圧政のリスクを喚起する

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曽我 純 ;

チュニジアのベンアリ政権崩壊がドミノのようにアフリカの独裁国家を揺さぶり、強権政治に引導を渡している。リビアが石油産出国であるため、原油相場が高騰し、これによって景気の先行きに不安が生じ、株式は調整を強めつつある。

先週末、WTIは97.88ドル、前週比13.5%も上昇し、08年9月以来の高値を付けた。特に、米国の個人消費は原油高に敏感であり、これまでも原油が高騰するときには消費がダメージを受けたことが、景気の先行きを暗くした。

景気や企業業績悪化懸念から主要国の株式は売られ、国債は買われ、原油高の影響が米景気により強く働くという見通しから対円・ユーロでドルは売られた。

アフリカ独裁政権崩壊の影響がアフリカだけにとどまらず、アジアなどに波及すれば、そのインパクトは計り知れない。共産党一党独裁の中国にもすでにその兆候はあらわれており、自由を抑圧していたマグマは一気に噴出しかねないし、いずれは大爆発し、独裁体制は滅ぶだろう。

日本をはじめ世界中の企業が中国に進出してきたが、一党独裁で政治、言論に自由のない国へ進出するリスクはきわめて高いことを肝に銘じるべきだ。マルクスによれば下部構造がその他すべてを規定するが、経済よりも自由が高位にあることをわすれてはならない。政権が崩れ、新政権が樹立されれば、すべては没収されることになるだろう。目先の利益ほしさに、みんなで渡れば怖くないという浅はかな考えで、出て行いけば、最終的にすってんてんになってしまうことを覚悟しておかねばならない。

企業は中国の政治支配のようにトップの経営者が権力を握っており、支配している仕組みになっている。中小企業の多くはアフリカの軍事国家のように、すべては経営者の思うままに、経営されているのだ。そのような企業では合理性、効率性とかのものさしは通用しない。トップの顔色を窺いながら、意思決定はなされ、理不尽な意見が通るのである。大企業経営者の権力の振る舞いは強弱あるけれども、権力構造が中国のそれと似ていることが、中国へ躊躇なく進出していることと関連があるように思う。政治体制は問わず、安い労働力を利用して金儲けができればそれでよいというのが、企業の行き方なのである。独裁政権に手を貸していることなど、頭の片隅にもないのだろう。

アフリカの軍事国家が転覆しかけると、欧米諸国は軍事政権を非難するが、それまでは軍需品を供給しながら、軍事政権を支え、政権維持に手を貸してきた。特に、旧宗主国である欧米諸国はいままで軍事政権と結託し、互いに甘い汁を吸ってきたが、軍事政権の是非にはまったく無頓着であった。欧米は民主主義を唱えながらも、アフリカをその程度の扱いしかしてこなかったことを、今回の激変はあからさまにした。

経済の変化は悪くなるときは速いが、今回の政権崩壊のプロセスをみても、政権の変化は激変であり、これに的確に対応することは不可能である。1月半ばにベンアリ政権が倒れ、2月11日にムバラク大統領が辞任しても、株式市場は遠い出来事のように、気に掛けず上昇を続けていた。経済的というか金勘定だけで判断し動いたことの限界が露呈したともとれる。

■ 現行の金融政策はマイナス成長では通用しない

アフリカの圧政が倒れたのは、必需品の価格上昇による困窮を起爆剤とし、抑圧により鬱積していた精神的苦痛から解放されたいという要求が強まったからだ。物価の上昇は弱者の生活を直撃する。小麦やトウモロコシ等の価格の異常な値上がりはぎりぎりのところで生活している人たちを追い込んだ。

