思慮に欠ける政治家の言説がデフレを強める

曽我 純:

10年物国債の利回りが、約7年ぶりに1%を下回った。政治家の思いつきのような思慮に欠ける消費税率引き上げ議論が、国債買いに弾みをつけた。消費税率の引き上げを持ち出すだけで、個人消費は萎縮し、日本経済のデフレはさらに酷くなることが予想されるからだ。上げるといっても数年後だから、あるいは景気が回復してからなどと条件をつけても、上げることは間違いないので、そのとき経済は急角度で落ち込むことになるだろう。総人口の減少と高速高齢化という体力弱体化の著しい状況下で、消費税率引き上げは想像以上の経済収縮を引き起こすはずだ。安易な増税方法を採用するまえに、いままでほったらかしていた不公平な税制を改めるなど成すべきことは多々ある。

08年度で全法人数の71.5%が欠損で法人税を納めていない状況でありながら、政治だけでなくマスコミからも法人税率の引き下げが必要だという論調が多い。消費税率を引き上げ、法人税率を引き下げることが強い経済になる方法だと宣う。需要が減退するような税制が経済をなぜ強くすることがきるのだろうか。こうした矛盾した考えを平然と取り上げ、それに対してだれも不平不満を鳴らすことなく、沈黙している。常識が通用しないで、一方方向に走り出す日本の変わらぬ習性が、日本経済衰退の推進力になっているといえる。

税収がこれほど不足していながら法人税率の低下を主張するとは、普通では考えられない。法人税率を下げて本当に強い経済が実現できるのだろうか。税率引き下げによる純利益拡大で企業は積極的に設備投資を増やすのだろうか。

大手都市銀行は1996年度以降ほとんど税金を払っていない。しかも、大半の都市銀行は実質的には破綻したにもかかわらず、それでも、1億円を超える所得を得ている銀行経営者はいるし、従業員の給与も高い。銀行が社会の常識から外れた行動を取っていることをこれほど如実に示している例はない。だからバブルが破裂して20年以上経過しても、銀行組織は活性化せず収益率も改善しないのだ。

銀行等の金融機関を除く法人を取り上げてみても、たとえ法人税率を引き下げ純利益が増加しても、それで企業が競争力を強化できる方策を採るとはいえない。90年代以降の企業行動を顧みるならば、法人税の引き下げが企業体質の改善に結びつき、収益率を引き上げることができたかというと、否定的に答えざるをえない。

『法人企業統計』によると、全産業の保有している投資有価証券は08年度末、192.8兆円と10年前に比較して約2.6倍にも膨れている。この数字は法人税率の引き下げは、日本経済の回復手段にならない裏付けとなる。企業の要求と行動は矛盾しているのだ。手元流動資産は10年前とほぼ同じ規模だが、投資有価証券だけは異常に増加しており、日本企業は稼いだ利益の多くを投資有価証券に投入していることがわかる。これは現金が有価証券に移転しただけであり、こうした使い方では、企業の利益が増加しても、経済は強くならず、法人税率の低下は、政府や経済界の主張するような有効な結果をまったくもたらさない。すでに企業は十分な資金を所有しており、使途で悩んでいるのだ。そのような企業に税金を減額してなにになるのだろう。

財政赤字の問題は貯蓄と投資の恒等関係に入りこんでいるため、財政赤字を改善する方法を見つけることはできない。方程式ならば解くことができるけれども、恒等式であるためにあるがままの状態を容認するしかない。貯蓄が一定で、設備投資や輸出超過額が拡大すれば、財政赤字は縮小するが、貯蓄が増加すれば、そうともいえない。実際に、これから設備投資や輸出超過額が増加するとは考え難く、財政の負担は容易に軽くならないだろう。貯蓄の減少が政府支出拡大に歯止めを掛けることになる。ただ、日本人の特性から、所得が減少しても貯蓄率が上昇することも予想され、貯蓄の減少はかなり先のことになるだろう。それまでは財政赤字がそれを吸収するという状態が続くかもしれない。企業収益の一部は財政赤字に依存しており、他の事情が変わらなければ、財政赤字の削減は企業収益にマイナスに作用する。企業にとって財政赤字削減は声を大にして言えないことなのである。

政治家たちの消費税率引き上げや財政赤字削減シナリオに加えて、世界景気のピークアウトを示す経済指標があきらかになり、債券買い株式売りのポジションはさらに積み上げられるだろう。

6月のOECD景気先行指数は前月比0.1%減と09年2月以来1年4ヵ月ぶりに前月を下回った。日本は0.1%のプラスだが、米国がマイナスになったほか、フランスやイギリスも前月比減となった。アジア主要5ヵ国は3月以降4ヵ月連続の低下となり、先進国よりも早く景気減速は始まっている。

7月の米非農業部門雇用者数は前月比13.1万人と2ヵ月連続の減少となり、6月以降米景気は拡大から縮小に転じた可能性が高い。巷間、金融政策の追加策が叫ばれているが、政策金利がほぼゼロの状態では、金融政策によって景気を持ち上げることはできない。財政の出動がなければ米国経済は景気後退に陥ることになる。1ドル=85円台に進行した円高ドル安は、相対的な米景気の悪化により、80円を目指すことになるだろう。
(来週は休みます)

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この記事について

この記事は「編集者」の寄稿です。2010年8月 8日 21:16.

年末に向け深刻化する世界経済 は以前の記事です。

日本はデフレ、米国は住宅バブル破裂でマネー回らず は以降の記事です。

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