設するための基本的な概念:すべきこと、してはならないこと

革新と共有責任の領域


アルゼンチンの交換リングの歴史の要約

われわれのホームページ(http://visitweb.com/trueque) で入手できる資料は、さまざまな版でどのようにして全てが始まったかをふんだんに描写している。われわれがフィンランドで発表した論文 (≪ カードを切り直して社会的ゲームをやり直す ≫ や ≪ ユニコーン : ユートピアと社会的責任の狭間で ≫ は、さまざまなレベルの関心を持った方にとって有益であろう。そのサイトからは、私とカルロス・デ・サンソ(Carlos De Sanzo)とオラシオ・コーバス(Horacio Covas)が著した「市場を再発明する:アルゼンチンにおけるRGTの経験」をダウンロードすることもできる。そういうわけで、ここでは私たちは以下のように要約するにとどめておく。

最初の交換リングはブエノスアイレス州ベルナルで1995年5月1日に、約20人のメンバーがさまざまな製品やサービス(食料、衣服、手工芸品、歯科サービス、台所修理など)を交換することで生まれた。

時間の経過とともに、さまざまなメンバーとの商取引を促進する ≪引換券≫、≪ 債券 ≫あるいは≪クレジット≫が生まれ、現在地域的、あるいは全国的に通じる券が使われている。

全国15州で200以上の交換リングの結び目が存在し、これらはRGTの一部分として登録されている。現在活動しているメンバーは3万人で、全国で12万人もの人たちの生活に影響を与えている。

現在交換されている製品やサービス、それに知識は、食料、衣服、手工芸品、家庭内サービス、医療サービス、観光、ガーデニング、占星術、タロット占い、医療診断、電気、さまざまな療法などに及んでいる。

"生費者"はほぼ常にネットワークの「多様な側面を持つキオスク」である。その人たちの必要性や自分の可能性の発見により、さまざまな種類の製品やサービスを生み出すのである。

最初の戦略的同盟はブエノスアイレス市役所社会促進局、産業局、通商局、観光局と雇用局との間に結ばれた。現在アルゼンチン国内のさまざまな州の10以上の市役所(コルドバ、メンドーサ、フフイなど)がこのシステムに対する関心を公式に宣言している。

われわれのシステムはスペイン(パイース・バスコ)、ウルグアイ、ブラジル、ボリビア、そして現在ではエクアドルやコロンビアに及んでいる。ホームページのおかげで、ロシアやフィンランドといった遠隔地の状況も把握することができるようになった。

われわれの予測では今年 ? ネットワークのメンバーや、その支持者の驚くほどの創造性や参加をもってするならば、新たな社会貨幣がカナダからパタゴニアまで、われわれの大陸全てで流通することになるだろう! われわれは自分たちの生活の質を「直して」いるだけではなく、この過程に参加しようとしている、社会の中で最も庇護を受けていない部分に対して平等性と歴史的修復をもたらしているのだ。

われわれは自分たちの家族の経済を保護するための障壁をつくっているわけではない。むしろ次の1000年がわれわれに要求している大聖堂のセメントや壁を作っているのだ!

世界のその他の地域の実験についての、さらに短い言及

われわれは孤独ではない。昔から、だが特にここ10年の間に世界の様々な地域で起こり、発展しているケースがメキシコ、アメリカ合衆国(「イサカアワー」やその類種)、カナダ (マイケル・リントンの「LETSシステム」)やヨーロッパ(イングランド、スコットランド、ノルウェー、フィンランド、ベルギー、オランダ、そしてフランスのSELsなど)、そしてわれわれのホームページからそれらのサイトへとリンクされている。

われわれの過程が奥深く革新的で、われわれ自身の要求に応え、われわれの文化的差異を新たな進歩や生活の質への暗礁としてではなく可能性として尊重していることを認識することが恐らく重要だろう。金がないために生活の質を獲得できない人にそれを与えるものである以上そのシステムは良いものといえるのである。

はじめて、南が北に対して将来への道を示しているのである!