素原料材価格の上昇を主導したのは米国や日本の金融政策である。FRBや日銀のなんら根拠のない思い込みによる金融政策が、世界的弱者の生活を追い詰めた。日米の金融政策はまさにカネを世界にばら撒き、投機を後押ししている政策といえるだろう。新興国は金融引き締めに転じているが、経済や金融の規模に大人と子供いやそれ以上の格差があるので、新興国の金融政策では制御できず、防ぎようがないのである。ニューヨークやロンドンなどからホットマネーが津波のように押し寄せてくれば、ひとたまりもなく呑み込まれてしまう。1997年のアジア金融危機の経験はほとんど活かされていない。カネの出入りをチェックするなんらかの仕組みがなければ、小国は大海に浮かぶ小船のように大国のマネーに翻弄されるだろう。

08年の金融危機によりさまざまな改革案が出されたけれども、巨大金融機関、投資信託、ヘッジファンド等のカネの動きを規制する改革は実行されていない。オフショアやオフバランスの勘定なども放置されたままであり、金融機関の実態は依然きわめてわかりにくい。目に見えない部分が大きすぎて、実際のバランスシートでは正体を摑むことができない。こうした正体不明の法人のカネを野放しにしていれば、社会的に好ましいところに投資され、経済が豊かになるのではなく、社会の歪みを大きくする危険性のほうが大きい。為替、株式、商品市場には日々巨額の資金が流出入しており、これらの流れを監視することなどとてもできないだろう。せいぜい取引コストを引き上げるような課税を国際的に導入することくらいの手立てしかない。

米国では6,000億ドルの国債買い取りのプログラムを実行中だが、1月の米商業銀行の商工業と不動産貸付は依然前年を下回っている。これだけ買いオペをしても金融機関から市中にはなかなかカネが出て行かないのである。市中に出回らないことは、こうした買いオペは機能していないといえる。自国経済の拡大に結びつかず、新興国の経済を危機に陥れる金融政策が平然と続けられている。

日銀の金融政策もいまの日銀政策委員のメンバーで金融政策を実施することが相応しいのか疑問であり、再度、検討する必要がある。異常な低金利を16年も続けていながら、国内需要は確りした足取りを取り戻せないことは、そのような金融政策は今の日本経済に通用しないことを証明している。抗がん剤のように、副作用が大きく、金融政策で日本経済は衰退しているといえるかもしれない。

通常の金融政策は、経済がプラス成長し、物価が上昇している状態では通用する。だが、1994年をピークにGDP物価指数が下落しているようなデフレ経済では、日銀の金融政策は無力なのである。2010年のGDP物価指数は88.8と12年連続で低下し、1981年以来29年ぶりの低い水準である。1990年代のはじめを境に日本経済はがらりと変わったが、その変化を見ようともせず、従来通りの金融政策を踏襲してきた。

株式・不動産バブル破裂の衝撃は深くて長い。放置していた不良資産の山が実体経済を蝕んでいったのである。『国民経済計算』によれば、日本の総資産から負債を差し引いた正味資産は09年末、2,712兆円、1991年のピークから819兆円減少した。不良資産処理に伴う正味資産の急激な減少により消費は低迷し、1992年でほぼ物価上昇は止り、デフレに陥った。だが、当時、政府や日銀などは日本経済をデフレとはとらえず、それまでと同じような処方箋で経済の舵取りができると思っていた。

2010年までの10年間のGDP物価指数は年率1.2%減であり、名目GDPは同0.5%のマイナスである。マイナス成長でデフレの経済状態では、国内で貨幣需要はプラスになることはなく、創出されたカネは需要不足を補うための財政赤字に用立てられるほかは、海外へ流出することになる。全国銀行勘定をみると、銀行の国債保有高は1993年の28.7兆円から2010年には146.2兆円へと増加する一方、貸出は479.9兆円から420.4兆円に減少している。国債の増加から銀行の総資産に占める有価証券の比率は16.3%から29.9%に上昇した。これからの10年間もマイナス成長は不可避であり、銀行の貸出は減少し続けるだろう。ゼロ金利と買いオペという従来の金融政策では、こうした逆境に立ち向かうことはできない。

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この記事は「編集者」の寄稿です。2011年2月27日 20:22.

FRBの国債購入による株高はいつまで続くか は以前の記事です。

企業業績と生産・在庫から足元の日本経済を抉る は以降の記事です。

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