信用 credit

信用という言葉でなにを意味してるか考え始めると、すぐ気づくのは、信頼に基づく何かだろうということ。何かを成し遂げることについて信頼されたある人のもつ能力への信頼かな。例えば銀行は商人が借り越すことを認める、これは別なふうにいえば信用を与えるというわけだけど、決められた日に、商人が利息付きで借り越し分を返済するって信じていること。だから信頼は信用の大事な本質なんだ。 ところが信用には二種類あるね、実質的な信用と金融上の信用。実質的な信用は、あるひとが、商品やサービスを求められる時に、求められる場所に提供できる能力を持っていると評価されていること。このあるひとが製造業者ならよくわかるね、製造設備や、これまでの在庫をもっていて、商品を引き渡す能力があるって他のひとに信頼されていること、これが実質的信用さ。 じゃあ、金融上の信用ってなにかというと、ことはお金に関係するんだ。あるひとが、求められるとき、求められる場所にお金を提供できる能力を、銀行やそのほかの資金供給者が信頼しているってこと、その信頼をお金で表現してるのが金融上の信用なわけ。だから、お金と引き替えに自分の商品やサービスを処分できる能力について他人が下している評価なんだ。 例えば、製造業者Aがいる。在庫があるからといって、これを保証に、銀行に貸し越しを頼むとする。銀行はAに貸し越しを認める前に、Aの在庫の市場価値を値踏みするんだ、そうしてある額の貸し越しを認めるんだけど、その額は値踏みした在庫の値打ち以上ではないよ。それ以下しか貸してくんないんだ。言い換えると貸し手は借り手の実質的信用を検討しているわけ。これが不十分だとお金の信用も不十分になるってこと。 でもこれだけじゃあない。貸し手は借り手が需要がある在庫をたくさんもってるからといって、それだけで金を貸しはしないんだ。借り手の在庫がちゃんと売れて、貸した金が返せるかどうか、それが信じられるときだけ金融上の信用を与えるってわけ。
信用 credit (続き)

さっき銀行なんかの貸し手は借り手の商品やサービスが実際に売れるかどうかまで判断して金融上の信用を与えるっていったけど、このことにどんな意味があるんだろうか。 実際、金融上の信用は借り手の実質的な信用力にだけ基づいているばかりでなく、もうひとつの売れるかどうかという事情にも依存してる。これは売り手からみれば自分の商品が売れるかどうかだけど、その買い手からみれば、買い手はコミュニティ全体だから、コミュニティが借り手の商品やサービスに代価を支払って購入し、吸収できるかどうか、その能力にかかってくるわけ。商人はすばらしい品質の商品を持っているかもしれないけど、市場がなければ、金融上の融資が受けられないってこと。 これってどこにでもある基本的なことじゃない。いまの経済のシステムでは、購買力が不足してると商人や製造業者にカネ、つまり資金が不足するってこと。すばらしい生産能力をもち、倉庫に商品があふれかえっていても、そーいう意味で実質的信用がまったく問題なくても、商品の市場がね、十分なコミュニティの購買力がね、不足してるんだ。銀行はそう判断すると、新規の融資、つまり金融上の信用を与えようとしないし、場合によったら、これまで付与してきた信用を引き上げようとまでするんだ。当然、事業は資金不足に陥るし、賃金も払えなくなるし、そーなると、賃金もコミュニティの購買力のかなりな部分をしめるから、よけいに購買力は減るし、これ悪循環ってもんだよね。 でもこの悪循環、どこかがいけないからそーなってるんだよ。 ひとの信用力がカネの信用力に支配されてるからなんだ。信用のシステムがどっかおかしいのさ。

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この記事は「koichi」の寄稿です。2001年11月16日 17:36.

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