RGTの道徳的原則

それぞれのコミュニティ、施設や人間のグループが自分の責任においてさまざまな対策を実施することには疑いがない。その成果について、われわれが個人的に、あるいはインターネットを通じてお互いに知り合い、お互いに成長しあえることをわれわれは望んでいる。われわれのネットワークの約4年の経験は、差異の尊重と発足時からの基本的な道徳的原則の遵守が最も重要であることをわれわれに教えている。

RGTの原則宣言

1.人間としてのわれわれの実現は、貨幣によって条件付けられる必要はない。

2.われわれの目的は商品やサービスの販売促進ではなく、労働や理解、そして公正な取り引きを通じてより高い意味での生活に到達するべく相互扶助を行うことである。

3.不毛な競争や投機を、人間間の相互関係に取って代わらせることは可能であるとわれわれは信じている。

4.われわれの行為、生産物、それにサービスが、市場の要求や消費主義、それに短期利益の獲得以前に道徳や環境の基準に応えるものであることをわれわれは信じる。

5.RGTの会員になるための唯一の必要条件は、グループのミーティングに参加し、品質自助サークルの勧告に沿って財やサービル、それに知識の生産者かつ消費者になることである。

6.各会員自身が自分の行為や生産品、それにサービスに責任を持つ。

7.グループへの所属は依存を意味するものではないとわれわれは考えるが、それは個人の参加は自由意志に基づくもので、ネットワークの全てのグループに適用されるからだ。

8.グループは公式かつ安定した方法で結成される必要はないが、それもネットワークの製作は役割や機能の巡回を意味するからだ。

9.内的事情に基づいたグループの自治と、ネットワークに属するために必要な原則との両立は可能であるとわれわれは信じる。

10.会員として、われわれの基本的な原則を歪曲しないために、RGTとは無関係な主義を金銭的に援助しないことをわれわれは勧める。

11.ネットワーク内外でのわれわれの行動が最高の例であると信じる。プライバシーに関する信頼性と、ネットワークの成長に影響するテーマの扱いに関する慎重さをわれわれは保持する。

12.社会の大多数の持続可能な福祉の結果として、進歩が達成されることをわれわれは心より信じている。

その解釈は自由で、それぞれのグループがこの原則を実施する責任を持つ。われわれは厳密な原則でわれわれ自身を縛るのではなく、信用と互恵性によって動くことにしている。

どんな社会的状況においても最初の交換リングを創設するための基本的な概念:すべきこと、してはならないこと

ポジティブな提案

最低20人を発足時に集め、その中でも特に熱心な2〜5人をリーダー格に据える。このリーダー達とともに利用可能な資料を集め、最初の交換市の前に2〜3回ミーティングを重ねる。

「市場を再発明」や「5つの柱」のトレーニングを、たとえ無益で退屈なものに思えてもミーティングの度ごとに繰り返す。毎日だれもが自分の「生産者」あるいは「消費者」としての新たな側面を示し、自分のマーケティング能力を引き伸ばすことができる。このトレーニングに必要な時間は90分、そして交換自体には60分である。

このトレーニングは、以下の事項を宣言することである。

氏名と電話番号

公式市場で行っている主な活動(製造業でも非製造業でも可)

結び目やネットワークのメンバーに対して教えることのできる知識。これは必ずしも料金を徴収したり、定期的に行ったりしなくてもかまわない。この活動によって、自分がどのような点で他人に対して有益かを発見するのに大いに役立つ。

結び目やネットワークから享受している生産物やサービス(ネットワークによって満たされた要求)。この部分で新参加者は、既参加者が自分の消費を変化させ、それまでは金で公式市場に対して払っていたり、あるいは消費していなかった製品やサービスを得ていることを知る。

生産物、サービス、あるいは貴重品といった、これまで満たされていない要求。これによって他の人がその潜在的「供給者」であることに気づく。.

他のメンバーが2〜5を聞いて、それらを生産あるいは消費することに関心を持った場合は、静かに手を挙げることができる。このようにして短期間のうちに、新たな市場が実現しはじめる。

毎週、たとえ人数が少なくても定期的に集まること。誰もが生費者(生産者かつ消費者)として実証するチャンスを得るために、3ヶ月間は誰もこの交換リングから脱退しないという約束を取り付けること。

レクレーション的な活動、あるいはグループの雰囲気によっては次の1000年に関連した多少神秘的な活動を毎週含め、この活動が単なる新たなスーパーマーケット化しないようにすること。

