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副作用が大きい国債「個人引受」

::Aoki,Hidekazu

財務省は、今年8月からタレントの藤原紀香さんをキャラクターに使って、国債の「個人購入」を勧めるキャンペーンを行っています。

これに対しては「今までは、国債を発行しそれを日銀や銀行に買わせ、満期までもたせることでなんとかしのいできたが、それがもう限界に近づいている」から始めた、という見解があります。

確かにそういうことも否定はできません。しかし財務省の本音はもう少し違っていたのではないでしょうか。本年4月から定期預金や貯蓄預金など「定期性預金」のいわゆるペイオフ解禁が実施されました。これに伴い、預金者がその種の預金を解約して得た資金を資本逃避(キャピタル・フライト)させてしまうかもしれない。これは是非とも阻止しなければならない。そのための「受け皿」として国債購入を勧めよう。そうした思惑のほうが強かったように思われます。

「資本逃避」とは、国内にある資金を外国通貨や外貨預金さらには外国株式・債権、外国不動産購入などにシフトさせることをいいます。国内資金が外国に流失することを指をくわえて見ているくらいなら、(一般債権に比べて)「信用度」が一番高い「国債」に固定させてしまおうという思惑です。

しかし、始めた時期が完全に遅きに失していたように思います。ここ数年来、大口預金者のあいだでは「ペイオフ解禁」が主要な関心事になっていました。彼(彼女)らは自身のポートフォリオ(資産構成)を逐一見直し手当てできる範囲で既に資産の一定部分を外国に移転させるなどペイオフ解禁対策を抜け目なく行っていたはずです。事実、中小の金融機関は昨年来、預金の「大量流出」に悩んでいます。

したがって、これから国債を購入するのは小口預金者が中心とならざるを得ません。財務省もこれに配慮して、今回のキャンペーンを始めるに当たって国債の最小購入単位を5万円に引き下げています。さらに2003年1月からは「振替決済」制度を導入することにしています。この制度は購入者が金融機関に口座を設け、その口座専用の通帳に購入・売却などを記録することで国債の取引を行うというものです。財務省はこの制度を称して国債の「完全ペーパーレス化」と言っていますが、個人購入はこの方式に一本化されることになりますから、これからは今までのように国債証券が購入者に交付されることは原則としてなくなります。購入者にとってはいわば国債専用の「預金口座」のようなものですから、国債購入の「お手軽」性は確かに向上したと言えましょう。

しかし、もし個人(家計)がこの「お手軽」になった国債購入に乗って、金融資産を本格的に国債に振り向けることを始めたならば、大きな副作用が生ずることが危惧されてなりません。

経済学者やエコノミストの方々そしてマスコミ関係者があまり説明もせずに不用意に使われるものですから、1440兆円に及ぶ「個人金融資産」というストックが国民経済のなかに何か別に積み上がっているかのような誤解が一般にあるよう思います。

しかし「個人金融資産」というのは、現金、郵便貯金や銀行預金、簡易保険や生命保険、公的年金準備金、株式や出資金、株式以外の証券などの形態をとっているのです。

まさに何らかの「金融資産」に貼り付いているのですね。

さらに銀行や郵貯(旧資金運用部)が保有する国債は、自己資金で買ったごく一部を除きほとんど全ては預けられたお金を「運用」した結果です。つまり金融機関の保有する国債は、個人金融資産の一部であり、預金者はそれを「間接保有」しているということになるのです。

いま個人(家計部門)が手持ちの資産を使って国債を買おうとすると、それまでの「金融資産」を取り崩さなければなりません。何故なら国債は個人(家計)にとって新しい「金融資産」だからです。この場合、流動性(すぐに使える度合い)が高い順番に取り崩していくのが普通ですから、現金、預貯金からということになりましょう。

もっとも現金は日常の支払いに必要です。おそらく預貯金の取り崩しが国債購入にもっぱら充てられることになるでしょう。預貯金者による預貯金の「貸し剥がし」ですね。

金融機関にとって一番手っ取り早い方法は、保有する国債を現金支払いに代えて預金者に直接手渡す方法です。これだと金融機関は国債という資産を失う代わりに同額の現金という資産が加わりますから「総資産」に変化はありません。預金者にとっても預貯金という資産が国債という資産に変わっただけで、はやり「総資産」の量的な変化はありません。

ところが財務省が意図するところは、自分が発行する新規国債の「個人購入」を促進し「現金」収入を上げるということにあります。いま述べた方法では財務省に「現金」は入ってきません。財務省に現金を行かせるにはどうすれば良いのでしょうか?

それには金融機関に支払い準備(自己資本)を取り崩させるか、あるいはそれまでの預貯金を「運用」した結果として保有する株式や民間債権あるいは国公債を売却させて「現金」をいったんは用意させ、その現金で(財務省発行の)新規国債を預金者に購入させるしかありません。

ここでは保有国債を日銀に売って、払い戻し資金を確保したとしましょう。おそらくこれが金融機関が取り得る一番まともな手段のはずです。なにせ日銀は経常的に1兆円規模で国債の「買い切り」オペーションを行っていますからね。

すると、このケースでは金融機関が持っていた国債が日銀に行き、その分だけ個人(家計)保有の国債が増えるということにしかなりません。金融機関が保有する国債(間接保有)+個人(家計)が保有する国債(直接保有)の全体量は、個人(家計)が国債を購入する前でも後でも変わらず、新規に国債の増える分(国債の「純増」分)は(結果として)金融機関から日銀に行った分だけということになってしまうのです。

このように考えてきますと、国債の個人購入を促進させるにしても日銀の果たす役割は非常に大きなものがあることが理解されます。日銀は10月30日「買い切りオペ」を2000億円増やして1兆2000億円にする発表しました。昨年8月までは4000億円でしたから、わずか1年ちょっとの間に3倍増したことになります。もちろん、これがいわゆる「デフレ対策」に主眼が置かれて行われていることは言うまでもありませんが、国債の「個人消化」を側面から支える意味も合わせ持つことも忘れてはならないと考えます。

さて、いままで述べたような形態で金融システムの将来性に不安を感じて資産構成を再検討した個人(家計)が、国債の「個人購入」に積極的になり、個人金融資産の「国債シフト」が大々的に促進されるとどんな影響が生じてくるでしょうか?

金融機関にダブルパンチで回復し難い甚大な損害が発生する虞があると思われます。金融機関は国債という(とりあえず不良化しないとされる)「優良資産」を失ういっぽうで虎の子の「預貯金」を大規模に失うことになるのです。多くの不良資産を抱えたうえ下落の一途を辿る株価によって資産を劣化させ続けている傍ら預金流出に日夜悩まされている、多くの金融機関が果たしてこうした事態に耐えられるのか、大いに心配されます。

もっとも個人(家計)がそれまで得ていた所得を上回って追加的に得る所得(これを経済学用語では「限界所得」といいます)を国債購入に充てるということもあり得ましょう。これなら既存の預貯金を取り崩す必要はありません。しかしこの場合でも、いままでは預貯金や株式市場、債券市場に向かっていたはずの資金が直接的に国債購入に向かうことになり、市況低迷にさらに拍車をかけることが十分想定されます。

このように現状で国債の「個人購入」を促進することは、わが国経済にダメージを与えかねない「副作用」が大きすぎる危険な政策なのです。しかし租税収入など「現金収入」の不足を解消するために財務省としては国債の順調な「消化」に躍起ならざるを得ません。そうしないと国の行政が立ち行かなくなってしまいます。つまり政府・財務省はほとんど究極的立場に追い込まれているのです。これまた、国債に丸ごと抱えられた財政運営のツケと言えます。

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