DGE(W.デ・グレゴーリの明白なグループダイナミズム)で共有されているように、このミーティングはできるだけ少なく役割を持たせなければならない。つまり受付(参加者を受け付ける)、タイムキーパー(ミーティングが時間通りに終わるように時間配分に気を配る)、書記(あとでリストに示すために氏名、電話番号、それに提供物を記録する)、品質と価格の監査役、三権分立ゲーム、連帯企業表彰者、それに司会(コメントをしてミーティングを運営する)である。このミーティングが終わるときに、受付が部屋の片づけを参加者に頼み、清掃の責任を持つ(本人自身が清掃する必要はないが)。メンバーが20人以上の場合は0.5クレジット(=0.5アルゼンチンペソ=50米セント)、それ以下の場合は1クレジットをそのミーティングのときに支払うのは、これらすべての役割を担当した人が、あとでそれなりの報酬(これは各グループが決定するが)を得るようにするためである。できる限りボランティア作業を避ける必要がここではあるが、それはこのネットワークではそれらは意味を持たないからである。中央銀行が流通させている貨幣ではなく、われわれ自身が必要としている「社会貨幣」をわれわれは持っているのだ。それに、このようにして結び目の運営を安定させ、十分な生産を提供できない人でもクレジットを使い、市場を動かせるようにできるのだ。行われた仕事に対してクレジットを要求しないことは市場を麻痺させることで、これはネットワークにとっては連帯に対立することになるのだ。

われわれのトレーニングを発展させるのに役立つ(決してただの美辞麗句ではない)能力開発プログラムの採用。つまり、

連帯的になる能力 : これはまず、生産しただけ消費し貯蓄しないことで表現される。

企業家になる能力 : われわれがこの連帯的システムで生産し消費する生産物やサービスの量を徐々に増やす。公式市場に再編入することを視野に入れて、個人的あるいは集団での小さな企業活動を組織しようと試みる。

社会的責任を負う(あるいは誰かに対して責任を負う)能力: システムの普及、マスコミに対してスペースを割いてもらうための交渉、取引市のためのよりよい場所の確保、新たな生産物を持った新たなメンバーの引き入れなど、グループ全体の利害に関わる役割を引き受ける。

ネガティブで避けるべきことは、以下のようなことである。

グループが自分で運営できるようになっても依然として運営役の座にとどまってはならない。このためにはわれわれ(創設者)の責任として後継者の育成を加えるだけでよい。最後の2ヶ月はその後継者と役割を共有し、運営委員の地位は8〜10ヶ月を超えてはならない。

グループが必要とするすべてのことに関わり、運営の「模範例」になってはならない。グループが自分たちの規則を作る以上、さまざまなメンバーがさまざまな役割を負うように、1〜2ヶ月の期間で交代して役割を分担するようにすることができる。

どんなに一般的なものであろうとも、決していかなる団体―それには宗教団体、政党、気候などが含まれるが―とも混同したり同一化したりしてはならない。どんな組織に属していようが、あるいは属していなくても、誰もが仲間になれるという意識が大切なのだ。

陰謀の匂いがする情報の伝播を防ぐこと。こういった情報を共有責任という概念に置き換えること。それぞれのグループがこういったケースに対する最良の解決策を探すのだ。

ネットワーク内で、自分の属する結び目だけに固執しようとする幼稚な傾向を防ぐこと。すべての生費者はこの巨大なバーチャル社会事業のメンバーであり、さまざまな結び目を訪れることでこのような傾向を防ぐことができる。

新メンバーに「授業を行う」ことを避ける。個人的発見にわれわれは立ち会うだけである。ここでわれわれは、「過ち」として知られている望ましくない結果のそれぞれの経過の重要性を思い出すべきだ。

革新と共有責任の領域: 短い参考書目

社会的なものの複雑さという論理は、われわれが既に知っているものに置き換えられないが、それは現在われわれが生きている社会以上のものをわれわれは現在までのところ生み出せていないからだ。ニュートン的因果論に未だに囚われている人間には、ケヴィン・ケリーや、以下に記された人たちの作品を読むことを勧める。

もちろんリストはもっと長く、読者がさらに伸ばすことのできるものだ。みなさんをわれわれのホームページ、あるいは以下のメールアドレスでお待ちしている。

primaver@clacso.edu.ar , cibercharli@house.com.ar o trueque@clacso.edu.ar

できるならばわれわれと一緒に、もっと人間的かつ公平で平等な方法を建設しようではないか。デ・グレゴーリがいうように、われわれは地球の資源の共有者であり、借家人ではないのだ。

De Gregori, W. El Show planetario, ASICS, Bogota, 1998.

Flores, F., Dreyfus, H y Spinosa, Ch. Disclosing new worlds: entrepreneurship, democratic action and the cultivation of solidarity. Boston, MIT Press, 1997

Kelly, K. Out of control. The new biology of machines, social systems and the economic world. New York, Addison Wesley, 1995.

Primavera, H. Gerencia Social y Trabajo Social. Buenos Aires: Espacio, 1997

Primavera, H., De Sanzo, C. y Covas,H. Reinventando el Mercado: la experiencia de la Red Global de Trueque en Argentina, Buenos Aires, PAR ,1998.

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